第31話王女14

 

 そして翌朝。


「殿下。朝です」


 その言葉で目が覚めました。

 けれど、声をかけられるまで起きなかったと言うことはそれほど疲れていたのでしょう。


「……どうなりましたか?」


 起きてすぐ、挨拶をすることもなく声をかけてきたアーリーに問いかけました。


「襲撃は計十二回。全員無事です」

「十二回……そうですか。全員無事なら構いません」


 それほどの数の襲撃があったことに驚きましたが、それだけの数の襲撃がありながらも死者がいないことにホッとします。


「準備の方はどうなっていますか? ヴィナート王と朝食をとったらその後はすぐに出ていくはずでしたよね?」


 本当なら朝食を取ることなくすぐにでもこの場所を出て行きたいですし、なんでしたら昨夜にでも出て行きたかったくらいです。夜間の街の外は魔物による被害が怖いですが、それでもこの城にとどまっているよりは安全だったでしょう。


 それでもこうして皇帝と朝食を共にすると言うのは、仮にも国を代表してきているからです。

 国の代表が夜逃げのようにこの国を去るわけには行きませんから。


 このように会議室に集まって大勢で寝ると言うのも行儀が悪いと言われてしまえば否定できませんが、体裁を気にして死ぬよりはマシです。死んでしまえば、何もできないのですから。


「そちらは滞りなく。殿下は御自身の準備をお願いいたします」


 そうして私は部屋を移動してから着替え、皇帝との朝食に向かいました。


「陛下。この度は急な出立にも関わらずこれほどの見送りをしていただき、誠に感謝しております」

「ふっ、なに、気にする事はない。これはこの度そなたらが我が国へと来た事への褒美とでもとってもらえれば良い。つまらぬことになるやもと思っていたが、これほどまでに予想外になるとはな。存外に楽しめているぞ。次も会えることを期待している」

「はい。私も今回のようにこの国に来ることできることを願っています」


 それは自分たちが死ななければ、という意味と、戦争が起こらなければ、という意味を込めた皮肉でもありました。


「なに、約束通り十年は我々の友好が続くだろう」


 そうして握手をすると、ヴィナート王は小さく瞠目をしたのちに愉快そうに笑った。


「ふっ、どうやら其方のことを過小評価していたようだな。騎士だけではなく、その主まで予想を超えるとは。本当に楽しませてくれる」


 なぜ皇帝がそんなことを言ったのかわかりませんでしたが、その理由を聞く前に手は離されてしまいました。おそらく、話すつもりはないのでしょう。


 こちらとしても無理に聞き出している時間などないので先程の言葉の理由を聞くことを諦め、その会話を最後に私は馬車へと乗り込みました。


「殿下。急ぎますのでご注意ください」

「分かっています。あとのことは任せました」


 そして、私たちは帰国するための旅路につきました。



 ですが、やはり一筋縄では行きませんでした。


「くっ! このままでは……」


 城を出て、城下町を出て、街道を進んでいたのですが、街が見えなくなるとどこからともなく賊が現れこちらを襲撃してきました。

 賊、とは言ってもおそらくはそれに偽装した兵士や騎士でしょうけれど。


 そうして賊に襲われて被害を出しながらも、後二日もあれば国境を越えることができると言うところまで来ました。


 ですが、新たに問題が発生しました。


 斥候役として先の道を見せに行ったのですが、どうにもそれなりの規模がある部隊が待機しているようなのです。

 おそらくはどこかの領地の兵なのでしょうけれど、このまま進めば戦闘は避けることはできないでしょう。そしてそうなればこちらの全滅は必至。


「殿下。明日は精霊の森へ向かうことを提案します」

「精霊の森ですか? ですがあそこは……」

「このままでは国境を越える前に討たれてしまいます!」


 と、そこで一人の護衛が若干悲鳴まじりも聞こえるように叫びました。


 精霊の森というのは、我が国とヴィナートにまたがって存在している大きな森のことです。

 ここより北上すればある場所ですし、国境を越えるよりは遙かに早く追っ手を巻くことができるでしょう。

 何せ、あそこの森はいかにヴィナートであっても無闇に立ち入ってはならないことになっているのですから。


「……わかりました。森へと向かってください」

「はっ!」


 そうして私たちは進路を北へと変更しました。


「ここが精霊の森……。どこか不気味な感じがしますね」


 私たちがこの場所へと向かうことは想定していなかったのでしょう。

 ここまでは今までよりも格段に少数の敵に遭遇するだけで来ることができました。


「お前たち! ここに現れるものは傷つけるなよ!」


 森に入る直前、アーリーが警戒していることがありありとわかる声でここまでついてくることのできた者達全員に警告を出しました。


 この森はフルーフとヴィナート、二つの国に跨って広がる大きな森です。

 資源の宝庫、と言ってしまえればいいのですがそう言うわけにもいかず、それはヴィナートにとっても同じようで、他国に攻め入り勝ち続けてきたほどの強さを持っているヴィナートであってもこの森には手を出していません。

