第18話処刑人10

 _____アラン_____


「昨日のミザリス王女に毒を盛った愚か者の処遇についてだが、処刑したので伝えておこう」


 翌朝。ミザリス王女がいつものように朝食の席につくと、その席の終わりに皇帝からフルーフの者たちへとそう伝えられた。


「……そうですか。わかりました」


 昨日の今日での処刑。普通ならば何日もかけて調査をし、裏などを調べるはずだ。

 だというのに行われた早すぎる刑の執行に、ミザリス王女はどこかふに落ちない様子ではあるが、他国の王族に毒を盛ったのだから見栄を気にするこの国ならばおかしくないかもしれない、と一応の納得を見せた。


 もしくは、裏を取らせず、こちらが何も出来ないようにするためかもしれないと思ったが、それは口にはしない。しても意味がないから。


「そして今回の愚か者の件について、色々と話し合いをしたいと思っているが、どうだ?」

「それは、こちらとしても望むところではあります」


 今回の毒殺未遂の件。上手く事が運べばミザリス王女がこの国に来た目的である同盟への足掛かりとなるやもしれない。

 同盟まで持っていく事ができずとも有利なのは自分たちなのだ。と、この後に待ち受ける話し合いを成功させるために、ミザリス王女は話し合いに挑む覚悟を決めた。


「そうか。ならば──フラント。お前が此度の件を治めてみせよ。王位を求めるのであれば、この程度どうにかできよう?」

「はっ! お任せください、父上!」


 皇帝からヴィナート側の交渉を任されたのは、先日の廊下でアランに対してありえないような挑発を行ったフラント皇子だった。


 この国の皇帝は基本的には長子が継ぐ事になっているが、優秀なものであれば何番目の子であろうが関係ない。

 長子であるフラントでさえ何かの功績を残さなければ将来が危ういのだが、何故長子である自分がそんなことで悩まなければならないのかと、フラントは常に苛立たしげにしていた。


 しかしそれでも何もしないわけにはいかないフラントは何か功績を残そうとしていたのだが、そこに今回の件だ。


 圧倒的に不利な条件から上手くフルーフ王国側からの譲歩を引き出す事ができれば、それは功績と言える。そうなれば余程の功績を出すものがいない限り次の皇帝はフラントのものだ。

 長子が継ぐわけではないと言っても、皇帝に一番近く、他の皇族に比べて有利なのは変わりないのだから。


 故に強硬な手段に出てくるやもしれない。ヴィナート王国の内情を調べたアラン達はそう考えていた。


 ミザリス王女もその事を理解しているからだろう。自然と身体は強張り、自身を奮い立たせるかのようにグッと拳を握りしめていた。


「そういうわけだ、ミザリス王女。一応私の配下をつけておくが、私はこれでも忙しい身でな。これで失礼させてもらう……ミゲール、後は任せた」


 皇帝はそれだけ言い残すと、言ったとおりに側にいた配下を一人だけ残して去って行った。


「ではフラント皇太子殿下。並びに、ミザリス王女殿下。陛下よりこの場を任されましたミゲールと申します。お二方とも、この後のお時間はよろしいでしょうか?」


 残された一人──ミゲールと呼ばれた老齢の執事は、フラントとミザリス王女に礼をし、自己紹介をすると二人に問いかけるが、ミザリス王女もフラントも頷きを返し、些か性急ではあるが話し合いが始まることとなった。


「余程のことがない限り私から話に入る事はありませんが、何かございましたらお声がけください」


 ミゲールはそれだけ言うと、それ以外は特に動くつもりはないのかという下がった位置で待機し始めた。

 単なる使用人にしては些か無礼ではないかと感じるような台詞。事実、フラントが忌々しげにしている。

 だが、それでも何も言わないところを見るに、ミゲールという男はフラントが何かをすることができないくらいには皇帝から重宝されているのだろう。


「さて、父上に任されたからには加減はせぬぞ」


 そうして始まったヴィナート王国の貴族によるフルーフ王国の王女毒殺未遂の話し合い。


 この後は時間のかかる化かし合いになるだろうとミザリス王女は予想していた。交渉とはそういうものだ。事前に仕入れた情報をうまく使い、相手の妥協できる点を示して自分たちの求めるものを手にする。それはそう簡単に終わるものではない。


