第13話処刑人7

 _____アラン_____



「アラン。明日は自由にしていい」


 夜会後、騎士達は翌日の予定を話し合っていたのだが、そこで隊長であるアーリーから、想定外の言葉がアランに告げられた。


「なぜでしょうか? 明日の私の任務は、殿下の護衛だったはずですが」


 事前に連絡のなかった突然の変更。それを訝しんだアランは、もしかしたらアーリーが裏切ったのではないかと思い至った。


 そして、そう思い至ると同時にアランの体は動き出した。


「──っ!」


 アランが腰に差してある剣に手をかけいつでも首を狙える体勢になると、アーリーはアランの考えを察したのか慌てて口を開いて詳しい説明をし始めた。


「まて! ミザリス様は明日は女性のお茶会に出られるのだ! お茶会は基本的に男性は入れない。故にお前には自由時間を与えることになったのだ」


 お茶会。

 それは貴族の女性間の交友の場であると同時に、言葉から感じる華やかさとは裏腹に自身が有利になるように騙し合う社交の場でもある。

 お茶会には、何かの用があり主催者に呼ばれない限り、男性は参加するどころか護衛としてすらもそばにつくこともできない。


 ミザリスがこの国に来たのは親交を深めるためと、情報を探るため。であるのなら当然ながらこの国の貴族の開くお茶会に参加しないわけにはいかない。


 危険がないわけでもないのだが、この状況でミザリス王女を殺すような可能性は薄い。だが完全に危険がないわけでもないのでアランとしてはミザリスの安全を思えば否と言いたいが、それが王女の決めたことならば仕方がないと諦めるほかない。


「失礼いたしました」


 アーリーの言葉を聞いて理解したアランは剣の柄から手を離して警戒をとくと、深く頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

 一旦落ち着いてしまえばアランとて謝罪しないわけにはいかない。何せアランは騎士で、アーリーはその上官なのだから。


「……構わない。頭を上げろ。殿下を心配しての事だろう?」


 謝ったまま頭を上げなかったアランに対してアーリーはそう言うと、アランはスッと頭を上げた。


 だが、それが気に入らない者もいる。


「アーリー隊長! なぜですか⁉︎ 今のは隊長に剣を向けようとしていましたよね⁉︎ ならいくら殿下に気に入られているとはいえ、処罰の対象にするべきではありませんか!」


 その場に居合わせたアランの同僚の一人が、声を荒げてアーリーにくってかかる。


 本来上官である護衛隊長のアーリーに反論することはまずいことで、この騎士の男性もそれはわかっている。だがそれでも何も言わずにはいられなかった。


 それも理解できることだ。

 ただでさえ自分たちが『処刑人』として下に見ている騎士が王女のお気に入りだというのに、それが違反をしてもなんのお咎めなしとなったら納得できない者は多くいることだろう。きっと声を荒げた男性以外にも何人もそう思っているものはいるはずだ。


 それに加えて、夜会にて皇帝から直接の誘いを受けるということがあったのもこの男性騎士が声を荒げている理由の一つだろう。


 それは簡単に言えば劣等感と嫉妬。


 全員が、というわけでもないのだが騎士たちの大半は罪人の首を落とす処刑人という仕事は、本来であれば下級の役人や兵士がやることだと思っている。


 この場に来ているのは騎士の中でも優秀なものたちだ。王族の守護に足ると判断され、その実力も家柄も人柄も、全ての条件を満たす……いわばエリートたち。


 それに対してアランは、実力は申し分なかったとしても家柄は彼らとは比べ物にならないほどの木端であり、たまたま王女の目についたから護衛騎士として取り立てられただけだ。

 故に、運よく護衛騎士になれたアランは、処刑人と呼ばれる前から元々疎まれていた。そしてその悪感情は処刑人と呼ばれるようになってからさらに強くなった。


 そんな騎士たちから疎まれている処刑人が王女に気に入られているだけではなく、敵国の皇帝に直接誘われるほどにまで気に入られているとなると、ただその光景を壁際から見ていることしかできなかった騎士たちにとっては業腹なことだろう。

 なぜ自分はこんなところで立っているだけなのにあんな奴が、と。


 そもそも処刑人が下級の役人や兵士の仕事という考え自体が彼らの勘違いで、本来罪人の対処をさせられるのは王家から信頼のあるものだけだ。処刑人もそう。人柄も強さも、どちらもが信頼できるからこそ任せられるのだ。信頼できないものに任せれば、もしもの時に逃げられてしまうから。