 それほどまでにこの森は危険なのです。


 だからこそヴィナートも追ってこないと思ったのですが、問題は私たちがここを無事に通り抜けていくことが出来るかどうかです。


 けれど、そんな森の中に入るのにこんな大きな声で叫んでしまえば、私たちの存在も森の中にいる『危険』に気付かれて襲われるのでは、と不安に重ている者もいるでしょう。

 ですが、これでいいのです。むしろこうした方がいいのです。

 どうせ静かに森に入ったところで、この森はその『危険』の領域。私たちが踏み入れることなどほんの僅かに遅いか早いかの違いでしかないはずですから。


 であれば、最初から私たちに敵意はないのだとはっきりと宣言することで少しでも危険を減らしたほうがマシと言うものです。


 それでも完全に危険がなくなると言うことはないのですが、私たちにも勝算がなくここにきたわけではありません。おそらくは通り抜けるだけならばできる、と思うのです。実際はどうなるかわかりませんが。


 ですが、どの道ここにきてしまった以上は先に進むしかありません。後続からの情報では後方に怪しい影が見えたとの知らせもありましたし、ここで迂回などしてしまえばその者達から襲われる事となってしまうでしょう。


 とはいえ、森の中には馬車の通れるような道などないので、私や私の側仕えは歩かなくてはなりません。

 私は馬に乗ってもいい、というかそうでもしないと途中で動けなくなることはわかっていたので馬に乗せられることとなりました。

 けれど、馬は側仕え全員の分があるわけではありません。荷物を載せる馬もいるわけですし、数人は私と同じで馬に乗ることもできるでしょうけれど、残りは騎士達と同じように歩くこととなります。それはとても厳しいものになるでしょう。


 ですのでギリギリまで馬車に乗って行き、少しでも距離を稼いでから森沿いを歩くことも考えましたが、それでは森に潜んでいる者がいた場合は襲撃されてしまう可能性があります。

 ここに辿り着くまでにも既に何人も失っていると言うのに、ここにきて更に失うと言うことはできればしたくありません。


 なので私たちは森に辿り着き次第すぐに徒歩へと変え、必要最低限の荷物だけを持って進むことにしました。


 そうして私たちは森の中に入り歩き続けたのですが、特にこれと言って襲われたりなどの危険な目に遭うことはありませんでした。

 問題がないわけでもないのですが、ヴィナートからも魔物からも襲撃がないのでこれまでに比べれば安全度合いは大きく違います。ですので概ね問題なしと言ってもいいでしょう。


 しばらく森の中を歩き続けてた私たちですがもう陽も落ちたので、今日は森の中で野営をすることとなります。

 元々二国に跨るほど大きな森を一日で抜けることができるとは思っていませんでした。なので当然森の中で数日ほど止まる予定でした。


 けれど、問題がないわけでもありません。

 やはり想定していたように騎士達はともかくとして、それ以外の者達が動けないものが出てきたのです。

 当然でしょう。騎士のように訓練を積んで体を鍛えたわけでもないのに一日中歩かされればそうなるに決まっています。


 明日には回復しているかと言われれば、そんなことはないでしょう。


 ですがそれでも私たちは進まなければなりません。


 それに加え、もう一つ問題がありました。

 こちらは明確に問題となっているわけでもないので〝潜在的な問題〟とでも言いましょうか。

 声が、聞こえるのです。


 といっても、私の頭がおかしくなって幻聴が聞こえ始めた、と言うわけではありません。森の中に入ってからと言うもの、そこかしこから囁くような声が聞こえてくるのです。


 声は聞こえど姿は見えず。そんな状態で森の中を歩き続けることは騎士達であってもかなりの不安があるようで


 けれど、翌日になって私たちが前日と同じようにフルーフに向かって進んでいると、突如周りからヒソヒソと聞こえていた声がぴたりと止まったのです。

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