第9話王女4

 _____王女_____


「お初にお目にかかれて光栄です。ミザリス殿下」


 ──ああ、またか。


 私の心の中はそんな感情でいっぱいでした。


 この国に入ってからこの城に至るまでの間、私は既に何度目になるかわからない挨拶を受けています。

 正直に言うと、私はこういうかしこまった場はあまり好きではありません。

 昔はなにかと理由をつけて公式の場から逃げていたほどです。


 それをお父様は苦笑いしていましたが、あまりなにかを言われた事はありません。

 所詮、政治的な理由で他所に嫁ぐ私は、表に出ようとでまいとどちらでも良かったのでしょう。


 寧ろ、下手に顔が売れたり情報が流れたりするよりは、自由にさせておいた方が良いとでも思ったのではないでしょうか?


「道中危険はありませんでしたか?」


 首都についた私達はこれから王——皇帝に会わなくてはならないのですが、「今すぐに会わせろ」というわけにはいきません。伝令は出してありましたが、それでも準備には時間が必要です。


 その待ち時間の間私達を接待する役目を負ったのが、目の前のグウェンと名乗った男なのでしょう。


 ですが、こう言ってはなんですが、気持ちの悪い男です。

 私の体を舐めるように見ているその視線は、到底好ましいとは思えません。


「ええ。野盗や魔物に出くわしましたが、騎士の働きによって傷一つ負う事はありませんでした」


 本来であれば、野盗が現れるはずがないのです。

 なにせ我々は親善大使ですから。それに相応しい数の共を用意してきました。それは護衛だけではなく、側仕えや文官。魔法使いに料理人と、何にでも対処出来るように一国の姫に相応しい数です。


 そんな大規模な集団を野盗が襲う? あり得ませんね。それが〝どこか〟からの援助でも受けていない限りは。


「そうでしたか。ご無事で何よりです。万が一にでも襲われでもしたら大変でしたからな」

「ええ。本当に」


 私たちを心配しているような言葉ですが、そこには苛立ちが隠されているのが見て取れます。

 ここに来るまでに私を殺せなかった事を忌々しく持っているのでしょうか。


 ですが、あの程度の奇襲では私を傷つける事はできても、殺すことなどできなかったでしょう。

 なにせ──


「ですがご安心を。私には頼りになる騎士たちがついていますから」

「ほう。それはさぞお強いのでしょうね」

「ええ。特にアランは一番頼りにさせていただいています」


 ──なにせ、私にはアランがいるのですから。


「アラン? その名はどこかでお聞きしたような……」

「あら。そうでしたか。正確には、アラン・アールズ男爵です」

「アールズ男爵? ……っ! 処刑人……!」


 グウェンという男が、アランのことを『処刑人』と呼んだことを不愉快に思いますが、顔には出ないように気をつけなければなりません。


 アランがいれば大丈夫というのは自慢ではありません。ましてや、惚気や身内贔屓などでもありません。

 それは、純然たる事実です。


 実際に、アランは今まで何度もこの国の刺客を仕留めてきたのですから。


 それを理解したのでしょう。目の前の男は軽く眉を寄せながらアランのことを見ています。


「アラン。そうでしたか。貴殿があのアールズ卿でしたか。いやはや。アールズ卿のご勇名は伺っております」


 そう言いながらアランのことを見たはずのグウェンの表情はさらに険しいものとなりました。恐らくはアランが何の反応も示さず、一瞥すらされないその態度が頭にきたのではないでしょうか。


 ですが、そんな憎悪の籠もった視線であってもアランは反応しなかったのでしょう。グウェンの苛立ちは、私達が皇帝との謁見の準備が整ったと呼ばれ、会談が終わるまで解消される事はありませんでした。


 以前であれば、なんらかの反応はあったでしょうが、今のアランにはそのような反応など、期待しても意味がありません。


 ……彼は、もう以前の彼ではないのですから。




「ああそれと、アーリーとアランは明日の夜会の準備をお願いしますね」

「「はっ」」


 皇帝との謁見が終わった後、与えられた自室に戻った私たちはこの後のことについて話し合いました。

夜会での護衛についてはあらかじめアランには伝えていなかったはずなのに、すぐに返事が返ってきました。


夜会の件を伝えなかったのは、わざとです。すでにフルーフの城を出る時には決まっていたこと。

けれど、それなのに今に至るまで伝えていなかったのは、アランの反応が見たかったからに他なりません。


以前の彼なら、こんな突然のはなしが出れば戸惑った反応をしてくれたはずでした。

けれど、予想はついていましたがやっぱりいくらやろうともこの程度ではなにも変わらない。


 でもそれはわかっていたことです。もう何度も試してきたのですから。


 それでも未だに理由をつけてこうした意地悪を続けるのは、単なる私のわがままなのでしょう。

 なにもしないままではいられないから。


 ……アラン。あなたはもう理解していないでしょうけど、昔私達が交わした約束は、形は違いますけどもうすぐ果たされそうですよ。


 何年か前に……あなたが〝そう〟なる前に一緒に踊ろうと言ったら、あなたは慌てながら拒否しましたね。あの時、表には出しませんでしたが、私は傷ついていたのですよ?

 その後、ならせめて一緒にパーティーに参加してくれないかと頼んだら、あなたは迷いながらも頷いてくれました。私にはそれがとても嬉しかったのです


 ……ですが、そんな事さえ、あなたにとってはもう分からなくなったのでしょう。


 昔の約束の通りに、私はあなたと共にパーティーに参加することができました。ですが……。


「……もっと、違う形であって欲しかった……」

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