第22話処刑人13

 

「其方らが知っているかは分からぬが、この国には一つ面白い決まりがあってな。それを行おうと思うているのだ」

「決まり、ですか……。その決まりとはどのようなものでしょう?」


 この国に訪問するにあたってある程度の事は調べはしたが、ミザリス王女とてもその全てを覚えているわけではない。今回のような非常時のものは特にだ。


 だが、アランが教えられた中には思い当たる物があった。それは……


「罪人と思わしき者と、それを訴えた者が闘うのだ。本来はいくつか階級があるのだが……そうだな、此度は王族同士での揉め事だ。後腐れがないように最大のものを選ぶとしようか」

「最大……」

「そうだ。とは言っても、小難しい決まりがあるわけではない。どちらかが死ぬまで続き、相手を殺して勝てば無罪。死んで負ければ有罪」


 有り体に言ってしまえば決闘である。

 フルーフでは決闘を許可する法律は過去にはあったがすでに存在しない。そしてそれ以外のいくつかの国でも決闘は法律としては認められていない。


「一応降参することも認められてはいるが、その場合は降参した側は相手の奴隷となる。故に、これまでこの決まりに参加したものは、どれほど不利な状況であっても誰も降参せずに万が一を狙って最後まで戦うな。なに、勝てば全てを手に入れて、負ければ全てを失う。それだけのことだ。分かりやすかろう?」


 だがここは力が全てと言って憚らないヴィナートである。力で他者から奪い成り上がってきたこの国では決闘というのは分かりやすい裁判の方法の一つであった。


「此度の場合であれば、剣を抜いたと訴える両者であるな。つまりは此方のフラントと──」

「なっ!?」


 名を呼ばれたフラントは、そのまさかの言葉に目を見開きその顔を父親である皇帝へと向ける。


 だがそのことに気がついているはずなのに皇帝はフラントのことなど気にすることなく話を進めていく。


「そちらの騎士が決闘を行う事になるが……さてミザリス王女、どうする?」


 そう言って皇帝は笑った。自身の息子の命を掛けたというのに、その表情には全くと言っていいほど心配の色は見えない。


 この決闘というのは、なんでもありである。なんでもありというのは、文字通りの意味であり、武器防具に限らず道具の類の使用であってもなんら問題はない。

 唯一のルールがあるとしたら、開始してからどちらかが死ぬまで終わりはないということぐらいだ。


 それはここが敵国である事を考えれば圧倒的にアランが不利だった。装備は自分たちがもっている以上のものを用意する事はできず、相手はいくらでも用意できる。武器も薬も魔法具であっても、なんでもだ。普通は資金面で用意できるものが限られるものだが、相手が皇子であるということを考えれば、実質制限はないのに等しい。


「……アラン」


 決闘についての事を思い出したのか、ミザリス王女は顔を歪め心配そうにアランのことを見つめる。


「この身は殿下のために」


 だがアランには一筋ほどの迷いもなく、ミザリス王女の前で跪く。


 そんなアランの姿を見たミザリス王女は、ギュと目を瞑り唇を噛み締めると、閉じていた目を開きアランの事を見据えて口を開いた。


「……ではアラン。お願いします」

「はっ!」


 そう返事したアランの表情には微塵の怯えもない。


「決まったようだな。──おい!」


 その様子を面白そうに見ていた皇帝はそう言って側近の者を呼ぶ。

 その声に反応し、側に控えていた一人の男がトレーに書類とペンを乗せてアラン達の元に近寄ってくる。


「決闘に参加する者はこの誓約書にサインをせよ。サインを行い決闘をしてしまえば、その結果がどのようなものであっても意義異論は認められない。その事を双方理解せよ」

「お、お待ち下さい父上!」


 だが皇帝が笑みを浮かべながらそう説明をすると、頷こうとしたアラン達を遮ってフラントが叫んだ。


「なんだ?」


 自身の話を止められた皇帝ははそれまでの笑みを消し、わずかに不機嫌そうな表情をすると、フラントを見つめて問いかける。


「っ……! な、何故私が戦いなど……」


 フラントは、まさかそんな表情が自分に向けられるものだとは思っていなかったようで怯んでいるが、それでもグッと息を飲んで問いかけた。


「私は、昨日の話し合いはお前に任せると言ったはずだ。であるにも関わらず、私を煩わせるような事態にしたのだ。それは失態以外のなにものでもあるまい。貴様自身で失態を拭うのは当然であろう?」

