第21話処刑人12

 _____アラン_____


「フルーフ王国王女、ミザリス・レイ・ミラ・フルーフ様が参られました」


 ミザリス王女が部屋に戻ってからは特に何か問題が起こると言うわけでもなく、あらかじめ予定していた通りの行動となった。

 だが、当然と言うべきか。翌日には、ミザリス王女はヴィナート皇帝に呼び出されて皇帝の執務室へとやって来た。


 このようなことは予定にはなかったはずではあるが、これからどのような話が行われるのか、なにを言われるのかについてはミザリス王女にはおおよその検討はついていた。

 その予想とは、フラントとの会談の際のことについて。


 あの時のアランの行動はミザリス王女個人としてはとても喜ばしいことではあったものの、やったこと自体は皇族に害意を向けたことに他ならず、問題であるのは間違いない。


 王女一行が迎え入れられた部屋の中は、とても大国の皇帝の使う部屋とは思えないほどに物がなく閑散としていた。

 けれどそれは質素なのではなく、質実剛健という方があっているような部屋であった。


 大国であるヴィナートの皇帝が、このような部屋を使っているとはミザリス王女は思っていなかった。


 だが、むしろこのような部屋を使っている事こそがこの皇帝の優秀さを表しているのかもしれないと考え直した。


 しかし同時に、ミザリス王女は心の中で、この者は本当にフラント皇子の父親なのかと驚いていた。


 フラントは大国の皇太子として見るにはあまりにも度し難い欲の深さを持っている。その欲を前面に出したことで交渉の席を壊してしまうほどには愚かしい。


 そしてその父親は、『力を尊ぶ』などという理由で強引に他国に攻め入っているような武闘派な性格から政務は部下任せだろうと考えられていた。


 それなのに、フラントとは違って父親である皇帝は自分たちの予想以上にしっかりと執務をこなしている。


 故に、ミザリス王女の中ではあの欲塗れのフラント王子と目の前で坦々と執務をこなしているヴィナート皇帝は、実は血が繋がっていないのではないかとすら思ってしまったほどだった。


 あまりの親子の違いにそんな事を考えていたミザリス王女ではあるが、即座にその思考を切り替え、自分の中の覚悟を再確認してから口を開いた


「陛下、話があるとのことですが……」

「ああ、少し待て」


 だが、そんなミザリス王女の言葉は、ヴィナート皇帝の言葉によって遮られてしまった。


 皇帝はそう言って側にいた使用人に視線を向けたがそれは一瞬だけで、すぐに視線を机の上、自身の手元に戻してしまった。


 が、それだけで意図は通じたのか、給仕がお茶とお茶菓子をミザリス王女の前に丁寧に準備する。


 ここで反論したところで意味はない。

 どうせ、早く終わる話でもないし、早く終わったところでやる事もない。であればこの皇帝にはしっかりと時間をとてもらえるようにした方がいい。


 恐らくはミザリス王女もそんなふうに考えたのだろう。王女は特に何も言うことなく出されたお茶を飲んでいる。


(……それにしても、本当に似ていない親子だ)




「さてミザリス王女、待たせたな。それで話だったな」


 それから少しして皇帝は筆を置きミザリス王女に話しかけた。

 その態度は、待たせたな、と言っている割にかけらも悪びれる様子はなく、自身が上位者であると疑っていない態度だった。


「フラントからの報告では、話し合いの最中に突然そちらの騎士が剣を抜いて脅して来たと聞いているが、それは真か?」

「いいえ違います」

「……ほう? ならば申してみよ。なにが違うというのかを」


 目の前にいる皇帝は片方の眉をあげ訝しげにしつつも、その表情はどこか面白がるようなものであった。


 それを理解してかせずかは分からないが、ミザリス王女は弁明のためにあの時の状況について話し始める。


「確かにアランは剣を抜きましたが、先に剣に手をかけたのはフラント皇子の騎士たちです。アランはただ護衛として私を守ろうとしたにすぎません。責められるのであればフラント皇子、もしくはその騎士ではありませんか?」

