第19話処刑人11
「貴様が今回の件をなかった事にするのであれば、我々は貴様らの国に攻め入るのはやめとしよう。……そら、どうした? 何か言ってみせろ。今回の毒の騒ぎは貴様らの勘違いであったのだろう? 貴様が何か言わねば大事なものが壊れてしまうぞ」
戦争を始めるという言葉が嘘か真かミザリス王女には分からない。
……嘘のはずだ。単なるハッタリ。そんな事はありえない。
ミザリス王女はそう考えて、フラントの言葉を頭の隅に追いやっていく。
……でも、もし本当だったら?
だが、完全に消し去ることなどできるはずもなく、追いやったはずの思考はふとした拍子にミザリス王女の頭をよぎる。
もし、フラントの言っていることが本当で、フルーフが攻め込まれでもしたら、どうなる?
そんな事は決まっている。攻め滅ぼされてお終いだ。その後の対応でヴィナートは大変になるのかもしれないが、少なくともその頃にフルーフ王国は滅ぼされている。
これは最初から話し合いなどではなかったのだ。だがいくら理解できようとも、逃れる事は出来るはずもなかった。
「っっ〜〜〜! ……申し訳、ありませんでした……」
「ん? なんだ? 何か言ったのか? もっとはっきりしっかりと言わねば聞こえぬぞ」
唇を噛み、俯きがちに言われたミザリス王女の言葉を嘲笑うかのように、フラントは嫌らしく嗤いながらミザリス王女へ謝罪の催促をする。
「この度の毒の混入は、我々の誤解でした。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
いくら屈辱であろうとも、自分たちが正しくとも、ミザリス王女は頭を下げなければならない。そうしなければ、戦争が始まってしまうかもしれないのだから。
「そうであろうな。ああ、知っていたとも。──だが、だとすると問題だな」
フラントはそこでわざとらしく言葉を止めると、不快感を感じる笑みを浮かべ再び口を開いた。
「貴様らが毒だなんだと騒いだせいで、我が国の貴族が処刑されてしまった。さあこの責はどう取るつもりだ?」
早すぎると思った処刑。ミザリス王女も訝しんだそこには、やはり意味があった。
いくら王族といえど、勘違いで他国の貴族を糾弾し、その結果貴族が処刑されてしまえば賠償は逃れられない。ヴィナートはそれを狙っていたのだった。
実際にはミザリス王女はその貴族を糾弾などしていないし、処刑もヴィナートが勝手にやったことだ。
だが、その貴族が処刑されたのは事実だった。
そしてその原因となったのもアランが指摘したからであり、アランは王女の騎士だ。それが王女からの糾弾と言われてしまえばそれまでだ。
「なっ! それはそちらがやった事だ! 昨日の今日で処刑などありえないだろう!?」
「黙れ下郎が! 貴様、たかが騎士の分際で誰の許しを得て口を挟んでいるのだ。不敬であるぞ!」
そのことに気がついたミザリス王女の護衛の一人が声を荒げるが、フラントの一喝によってそれ以上の言葉は封じられてしまった。
ミザリス王女に同行していた者たちも、叫んでしまった騎士の気持ちはわかるはずだ。わかるが、それでもこの場で正しいのはフラントの方だ。騎士如きが許可もなく勝手に王族同士の会話に入っていいはずがないのだから。
そしてその事はミザリス王女の立場を更に悪化させる。
「配下が申し訳ありませんでした。フラント王子」
「ふん! まあよい……とはいえ他国の皇族への不敬、まさか何もなしに終わるとは思っておらぬだろうな。通常であればそこの恥知らずを処刑してもなお足りんのだ」
「……何をお望みですか」
いやらしく顔を歪めたフラントを前にすれば、フラントがなにを望んでいるのか、少なくともまともな願いではないことなど容易に想像がつくだろう。
そしてそれはミザリス王女にも理解できた事だ。
問うてしまえばどのような答えが来るのかが分かっているだけに、聞きたくない事ではあった。だが聞かないわけにはいかない。
ミザリス王女は軽くではあるが深呼吸をした後に問いかけた。
「私に嫁げ。貴様が|我が妻(ペット)として役割を果たすことができるうちは、我々が貴様らの国を攻めることはしないと約束しよう。……さあ、どうする?」
「……わかり、ました……」
相手を他国の王女であるという事を考えていないフラントの言葉──いや、この場合は考えた上での発言か。
だが、国を滅ぼされる可能性がある以上、ミザリス王女は了承するしかない。
それがどれほど屈辱的なものであったとしても、まだ滅ぶわけにはいかないのだから。
「ほう、そうか。ならば誓いの証として服を脱ぎ、裸になって私の靴を舐めろ。そして媚びるのだ。『どうか私をこの場で犯して下さい』と。そうすれば私は、貴様の願いを叶えこの場で犯した後に貴様を我が妻として迎えよう。そして同盟を結ぼうではないか。ああ、もちろん対等な同盟だ。搾取するような事はしないと誓おう。私は貴様らと違って『恥』というものを知っているからな」
