第14話王女7

 _____王女_____


 本日はこの国の貴族女性たちとのお茶会です。


 お茶を飲んでお菓子を食べて集まった皆で笑いながらお話をする。そんな場です。


 ……なんて、実際には楽しいものではなく、お茶会とは名ばかりの腹の探り合いや、他者の貶し合いですが。

 そして、今回のお茶会はどちらかというと探り合いではなく貶し合いでしょう。主に、私に対しての。


「……ふぅ。もうそろそろ時間ですね。行きましょうか」

「「はっ」」

「「はい」」


 今日は護衛も側仕えも女性だけです。主催者が男性の社交ならばこちらも男性を連れて行けますが、本日は女性が主催者の物なので男性であるアランは連れて行くことはできません。

 ですから、今日は特に気をつけなければなりません。私に何かをするにあたって、この国が現在最も警戒しているのはアランでしょうから。そんなアランがいない今日は絶好の日です。


 もっとも、一度この城まで受け入れてしまった以上は無闇矢鱈と私を殺すことなどできないでしょうが。そんなことをしてしまえば、友好のための使者を殺したとして、他国の態度は軟化することがなくなり周辺国全てが敵になりますから。


「アーリー、気を付けてくださいね。なにが起こるかわかりませんから」

「はっ。全力を持って護衛の任務に当たります。ですが殿下も十分にお気を付けを」

「ええ」


 けれどそれでも警戒しないわけにはいきません。殺しではなかったとしても誘拐や貞操を奪うこと、私たちの情報を集めることなど、やることは他にも色々あるのですから。


「ようこそミザリス殿下。本日は参加いただきありがたく存じます」


 招待された場所に行って私を出迎えたのは、グラーナ夫人。この国の貴族女性のまとめ役と言っても過言ではない方でした。

 いくら私が他国の王族とは言っても、所詮は格下の国の王女。この国は我々の事を見下しているので、まさか主催者本人が出迎えるとは思いませんでした。


 とはいえ、最初に開かれたお茶会がこの国においてトップの女性である皇妃主催のものではなく、その下である貴族のものという時点で多少なりとも……いえ、多少どころではなく見下されているのでしょうけれど。


「こちらもご招待していただき誠に喜ばしく思っております」


 この方がどのように思っているのかはわかりませんが、向こうはこちらの事をある程度は知っているでしょう。

 国力が違うと言うのもありますが、状況を考えればすぐにわかるものですから。

 そんな不利な状況から始まるお茶会という名の騙し合いに化かし合い。


 ですが私は不利を顔に出さずに笑い、向こうもそれに合わせて笑います。


「さあ、殿下。あちらに皆さん既に集まっておりますので、どうぞ」


 案内された先には、グラーナ夫人以外にもこの国の上位に位置する者たちがいます。

 夫人が開催し、王女である私が参加するのですから当然ですが、実際に目の前にすると緊張しますね。


「本日は、私のお気に入りのお茶とお菓子を用意しております。殿下にも気に入っていただければ良いのですが」


 そう言いながら夫人は皆より先に食べてみせます。これは毒を入れていないというアピールです。実際にはお皿に分けられて配られるので、毒味なんて意味がありません。形骸化した作法です。


 ですが、それをやらないわけにはいきません。貴族にはこういった意味のない動作が多くあるので面倒です。王女がこのような事を思ってはならないのかもしれませんが。




「──あら、ではこちらに来るまでに賊が現れたのですか?」

「ええ。通常は大人数で移動していると賊には襲われにくいものなのですが、運の悪い事に」


 あなた方の国の仕業でしょう? と言いたい気持ちを抑えて笑います。そんな反論などしようものなら、現在は敵か味方かわからない方まで敵に回してしまうでしょうから。


「お怪我などはされなかったのですか?」

「ええ。私には頼りになる護衛がついていますので」

「そちらの方々ですか。随分と頼もしいのですね」

「あら? ですがミザリス殿下の護衛というと、この場にはおられませんが有名な方がおられますよね」

「ああ、私も存じております。確か処刑人と呼ばれている方でしょう?」


 そんな風に夫人達の内の一人が言いましたが、そこに違和感を感じました。お茶会で騎士の働きを褒めるというのはおかしくはないですが、不本意ながらアランにつけられている『処刑人』という物騒な呼び名のような事を題材にすることはありません。特に、部外者であり、アランの主人である私がいるのですから尚更です。


「……ええ、彼の戦い方からそのように呼ばれていますね」


 ですが、いくら違和感を感じたとしても、答えないわけには参りません。私は見えない位置でグッと拳を握りながら夫人の言葉に答えました。

 すると──


「確か、首だけを狙うとか? その姿がまるで処刑人のようだからついた名前だと……」

「そのお話でしたら私も聞いたことがありますわ」

「私もですわ。……ですが、もう一つ名前の由来を聞いた事があるのですが、そちらは本当なのでしょうか?」

「もう一つ、と言われますと?」

「なんでも、殿下の護衛についているにも関わらず、暇を見つけては仕事を放って罪人の首を斬っているとか」

「まあ! それは本当なのですか?」


 私が答える隙などない程に他の方々が話し始めました。それもとても楽しそうに、嗤っています。


 本来こんな話をすることはありません。主人である私に気を遣って、ということもありますぐさま、それ以上に女性同士のお茶会の席で戦場の話をするのはマナー違反とされているからです。


 それでもこんな話が出てきたのは、強者を尊ぶというこの国の気風と、他国だから作法が違うのだ、という理由を盾にして私たちを虐げるためではないかと思います。


 このまま止めなければ、アランの噂は尾鰭がついて広められてしまうでしょう。それは止めなければなりません。


「いいえ、それは──」

「皆さん、それ以上はやめましょう? 今は楽しいお茶の席ですよ。物騒なお話は今はいいではありませんか」


 ですが私がアランの噂について訂正をしようとしたところで、グラーナ夫人がそう言って止めました。

 言葉だけを聞けば、私を庇ったようにも思えますが、実際には私がアランについて訂正しようとしたところで遮ったのですから邪魔をしようとしたのは明白です。

 事実、グラーナ夫人が私を見る目は笑っていませんから。


 以降はアランのことは話には上がらず、お茶会は何事もなく終わりました。

 何事もなく、と言っても、嫌味が止まることはありませんでしたが。


 ……ああ。早く国に戻りたいものです。


 ですがそんな弱音を吐いたところで何も変わりません。


 明日にはこの国の王族や高位の貴族達との会食がありますが、どうせ今日のお茶会のように不快なものになるのでしょうね。今から憂鬱で仕方がありません。

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