「そ、それは……」

「それとも、すべての非は自分にあると認めて処刑でもされるか? 私はどちらでも構わぬぞ」


 フラント王子はぐうっと呻くと、乱暴な動作でアランに差し出されていた筆を奪い取り誓約書にサインをした。


 続いてアラン達の前に再び差し出された紙を見たミザリス王女は、誰にも気づかれないようにグッと拳を握ると、アランへと視線を向けた。


 ミザリス王女の視線を受けたアランはその視線に対してほんのすこしだけ頬を動かすと、自身の名を誓約書に書き込む。


「陛下。ここに決闘の誓いは交わされました」


 アランとフラント。両者の名前を書かれた誓約書を皇帝の側近が掲げて見せる。


「よし。では闘いは明日の正午とする。双方それまでに各自好きに動け!」


 側近の宣言を受けた皇帝は楽しげに宣言し、アランとフラントの両者を睨みつけた。


「何か異論はあるか」

「ございません、ヴィナート国王陛下」

「わ、私もい、異論ありません。父上」

「ならば、話はこれにて終いだ。下がれ」


 そうしてミザリス王女とヴィナート皇帝、それからフラントとの話し合いは終わった。




「……あの、アラン!」


 話し合いを終えた後は部屋に戻ったミザリス王女達だが、部屋に着くなりミザリス王女はアランの名を呼んだ。


「いかがされましたか、殿下」

「あ、その……大丈夫で、しょうか」


 自身の名を呼ぶミザリス王女の声に反応して返事をするアランだが、名を呼んだ当人であるミザリス王女は何かを迷うように視線を彷徨わせた後、か細い声でそう尋ねた。


 もちろんアランとて簡単に勝てるなどとは思っていない。いや、そもそも勝てる勝てないなど、最初から考えてなどいない。勝てるかどうかではなく、勝たなくてはならないのだから。


 だがもし、仮にこれが絶対に勝てない相手、例えばヴィナート国そのものを相手にしなくてはならないとなったとしても、アランは諦めることなどしないだろう。


 そんな機能は、とうに失われたのだから。


「この身は全て貴女のために。必ずや勝利を捧げます」


 アランはそう言うと、一礼してミザリス王女の部屋から出ていった。その背中に向けて伸ばされた手に気付く事なく。





 明日は決闘があるのだからと、体調を万全に整えるためにも、アランは準備を手早く終えると夜更かしなどする事なく眠りについた。


 そこはアランとアランの同僚に与えられた部屋。既に二人は寝ているにも関わらず、部屋には何故か煙が発生している。

 その煙は、静かに、だが確実に部屋を埋め尽くし、寝ているアラン達の体を包み込んだ。


 そして、アラン達二人が眠ってしまった以上動くものなど誰も存在しないはずのその部屋に、一つの影が忍び寄っていった。


 その影は強盗ではなく、ましてやフルーフの者でもない。

 部屋の中に侵入したその影は、特にこれと言って部屋の中を物色することもなく軽く見回して部屋の中の様子を確認していった。

 そして、ただの一言も漏らす事なくどこかから取り出した黒塗りの刃を構え、迷う事なくアランの首に突き立てた。


 その瞬間アランの体がビクッとはねたが、アランへと刃を突き立てた影はそんな事は気にせずに突き立てた刃を更に押し込んでいった。


「ったく、あのクズ豚様は使えねえな。折角周りが段取りをつけてやったってのによ」


 聞こえるのは男性の声。アランに刃を突き立てた影──暗殺者は、ボソリと誰に言うでもなく呟き、先ほどまでの無音を壊した。

 まだアランの隣にはフルーフの騎士が寝ているのだが、それでも声を出したのはもう警戒する必要がないと言うことと、今目覚めたところで逃げてしまえばいいと思っているからだろう。


 だとしても声を出して愚痴を漏らしてしまうのは暗殺者としては欠点なのだろうが、それだけの自信の現れでもあるのだろう。


 そしてその暗殺者はアランに突き立てた刃を乱暴に引き抜くと、その傷から盛大に血が吹き出し部屋を汚す。


「でもまあ、結果として一番厄介なやつを殺せたから良しとすっかねぇ。王女も割と重要みたいだが、場合によっちゃあ王女なんかよりもこいつの方が厄介だしな」


 暗殺者の男は部屋の中を見回すと、自身の証拠となるようなものが残っていないかを確認していくが、アランから溢れ出し、部屋を赤く染め上げていく血液以外にはなんの異常も見られない。


 そのことを確認すると、暗殺者の男はアランを刺したナイフを残っていた騎士のベッドの上においてから頷いた。


 このナイフとアランが死んだ状況を見れば、このアランの同僚が殺したことになるだろう。

 それがどれほど疑わしくても、状況さえ揃ってしまえば何とでも言い逃れることはできてしまう。


「──にしても、誓約書に署名した時点で決闘は始まってる、だなんて卑怯どころの話じゃねえよな。唯一のルールはどっちかが死ぬまでだから、こういう俺みたいなやつを用意するって手もとれる、か。まったく、こいつらが不憫でならねぇな……まあ、やった本人である俺が言うことじゃねえけどよ」


 男は最後にそう言って肩を竦めると、入ってきた時と同じようにいつのまにか消え去っていた。


 部屋に残るのは、アランの同僚と、首から真っ赤な血を溢れさせるアランだけ。


 そうしてその晩、アランは死んだ。

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