 故に何日もかけて行うのが普通だ。それも、今回のように他国の王族の毒殺ともなれば最早当然と言えた。

 今回は調べる時間も準備する時間もなかったが、それでも時間がかかるだろうというのはこの場にいる誰もがそう思っていた。


 だが、現実は違った。


「此度の件。貴様らは大人しく引き下がれ」


 挨拶すらまともに行われない内から放たれたフラントの言葉。

 ミザリス王女の事を『貴様』と呼び、見下した態度で告げられたそれは、駆け引きも何もない『命令』だった。


 それの意味するところは、フラントはミザリス王女の事を対等の相手として見ていないという事だ。

 それはミザリス王女とてわかっていたことだが、それでも顔を顰めざるを得なかった。


「……それは、どのような意味でしょうか?」

「どのようなも何もあるまい。言葉通りだ。わかりにくかったなら言い直してやろう。ミザリス王女、貴様は毒など飲まなかった。そういう事にしろ」

「……それが通るとお思いですか?」


 通るわけがない。殺されかけたのはミザリス王女の側で、謝罪するのはヴィナート側のはずだ。どこの世界に殴った相手に向かって「殴られてごめんなさい」と言う者がいるというのか。


 だが、フラントはミザリス王女を見下すような態度を変えないまま話を続けていく。


「通る。我らヴィナートと貴様らのような弱小国。ぶつかればどちらが勝つと思っている? それくらいは理解できよう?」


 国力の差で言えば、確かにヴィナートの方が圧倒的ちって良いほどに強い。ミザリス王女の母国であるフルールは中小国家の一つ、むしろその中でも小さい方だ。

 現在は周辺の国々と協力し合い、なんとかヴィナートに対抗できているに過ぎない。


 そんなフルーフとヴィナートがぶつかれば──戦争をすれば、どちらが勝つかなど明白だった。

 ミザリス王女とてそれは理解している。何せそれを止めるためにきたのだから。


「まさか、戦争を起こすおつもりで? 大義もなくそのような事をすれば、周辺国から反感を買うことはご理解されているとお思いですが……」

「それがどうした。いずれ仕掛けるつもりだったのだ。それが多少速くなるだけのこと」

「なっ!」


 いつかは起こるだろうと思っていた、戦争。だがそれは、まだ先の事だと考えていた。

 今戦争が始まれば、ヴィナートは周辺の国々から攻められる事になる。そうなればいかにヴィナートといえど苦しいものがあるだろう、と。

 それがミザリスの父親であるフルーフ王率いる家臣達の考えだった。そしてその考えはミザリスとて同じだった。


 この国に来るまでは、いや、来てからも起こす事はないだろうと考えられてきた戦争。それがここにきて急にその可能性をあらわにしてきた。


「何を驚いている。貴様らとて理解していたのだろう? いつかは戦争が始まると。だからこそ、今回我が国に来た。慈悲を願うためにな」


 友好をむすんでいる相手を攻撃したとなれば、周辺の国々はもちろんのこと、他のヴィナートと友好な国とて黙ってはいない。なにせいつ自分たちが襲われるのかわからないのだから。


 だからこそミザリス達はここにきたのだ。自分たちが生き残るために。


「友好を結び、あわよくば同盟を結んで自分たちを攻撃しないでほしい。そう頼むために来たのだろう? ならばこんなところで問題を起こしてもいいのか? 貴様らが我々を糾弾するのであれば、我が国はそれに応えるために戦おう」


 だが、ヴィナートが周辺の国々全てを敵に回しても尚、勝てるという自信があるのなら別だった。


 戦争を起こされる前にどうにかして同盟を結び、戦争を起こさせない。そのためにミザリス王女たちはこの国にまできた。

 だが、この様子では同盟を結んだところで破棄される可能性が高いだろう。


 そうなれば全てが無駄になる。ここまで来た意味も、今までやってきた事も、全てが。


「……」


 ──周辺の国々の全てを敵に回すなんて、そんなことが出来るはずがない。


 いくら圧倒的な軍事力を持っていたとしても、周囲の全てを敵に回して勝つことなど単なる夢物語に過ぎない。


 ミザリス王女はそう思いながらも、だが同時にもしかしたらと思ってしまい、なんの返事もすることができないでいた。

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