第30話王女13

 _____王女_____


「襲撃があったというのは本当か!?」


 一人の騎士が私に与えられた部屋へと駆けつけると、通信の道具によってすでに襲撃のことを知らされていたアーリーが食いかかるかのように問いかけました。


「はっ! 先ほど我々の部屋に襲撃者が現れました。その者はアランを狙っていたようです」

「そうか」


 基本的に騎士の隊長であるアーリーであっても王女の護衛役は交代するものです。

 けれど、今回に限っては違いました。護衛の交代自体はするのですが、休むのは私と同じ部屋の中。これはいざという時の戦力としてと、指揮官と護衛相手が離れない方がいいとの判断からです。


 ですから、その騎士からの話は当然ながらそばにいた私も聞くこととなりました。


「待ってください。同室のあなたがここにいるという事は、アランは今部屋に一人ということですか!?」


 その話を聞いて、私は思わずそう叫んでしまいました。

 やってきた騎士は目を丸くして驚いていますが、そんなことは知ったことではありません。


「は、はっ。その通りです」

「アランが狙われているこの状況で彼を一人にするなんてっ──!」


 彼は確かに強いですが、それでもいまは怪我をしている状態で、万全ではないのです。

 そんな状態のアランを一人で部屋に残してくるだなんて……。もし今アランが襲われでもしたら……。


 そう考えると落ち着いていることはできませんでした。

 けれど、私が足を踏み出そうとしたところですぐにアーリーに肩を押さえられてしまいました。


「殿下。アランであればこの状況であろうとも無事でしょう。むしろ、同室のものがいなくなった方が動きやすいかもしれません」

「ですがっ!」

「それよりも! ……アランのことも重要ですが、我々にとってはあなたの命の方が重要なのです。それはアランとて同じ思いでしょう」

「敵はアランの──『処刑人』の首を狙っています。そのためにはあなたの命を利用する輩が出てくるやもしれません」


 私を抑えるように、アーリーだけではなく他の護衛達も言葉を重ねてきました。

 ですが、それは事実。本来は逆でしょうけれど、それほどまでにアランがヴィナートに与えた影響が大きかったのです。


 以前行われたヴィナートからのの侵略戦争。一応作法に則ってはいたものの、それでもそれは『突然』と称してもいいようなものでした。


 宣戦布告した翌日には国境を攻め、その翌日には国境を越えて侵略を始めました。

 そして小さな村や街などには興味がないとばかりに都へと群を進めていき、ついにはこちらの準備が整い切る前に王都まで攻め込まれてしまった。


 王都にいる兵や騎士には全員王都の防衛戦に参加することとなり、それは私の護衛騎士であるアランとても例外ではありませんでした。


 そしてアランは戦いへと赴き、敵の首を切り落としました。


 アランが切った敵の数は千とも二千とも言われています。それは個人がやったとは到底思えないほどの数。私だって状況が違えば誇張された御伽話のようだと思ったでしょう。


 ですが、それは現実です。


 アランは今回のように死にかけの体となりながらも戦い続け、攻め入る敵の首を尽く切り落とした者として、アランは『処刑人』と恐れられるようになりました。敵からも、そして、味方からも。


 それ故に、何もできない、半ば捨て駒のようにここへ送られた私よりも、アランの命の方がヴィナートのにとっては重要なのでしょう。

 アランという存在は、彼らにとっては恐怖の象徴なのですから。


 そして今回だって、彼がいたからこそ十年の不戦を取り付けることが叶った。


「──っ!」


 アーリー達の言うこともわかります。アランにとっては邪魔がいない方が敵を倒しやすいでしょう。

 ですが、それでも心配になるこの心はどうしようもないのです。


「……隊長。護衛の者達を予定通りに、人を分けて会議室へ。その後は朝が来るまで交代で警戒を。これからは、最低でもこの国を出るまで安全はないものと思って行動してください」

「はっ!」


 国境を越えたところで完全に脅威がなくなるという事はないでしょう。

 けれど、それでも今の状況よりはマシになるはずです。国境を越えてまで私たちを襲って仕舞えば、それは明確な領土侵犯となりますから。

 ヴィナートの皇帝は私が書状をフルーフの王に渡してから十年といっていましたが、実際には既に約定は結ばれているので、軍の所属のものが許可なくフルーフに入った時点で違反となります。

 なので国境を越えさえすればひとまずの安心と言っていいでしょう。それでも書状を渡すまでは安心できませんが。


 そうして騎士達だけでなく側近の者達は慌ただしく動き始めました。元々警戒をしていましたがそれをより鵜読めるのでしょう。


「殿下はお休みください。明日より急ぎますのでまともに休めないやもしれません」

「ですが……いえ、わかりました。後は任せます」


 ここで私が何かを言ったところでどうにもなりません。

 そもそもこれからのことはあらかじめ決めていたことです。今更言ったところで皆の邪魔になるだけでしょう。


 そうして私は皆の心配をしながら用意された会議室へと向かいます。


 これは全員で集まっていれば襲撃もされないだろうという考えからです。

 最初からみんなで集まっておけばいいんじゃないかとの意見もありましたが、途中で予定を変えるからこそ相手の思惑を外すことができるという考えから、最初に襲撃を受けてから集まることになりました。


 もっとも、こんな行動さえ単なる気休め程度にしかならないのかもしれませんが。


「あ──」


 そして移動の際に部屋から出てきたアランとすれ違いましたが、アランはこちらを見ることはなく他の騎士達の元へと合流しました。


「では、必要であればいつでも起こしてください」

「はっ。後はお任せください」


 その会話を最後に、私は渡された布団に包まって目を閉じました。


 とはいえ、こんな状況でそう簡単に眠る事ができるはずもなく、私はそのまましばらく起きていました。

 すると、扉の外から何やら音が聞こえてきました。


 耳を済ませて聞こえたその音は、通常であれば城の中で聞こえるハズがない金属をぶつける音。それと人の叫び声。どうやら戦闘が始まったようです。

 移動してからこれほどすぐに襲いかかってくると言うことは、相手は突然の行動に焦りでもしたのでしょうか。


 一応大々的に国を挙げて私たちを狙いにきたわけではないので敵は少数だとは思います。ですが色々な陣営の者が攻めて来るとなると、その数はかなりのものになるでしょう。


 それはつまり、アランを殺すためにそれだけ色々な者が彼を狙っているということなのです。


 どうしても外のことが気になります。当然でしょう。気にならないはずがありません。


 でも、私にできることはなにもないんだと自分に言い聞かせて、私は目を閉じ続けました。

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