第20話王女9

 _____王女_____


「貴様、我々の話しの邪魔をするなと言ったはずだ。先ほどは許してやったが二度目は容赦はせんぞ!」


 アランの突然の言葉にフラント王子は激怒し、ガタリと椅子を動かして立ち上がりました。

 これはフラント王子の演技なのか、それとも本当に邪魔されたことを怒っているのかはわかりません。


 ですが、そのどちらだったとしても結果が変わることはありません。


 フラント王子が立ち上がった事を合図としたように、王子の側に控えていた騎士達の数人が剣に手をかけました。

 恐らくは、フラント王子からの指示があればすぐに斬りかかってくるのでしょう。


 一応話し合いの場と言うことになっているので、本来であれば騎士達の構えは単なる格好だけ──脅しであり実際に斬りかかってくる事はないはずです。


 ですがここは我々よりも圧倒的に上位者であるヴィナートで、今相手しているのはその国の皇太子。

 この場で争いがあったところで、先程のように戦争をチラつかせて強引に話を揉み消してしまう……いいえ。私たちが一方的に悪いことにされてしまうでしょう。


「構いません」


 ですがアランはそんなフラント皇子や騎士を気にすることなく歩き、私のことを庇うように隣に立ちました。


「来ると言うのなら、いつでもどうぞ」


 そしてアランは腰に帯びている剣に手を置き、少しだけ腰を落としていつでも抜けるように構えました。


 ……誰も助けてくれないのは当たり前。しかたのないことです。今回の話し合いは私が為すべき事であり、騎士達はむしろ邪魔をしないことこそが仕事なのですから。


 その点で言えば、話し合いの邪魔をしたアランは間違っていると言えるでしょう。


 ……ですが……ですがそれでも、とても嬉しいのです。


 今まで誰も助けてくれなかった状況を壊して私のことを守ろうとしてくれるアラン。今までも何度も見てきたその背中は、見ているだけで安心できるものでした。


「貴様、その構えはなんだ? よもやこの場で我々に向かって剣を抜こうというのではなかろうな?」

「私のなすべき事は殿下をお守りする事です。殿下のお心を傷つける方は誰であろうと赦しはしません」

「ハッ! 愚か者め、そんな事をすれば即座に戦争が始まるぞ!」


 その言葉を聞いた瞬間。私は顔をしかめざるを得ませんでした。


 戦争。そう、戦争です。


 フラント皇子のさじ加減ひとつで戦争が起こってしまいます。そうなれば全てが無駄になる。


 結局のところ、いくらアランが庇ってくれたところで、その事実は何も変わっていないのです。


 変わらず、フラント皇子のおもちゃになるしか私に道はありません。


 もういい、と、庇ってくれただけで十分だ、とアランに告げるために、私はアランに手を伸ばしました。


 アランの行動を止めるのであれば、口で制止すればそれで十分であり手を伸ばす必要はないというのに、それでも手を伸ばすのは少しでもアランに触れていたいからでしょうか?


 ……わかりません。


 ですが、この機会が最後になるのかもしれないのです。これから起こることを乗り越える勇気を分けてもらうためには、少しくらい構いませんよね……。


「構いません」


 ですが、私の手がアランに届く前に、アランはフラント王子に向かってそう言い放ちました。


 アランに伸ばそうとしていた私の手はそれ以上動くことはありませんでした。


「……なに? 貴様、今なんと言った?」


 フラント皇子は先程までの怒りを消して、一瞬何を言われたのかわからないような間の抜けた表情を見せた後、アランの真意を探るような訝しげな表情になって問いかけました。


「私のなすべき事は殿下をお守りする事です。それ以外の些事は、何があろうと構いません」

「何を言っている! 私を殺したところで、戦争が始まればそこの王女を守ることすら出来なくなると分からぬのか!」


 先程までの怒りを再度あらわにしたフラント王子。


 ですが、アランの態度は変わりません。それは強がりでも何でもなく、ただ坦々と事実を述べているかのように続けます。


「ならば、この国の皇帝を殺します。そうすれば戦争どころではなくなるでしょう。それでも戦争が起こそうとするのであれば、他の王族を。それでもダメなのならば宰相を、大臣を。止まるまで誰であろうと殺します」