「ふむ、なるほどな」


 ミザリス王女の言葉に一度頷くヴィナート皇帝。

 そしてヴィナート王は口元に手を当てて何かを考えるような仕草をすると、その視線を控えていた側近に向けた。


「おい。フラントを呼べ」


 その言葉を受けて、側近の者は何を言うでもなく一礼してから部屋を出て行き、暫くのちにフラント皇子を伴って戻ってきた。


「お呼びと聞いて参りました、父上」


 部屋に入ってきたフラントは、自身の父親である皇帝へと一礼した後、見下したような視線をミザリス王女へと向け、嘲笑うかのようにふんっと鼻で笑った。


「来たか。座れ」


 そんなフラントの態度には、皇帝やミザリス王女だけではなく部屋に居た全員が気がついていたが、その中の誰一人として何も言うことはなく話は進んでいく。


 そうして示された席にフラントが座ると、フラントとミザリス王女が正面から向かい合う形になり、フラントは再びミザリス王女に対してふんっと侮蔑の笑みを向けた。


「お前の言っていた件でミザリス王女にも話を聞いた……だが、双方の意見が食い違っている。王女はお前の騎士が先に剣に手をかけたと言っている。これはどういう事だ?」

「それはあちらが嘘をついているのでしょう。私が嘘をつく理由などないではありませんか」


 そう言ってのけるフラントは、自分の言葉が受け入れられるのは当然であると信じて疑わない様子だ。


 ヴィナートという大国の皇太子である自分の言葉は、フルーフのような格下の国の王女などよりも重視されるに決まっている。そう思っているのだろう。


 その証拠にとでも言うべきか、フラントは部屋に入ってきてから今に至るまで、その尊大な態度を崩していない。

 この部屋に呼び出されたと言う意味も理解せずに。


 フラントの言葉が当然の如く受け入れられるのであれば、そもそもフラントが部屋に呼び出されることなどなかった筈だ。

 報告自体はすでに終えているのだから、ミザリス王女の言葉を嘘だと切って捨てて処分を下せばいい。それをしても容易く抑え込めてしまえる程の国力の差がフルーフとヴィナートの間にはあるのだから。


 だというのにもう一度呼び出されたということは、話す必要のある何かがあるということだが、フラントはそれを理解していない。


「そうか。だがそちらは違うと言うのであろう?」

「はい、皇帝陛下。我が騎士は私の命を守るために剣に手をかけましたが、先に剣を抜いたのはフラント皇子でございます」

「貴様っ──!」


 ミザリス王女がヴィナート皇帝を見据えてハッキリとそう言ってのけると、それまで嘲笑の笑みを顔にうかべていたフラントは途端にその顔を歪めて怒りを露わにした。


 反抗されたとしても問題ないとは思っていても、実際に反抗されるのは嫌なのだろう。


「黙れ」


 だが、立ち上がりその怒りをぶつけようと叫んだところで皇帝が制止をした。

 その声は決して大きな声というわけではなかったはずなのに、不思議と耳に入り、その声にはフラントも止まらざるを得なかった。


「ふむ。このまま行ったところで平行線だな」


 そう言うなり皇帝はその鋭い視線を細め、さらに威圧感の増した眼をもってしてフラントとミザリス王女を見比べる。


 それは劇的なものではなかったが、そう話す姿からは発せられる雰囲気が少しばかり変わった。


「とはいえ、なにもしないわけにもいかんな。それではまた同じことが起こってしまう」

「……では、今回の件をどのように終わらせるおつもりでしょうか」


 目の前に座っている『王』の変化に気がついたミザリス王女が若干の緊張を声に表しつつも尋ねると、皇帝は今までの愉快そうな笑みの中に獰猛な笑みを混ぜ笑った。

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