第10話処刑人6
_____アラン_____
「本日は殿下と共に夜会に参加して護衛をすることとなる。準備はできているか?」
「はっ」
現在アランが着ている服は、普段の騎士服ではなく、鎧でもない。
一応の用意として持ってきてはいたが、アラン自身使うことはないだろうと思われた礼服だった。
王女が夜会に参加されるにあたって、鎧で参加することができないので、この服を着る事になった。
護衛としての観点からすれば、戦闘力という点ではいささか問題があるが、場の雰囲気を壊し、王女に恥をかかせるわけにはいかないので仕方がない。
「我々は万が一に備え、有事の際にはその命を持ってでも時間を稼がなくてはならない。お前ならば心配いらないと思うが、絶対に躊躇うな」
「はっ」
そんなことを言われるまでもなくアランには分かっていた。その命は王女のためだけにあるのだから。
王女を守る事ができるのであれば、アランに命を捨てるための躊躇いなどありはしない。
「よし。では時間になり次第呼ぶのでそれまで待機していろ」
「はっ」
アーリーの言葉を受けてアランは部屋へと戻り、そこで装備の確認をしていく。
鎧ではないうえ、武器の携帯を禁じられているが、だからといって対策をしないわけにはいかないのだ。
武器や魔法具を持ち込めない夜会の場では、王女が襲われる確率が高まるのだから。
アランは、腕には服の下に刃を受け止めるための金属の籠手をつけ、普段はつけない指輪をつけた。
それ以外にも毒を受けた場合の薬を懐に忍ばせる。アランとしては、本当は水薬が良かったのだが、それだと衝撃で割れてしまう可能性があったので粉薬と錠剤である。夜会であれば飲み物が必ずあるので問題はない。
だがそれでもアランは満足しない。
アランは他にも細々としたものを体の各所に忍ばせていき、その内容を聞けば暗殺者と間違われてもおかしくないものだ。
しかし、それほどまでに大量の装備を身につけたとしても、刃物と毒の類は一つとして持っていなかった。
もし戦闘となり、『武器』を持っていたのがバレてしまえば、それはミザリス王女の立場を危うくすることにつながると理解しているから。
だが、それ以外のものはなんだって用意した。王女を守るためなら、やってやりすぎということはないのだから。
「アラン。隊長が呼んでいる。時間だ」
「わかった。伝令、感謝する」
アランは、伝言を伝えた騎士に礼を言ってから自身の装備の最終確認をして部屋を出た。
「来たか、アラン」
「はっ。アラン・アールズ。ただ今参りました」
「楽にしていい。本番はこの後だ」
「はっ」
楽にしてもいいと言ったにもかかわらず、かけらも楽にする様子を見せないアランにアーリーが軽く溜息を吐いた。
そんなアーリーの様子を、アランはほんのわずかに訝しげに見たが、すぐにいつものように警戒を始めた。
そうして待っていると、準備を終わらせ夜会用のドレス姿なった王女が隣の部屋から現れた。
「待たせましたね。本日はよろしくお願いします」
「「はっ」」
王女の言葉にその場にいた全員が敬礼をするが、その中でアーリーとアランだけが返事をした。
(──なんとしても守ってみせる)
ふと、アランの頭の中にそんな言葉が朧げながら浮かんだ。
だが、そう思ったのはいったい誰だろうか。
王女を守るという思いは確かにアランの中にあるだが、今頭の中に浮かんだのは騎士としての事務的なものではなく、もっと重く、深い感情が篭っていた。
「ところで、どうでしょうか? おかしなところはありませんか?」
そんな頭の中に浮かび上がった言葉を不思議に思い、同時になんだか無視してはならないような感覚を抱いたアランがそれに意識を傾けようとした瞬間、ミザリス王女からアランとアーリーへと声がかけられた。
「ございません。いつにも増してお綺麗です。殿下」
「ありがとうアーリー。あなたも綺麗ですよ」
「私など殿下に比べられるようなものではありませんが、ありがとうございます。殿下」
アーリーも今夜はドレスではないものの、夜会にいてもおかしくない礼服となっている。