「き、貴様……! そんなことが許されると思っているのかっ!」

「私のなすべき事は、殿下をお守りする事なれば。全てのことは些事にすぎません。誰に許されるつもりも、許しを乞うつもりもありません」

「ッ! 貴様狂っているのかっ!」


 フラント皇子が取り乱した様子で叫ぶと、ヴィナートの騎士達はガチャガチャと音を立てました。恐らくはいつでも動けるように武器を構え直したのではないかと思います。


 そして、そんなヴィナートの騎士達に反応してアランはついに剣を抜き、フラント皇子に向かって構えました。


 先程まではフラント皇子がこの場を支配していました。

 ですが、今ではアランがこの場の全てを支配しています。


 フラント皇子の立場も言葉も、何も意味がない。

 ヴィナートが格上であろうと変わらない。敵がどれほど強く、数が多くても変わらない。

 全てはアランの意思一つで終わってしまう。


 王族同士の話し合いの場であるにもかかわらず、一介の騎士であるアランがその場の主導権を握っているという異常な状況。

 これはアランが単独で戦を左右することができるほどの力を持っているからこそできることなのでしょう。


 フラント皇子達は動くことができず、またアランも動くことがなく、この場は睨み合ったまま膠着状態に陥ってしまいました。


「──フラント殿下。この辺りでお下がりになられたほうがよろしいかと」


 そんな状況を、最初以外は今まで話し合いに入っておらず、壁際でずっと私たちの様子を伺っていたヴィナート王の従者であるミゲールが壊しました。


「ふ、ふざけるな! この俺がっ! こんな奴ら相手に引き下がれと、本気で言っているのか!」

「ですが、下がらなければそちらの騎士は本気で殿下の首を狙いますよ」

「〜〜〜っ! き、貴様らの仕事は俺を守ることだろう! なにをしている!」

「おやめになられたほうがよろしいでしょう。その騎士は、たとえ致命傷を負ったとしても止まりません」


 フラント皇子はその従者の言葉を受けてアランの事を見ましたが、アランは動じる事なくただ剣を構えてフラント皇子に向けたままです。


 そして何かあれば即座にその首を切り落とすという意思のこもったアランの瞳と視線があってしまったのでしょう。

 フラント皇子は動揺をあらわにして私の顔とアランの顔、そして自身の背後に控えている騎士達の事を見比べています。


「〜〜っ! くそっ! 何故だ。何故っ……!」

「獲物を追い詰めすぎましたな。程々にせねば敵はなりふり構わずに襲いかかって来ます。欲を優先すればこのようなことも起こります」

「貴様……父上の部下だからといって随分と生意気ではないか」

「ではどうされますか? いえ、どうにかできるのですかな?」


 王族と使用人とは思えないような慇懃な態度でいる従者。

 フラント皇子は苦々しい顔でその者のことを睨みましたが、一度唇を強く噛むと身を翻して歩き出しました。


「ちぃっ! もういい下がるぞ!」

「では、毒の件での話し合いはどうされるおつもりですかな?」

「今日はなしだ! 決まっているだろうっ!」


 ですが、ミゲールに声をかけられ歩きだした足を一旦止めると、不機嫌さを隠そうともせずに叫びながら振り返しました。

 そして最後に顔だけ動かして私たちを……いえ、アランを睨みました。


「覚えておけよ貴様! 俺に剣を抜いた事は事実だ。この事は父上に伝えさせてもらうぞ!」


 そうして今度こそフラント皇子は部屋を出て行き、護衛の者達も後を追うように、もしくは何かから逃げるように足早に去って行きました。


「皆様、お騒がせいたしました。申し訳ありませんが、誠に勝手ながらこの度の話し合いはこれにて終了とし、お話はまた後日とさせて頂きたく思います」


 最後に残ったミゲールがドアの前に立ち、私達に退室を促します。


 その場に止まっている理由もありませんし、部屋に戻ることにしました。


 それに、今は少しでいいので一人になりたかったのです……



 部屋に戻った私は、先ほど助けてくれたアランに礼を言います。あれは……あの時『アランが助けてくれた』というのは、本当に嬉しかった。


 だってそれは、アランがまだアランであるという証明に他ならないのですから。


「ア、アラン……ありがとうございました」


 でも、いろんな想いの混じった私の言葉に対してアランは首を振りました。


「殿下は笑っていなければなりません。殿下が笑っている事。それが〝我ら〟の望みなのですから」


 そう言ったアランの表情は、いつもの無表情とはどこか違って見えました。

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