 だが、『騎士』という存在に華やかな活躍や夢を求めている騎士たちは、戦場や主人を守ること以外での『人殺し』など薄汚い行為だと思っている。

 それ故に、アランのことを認められず、だが実力で排除するのはできないからただ不満に思うことしかできなかった。


 最初からアランのことを許せばこうして声を出すものがいるだろうことをアーリーは予想していた。

 だがそれでもアランを許したのは、彼が必要だからだ。

 アランは自分たちの戦力の要であり、そんな者をどうにかできるはずがない。だからこそアーリーは問題があるだろうとわかっていながらもアランのことを許した。


「ダメだ。処罰するのだとしても何をするつもりだ? 今問題を起こすわけにはいかないのだぞ?」


 そもそも、今アーリーたちがいるこの場所はいつもの自分たちの白ではなく、敵国であるヴィナートの城だ。

 そんなところにいるというのに、いったいアランにどんな罰を下せというのだろうか?


 騎士への罰といったら謹慎や減俸だが、騎士の給金はこの場で決められるようなことではないしやったところで目に見える形でなければ今騒いでいる騎士は納得しないだろう。


 では謹慎かというと、それもできない。

 今のところは危険はないとはいえ、いつ状況が変わるかなど誰にもわからない。もしかしたらこれからにでも襲撃があるかもしれないし、この国のものを全員相手にして自国まで逃げなくてはならない可能性だってある。