今回はパーティーであるので、黒だけではなく白と黒を基調とした参加者達よりも目立ちすぎず、かつ見た目を損なわないような作りとなっている。
それに加えて、左肩だけを覆うように腰ほどまでの長さのマントがかけられており、その姿はアーリーが騎士という戦う者であるということを理解させつつも、女性らしい美しさと凛々しさを同時に表していた。
そんなアーリーとのお互いに褒め合うと、今度はアランへと視線を向けるがアランは何も答えない。
そもそも何かを答える必要があるのだと理解していない。
そのことはミザリス王女も理解しているのか、僅かに視線を彷徨わせた後、改めてアランへと視線を向けて口を開いた。
「あの、アランはどう思いますか?」
王女に声をかけられたことで、アランは頭の中に浮かんだ言葉とそれに対する違和感を振り払って思考を切り替える。
しかし、『どう』とは何を指しているのか。
王女は夜会用にドレスを着ているが、夜会であればドレスは当然である。王女の側仕えが着付けを行なったので、おかしなところもあるわけがない。
これが普通の者であればドレス姿を褒めればいいのだと分かるのだろうが、アランにはそれが分からない。
「異常はありません」
故に、アランの言葉はそれだけだった。
だが、やはりというべきか。アランの答えは間違っていたようで、ミザリス王女は悲しそうに顔を歪ませている。
すると王女の側仕えである女性が顔を顰めながらもアランに近寄り、耳打ちするように小さな声で注意をしてきた。
「そうではありません、アラン殿。女性が服についてどうかと聞いたら褒めなくてはなりません」
侍女にそう言われてもアランには意味がわからない。
アランは騎士だ。騎士とは道具であり、この場では王女を守るために存在しているもの。そんなものが褒めたところで意味はない。それがアランの認識である。
だが、王女がそれを望むのであれば、それをなすべきだ、とアランは王女に向き直って口を開いた。
「お綺麗です。殿下」
だがアランの口から出た言葉は全く感情が込められておらず、むしろ僅かながらも顔が顰められてさえいたかもしれない。
そんなアランに侍女たちはため息と共に頭を押さえている。
しかし、アランはそれでも構わなかった。
なぜなら、王女は少しの間目を見開き驚きを露わにしていたが、最終的にはそれでよしとしたようで、クスリと笑っていたから。
「ありがとうございます、アラン。あなたも似合っていますよ」
アランはミザリス王女のお言葉に一礼して答える。
そこに言葉はなかったが、それが普通だ。寧ろ、高位の者からの軽い社交辞令に返事をすることはアラン達の国では失礼にあたる。
これが交渉の場だとか、席についての話し合いだとか、後はそれなりに『力』の近しい者同士であれば階級の差があっても返事をし、そのまま言葉を返すことができる。
だが今のアランは護衛であり、そもそもが王女と木端貴族では本来ならばどんな状況であってもまともに言葉を交わすことなどできないほどの差があるのだ。
故に、アランは礼をしただけで、ミザリス王女や他のものもアランを咎めなかった。
「では参りましょう」
そうして全員が準備できたことを確認すると、ミザリス王女の号令でアラン達は夜会に向かった。
だが、特筆するべきことはなにもなかった。
夜会では、ミザリス王女は沢山の者と話し、踊っていたが、襲撃が起こることはなかった。
しかし全くの無駄というわけでもなかった。
夜会の最中にはミザリス王女に向けられる視線に悪意がこもったものが多くあった。それはつまり、それだけの敵がいるということだ。
視線の中にはアランへと意識を向けているものもいたように感じられた。むしろそちらの方が数が多いとさえ言えるだろう。
そんな数々の視線の主が誰なのかが判明しただけでもアランが夜会に参加した意味はあった。そのおかげで、ミザリス王女の安全をより確保することができるのだから。
だが、それだけだ。アランがそれ以上の何かを感じることはなかった。
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