フラントだけではなく護衛達もいるこの場で犯すと言う。
そしてそれを聞いていたフラントの護衛達は笑いを漏らし、そのヘルムをつけていても隠しきれないような不快さを漂わせている。
自国の王女に対するフラントの言葉もだが、それを許しているヴィナートという国そのものに怒りを感じているフルーフの護衛達だが、先程叫んだ騎士のせいでこの状況を作り出してしまっただけに、誰も口を挟む事はできなかった。邪魔をすれば、より悪い状況になってしまうと理解していたから。
ミザリス王女は、王族の女子としてこの場で犯されるという事に強い嫌悪感を感じていた。
いや違う。王族や貴族など関係なく、未だ二十にもなっていない少女が複数の人に見られながら犯されなければならないという状況は、到底受け入れがたいものであるはずだ。
行為を見られる事を自分から望むような特殊な性癖でもあれば別なのかもしれないが、生憎とミザリス王女はそういった事を望んでなどいない。
それでも。どれほど悔しくてとも頷かなければならない。頷き、感謝をし、フラントの言葉通りにされなければならない。
そうでなくては、自分の故郷が滅んでしまうのだから。
そうでなくては、自身の願いが叶わなくなってしまうのだから。
だからミザリス王女は、涙を堪え感謝の言葉を口にする。それを口にしてしまえば、自分がどうなるかなど理解していながら。
「……ありがとうござ──」
「もっとも、同盟は貴様が正気を保っていられる間だけだがな。何せ妻として受け入れるのに、その役割を果たせないような不良品を押し付けられてしまえばたまったものではないからな。薬や魔法を使う事もあるが……王女を名乗るのだ。その程度、耐える事はできよう?」
だが、感謝の言葉が紡がれるはずの口は、フラントの言葉に遮られ止まってしまった。
薬や魔法を使う。それは当然ながら通常は使われない人格を壊すような非合法とされるようなものだろう。
そんなものを使われてしまえば、いくら王女として厳しい教育を受けて来たとしても抗う事など不可能だろう。
どれほど立派な矜持を持っていたとしても、どれほど強く覚悟を決めていたとしても意味がない。
人はそれほど強くはない生き物なのだから、いつかは壊れてしまう。
仮にミザリス王女が異常ともいえる精神を持っていて、狂うことから耐え切ったとしても、それでもこのようなことを言ってのけるフラントが──そしてそんな男に交渉を任せるようなこの国が約束を守るとは限らない。
「どうした、不満か? ならば選ばせてやろう! 今すぐに戦争を始めるか。それとも私の妻となり狂うまで国を守り続けるか! さあどうする!」
「──ッ……!」
狂うまで、と楽しそうに言うフラントを見れば分かるが、この男に戦争を回避するつもりなどないのだろう。
あるとしたら、ただミザリス王女がいつまで壊れずにいられるかという『遊び』に対しての興味だけ。
フラントは行為を楽しむために薬を使うのではなく、ミザリス王女を壊すためだけに薬を使うだろう。
そしてそれを分かっていたとしても、ミザリス王女は頷くしかない。
頷いた結果この場で恥を晒し、嫁がなくてはならないとしても、できる限り時間を稼いでその間に全てを終わらせなければならない。自分の願いを叶えるために。
それに、嫁ぐのは何も都合が悪いわけではない。願いを叶えるための準備を終わらせる時間はないものの、うまくいけば自分の国を救った上で願いを叶えられるかもしれないのだ。
であれば、なんの問題もない。
そう自分に言い聞かせてミザリス王女は頷く。
「……わかりま──」
「お断りします」
──だが、それを認められない者だっている。
ミザリス王女の声を遮って、男性の声が部屋に響く。その声は特別大きかったというわけではないが、ミザリス王女とフラントの二人の声しかしていなかった部屋の中では、その者の声は聞き漏らすことなどあり得ないほどにハッキリとその存在を主張していた。
「なに?」
「え……?」
その突然の声に、フラントは楽しげに歪む下卑た顔を崩し、自身の楽しみが遮られてしまった事で不快げにその顔を歪めた。
そして、ミザリス王女は涙がこぼれそうな程に歪められていた顔を崩し、あり得るはずのない事態に目を見開き驚愕を露わにした。
──いくらミザリス王女本人が受け入れていたとしても、他の者がそれを受け入れられるのかは別だ。
「……アラ、ン?」
事実、アランにはミザリス王女が悲しむ今の状況を認めることなど、出来はしなかった。
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