 そんな場所と状況で、最高戦力であるアランを王女に合わせずなんの情報も与えずに部屋に閉じ込めておくなど、愚かでしかない。


「ですがっ!」


 それは理解できているのだろう。だがそれでも感情は別なようで、男性騎士はアーリーに向かってさらに言い募ろうとした。

 しかしながら、言い募ろうにも何も言えなかったのかそれ以上言葉は発さず、悔しげに歯噛みしながらアランのことを睨みつけた。


 アランの行動を咎めた騎士の一人が隊長のアーリーに言い募るが、それでもアランは気にしない。

 処罰されようと、アランはミザリスのために行動する。今と同じように。たとえそれが、他人から受け入れられないものだとしても。

 そして、だからこそアーリーもアランの事を許したのだ。アランの行動は、その全てが王女のためであると理解しているから。


「会議は終わりだ。下がれ」

「では、私はこれにて失礼いたします」

「なっ⁉︎ まて──」

「ああ、ゆっくり休め」


 会議を強引に終わらせたアーリーの言葉を聞くや否や、アランは空気を読むこともせずに一礼してから自分に与えられた部屋に戻るべく身を翻した。

 そんなアランの背後からはアランを引き止めようとする騎士の声やアーリーからの労いの声が聞こえたが、アランはそんなことを気にすることはなくそのまま部屋を出ていった。




 翌日。未だ朝日が上り切っておらず朝早い時間ではあるが、アランは身嗜みを整えて与えられたを出た。


 その歩みに迷いはなく、だがどこかへ向かっているというわけでもないようだった。


 すれ違うたびに視線を向けられ、時には悪意すらも向けられるが、アランにはそんなことは関係なかった。

 今は己のなすべき事をするだけだ、と歩き続ける。


 アランが何をしているのかは、一見しただけではわからないだろう。なにせアランはただ歩いているだけなのだから。

 だが、その当人の頭の中は違う。現在アランの頭の中では、あらかじめ見せられていた地図と実際の構造を比べておかしなところがないかを調べられていた。


 王女や自分に与えられた部屋の縮尺から地図に書かれている大きさを見てそれぞれの部屋の大きさを把握し、自身の歩幅によってそれを確認していく。


 その結果、幾つか地図と見た目と実際の距離が合わない場所を発見することができた。

 それらは普通なら見つからないであろうほど精巧に隠してあったが、それでも〝今のアラン〟ならば見つけることができた。


 その事をしるしたものを、後ほど隊長であるアーリーに渡して警備について再度の話し合いを行おうとアランが思っていると、正面から何者かがやって来た。


 この国の高位のものであろうと予測したアランは、端に避け、姿勢を正して礼をする。

 が、何を思ったのか、取り巻きを連れてやってきた男はアランの前で足を止めると、アランに声をかけた。


「お前は……『処刑人』か」


 高位の者なのであろうが、他国の騎士に対する言葉としてはあまりにも礼を失している言葉。


 だがそのことを周りにいる誰も咎めないし、アランもそれを咎める気はない。

 アランに関しては最初から相手の言葉や態度なんて気にしていないということもあるのだがこの場合はアランでなくとも相手の言葉を咎めるものは極少数だろう。


 何せ、相手はこの国の皇太子なのだから。


「はっ。アラン・アールズと申します」


 アランはミザリス王女以外に興味を持たないが、だからといって人の顔が見分けがつかないというわけではない。むしろ今のアランは一度会った者の顔と名は忘れることはない。


 昨夜一度見ただけではあるが、相手が皇子だと判断できたアランは簡素に名乗りを上げた。


「ほぅ。このようなみすぼらしい者であったか。先日の夜会ではうまく化たようだな」


 フラントはそう言ったが、アランはみすぼらしいと言われるような格好をしているわけではない。

 確かに昨夜の夜会に来ていたものよりは劣る服装をしているが、それでも礼を失することのない服装だ。


 だが、それも仕方がないだろう。皇子に比べてしまえば、誰だって劣る服に決まっている。それがただの皇子ではなく皇太子ともなれば尚更だ。


「しかし、ミザリス王女も大変だな。貴様のような処刑人などと呼ばれる野蛮な者を側に置かなくてはならないとは。……いや、野蛮なのはこの者だけではなく国そのものであったな。野蛮な騎士と、同じような蛮族が住む国。そのような場所に住む姫も又蛮族であるのだ。この者をそばに置いていても苦労などないか」


 フラントは嘲りを込めて言い、その言葉を聞いて周りにいた取り巻きたちはフラントに同調するように声をあげて盛大に嘲笑う。


 仮にも友好を結ぼうという相手に対してはあまりにも礼を失し過ぎている言葉。これで本当に友好なんて結ぶ気があるのかと問い詰めたくなるような酷いものだ。


 昨夜夜会で見た時とはかけ離れた態度だが、これがフラントの素の性格だ。昨夜のは夜会向けの態度でしかなく、普段は他者を見下し、皇太子という立場を使って気に入らない者を虐げるものだった。


 だが、アランはなにも答えない。礼を取った姿勢のまま、微動だにすることなく、表情を変えることさえなかった。


「……ときに処刑人。一つ聞きたいことがあるのだが、良いか?」


 そんなアランの態度が気に入らなかったのか、フラント王子は、ふんっと鼻を鳴らした後そう言った。

 質問の形を取って入るものの、断らせる気などないのだろうことは見て取れた。

 とても傲慢な態度だが、アランの呼び方からもその傲慢さが窺える。蔑称とわかっていながらあえて『処刑人』と呼ぶなど、そうでもなければ到底やるはずがないのだから。


「はっ」

「ミザリス王女は赤い色がお好きなのかね? いやなに、先日のドレスが見事だったものでな。つい気になったのだ。……だが、ミザリス王女のドレス姿を見て思ったのだがな、あのドレスは蛮族の姫が着るよりも、部屋に飾っておいた方が映えるのではないか? 蛮族の姫など裸で部屋に転がしておいた方が客うけもよかろう? 貴様はどう思う?」


 先ほどから引き続き、格下の国の騎士相手とはいえあまりにも酷すぎる言葉。

 いや。そもそも他国の者云々と言う前に、女性に対する言葉ではない。


 だがそれでも、フラントは言葉を撤回することはないし、謝罪するつもりも、直すつもりもない。そもそもそれを悪いことだとは思っていないのだから。


 普通の騎士であれば、自身の主人にここまで言われれば多少なりとも怒りを見せるだろう。

 金や名誉だけが目的で、主人に対してそれほど思い入れがないのであれば怒らないというのも理解できる。


 だが、アランほどの騎士が忠誠がないわけない。フラントはそう考えていた。


 何せ、押されていて敗色濃厚だという戦場に現れて一人で敵の軍に突っ込んでいき敵——ヴィナート軍を退けたのだ。

 そんな命を危険に晒すようなことを、ただの金や名誉だけが目的の者がやるはずがない。


 故に、自身の主人であり忠誠を誓った相手である王女、および国へと暴言を吐けば怒りを見せ、ともすれば無礼を働き、最悪——フラントにとっては最高なことに暴力を振るうかもしれないと思っていた。


「申し訳ありませんが、私如きではお答えできる立場にはありません」


 だが、アランは動じることはない。自身の主人に対する悪意の言葉であっても、アランは動かない。


 だって、そんな言葉を聞いたところで王女に害が出るわけではないのだから。

 であれば、如何な言葉を投げられようともアランにとってはどうでもいいことだった。


「……ちっ。いくぞ!」


 自分が期待した通りにことが動かなかった事に対して不満を感じたフラントは、舌打ちをしてその不快さ、不満を隠すことなく機嫌そうに去っていった。


 アランはそれを見届けると姿勢を元に戻し、何事もなかったかのように歩き出して再び調査を始めた。

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