第6話処刑人4

 

 カンカンカンッ!


「敵襲! 総員構えよ!」


 アラン達が最低限の準備を終えると、敵が動く前に鐘を鳴らして仲間を起こす。


 直後、アラン達の予想したように近くにあった森の奥から複数の馬がやってきた。


 だが、敵がアラン達に近づく頃には全員が起きていた。中には装備がしっかりとつけられていない者もいたが、そんな事をアランは気にしない。

 死んだのだとしてもどうでもいい。アランがやるべき事は、目の前の敵を殺すだけなのだから。


「ぐああああ!」


 襲撃が始まり敵と斬り結ぶことになると、敵の刃によって一人の騎士が倒れた。


 それも当然だ。装備をまともにつけていない寝起きの騎士と、最初から襲撃する気で完全武装した敵。


 騎士達も今日何かが起こると警戒していたが、それでもそれはあくまでも予想だった。明確に来ると予定が組まれているわけではないのだから、どうしたって気の緩みは出てしまう。

 しかもそれが寝起きとなれば普段のような実力が出せなくても仕方がなかった。


 だが、騎士がやられたのはそれだけではない。


 何せ、アラン達を襲ってきた賊は、賊というにはあまりにも装備が整いすぎていた。

 全体で見ればバラバラの装備をしている。狩人が着るような軽装であったり、戦士が着けるような軽鎧。他にも魔法師のローブなど、その装備は普通の軍のようには統一されていない。


 だが、つけてつけている装備がバラバラとは言ってもよく見てみると同じ類の装備どうしでは同じものをつけていた。軽鎧なら同じものが作ったと思わしき見た目をし、同じ武器であれば全て外見が同じだった。

 それに気づけば、この敵がただの賊ではないことに気付くのは容易だろう。


 そもそもの話、ただの賊が馬を十頭以上も持っているわけがないし、魔法師もそう何人もいるわけがないのだ。

 明らかにどこかの誰か——それも、一定以上の『力』を持っている者からの攻撃だ。


「こいつらやはりただの賊ではない! 全力であたれ!」


 護衛騎士の隊長であるアーリーはそう叫んだが、言われずともアランは初めからそのつもりだった。


 王女を守るのに全力を出すのはアランにとって当然のことである。


 アーリーは敵はただの賊ではないと言っていたが、もしただの賊であったとしてもアランは躊躇うことなく全力を出しただろう。


 何せ、アランにとってはそれこそが生きている理由なのだから。だからこそアランは、ミザリス王女を守るためだけに動いている。


 故に、アランはミザリス王女の馬車に近寄ろうとする不届きものの首を跳ね飛ばす。

 何度もやってきた事。もはや人の首を切る事は、アランにとってはいつもと同じ、単なる作業でしかない。


 一人につき一振り。


 敵の攻撃を盾で逸らして、時には受け止め、時には避けて、そうして体勢を崩させたところに首に剣を振る。それだけで人は簡単に死ぬ。

 普段の作業とは使っている剣が違うし、敵の攻撃を捌かなければならないというのはある。

 ——が、それでもやる事自体は同じだった。首を斬り、人を殺す。ただそれだけ。


「し、処刑人だ! 奴がいるぞ!」


 アランは城にいるときは罪人の首を斬り落とすという『仕事』を行なっている。それ故にアランは、面と向かっては言われないが、味方から『処刑人』と呼ばれている。


 そしてそれは味方だけにとどまらなかった。


 それを初めに言ったのは敵なのか、それとも味方なのかわからない。だが、いつからかアランは、本来であれば難しく、狙うべきではない〝首を切り落とす〟という戦い方から、敵からも『処刑人』と呼ばれるようになっていた。


 王女の馬車の周りには、アランが切り落としたいくつもの首がゴロリと転がっている。

 アランにとってはそれが一番楽で確実な方法だからやっているのだが、それは戦場という場においてもそうある事ではなかった。


 全ての敵が死に、いくつもの首が転がり、大地を赤く染まる中で、ただ一つ、王女の乗る馬車だけは傷がついていない。


「終わったか」


 アランはそう呟き、剣についた血を拭いとってから鞘に収める。


「……っ。……うっ! うげえぇぇ」


 だが、無事に生き残ったはずの騎士達の何名かは、思い出したように吐いている。人を殺すのが初めてだったわけではないにもかかわらずだ。


 しかし、それも仕方がないのかもしれない。普段騎士達は街の外にいる魔物や賊を相手にしているが、これほどまでに多くの人が死んだ場所など経験しているものは少ない。

 そんな者達がこの惨状を見てしまえば、耐えきれなくなってもおかしくはないだろう。


 ただ死体が転がっているだけであればそうはならなかっただろう。騎士になる際に、もしもの時に躊躇ってしまわないように、と全員一度は人を殺すことを強要されるのだから。

 だから人殺しの経験はこの場にいる全員にあった。


 だが、アランのように首が落ちているとなると少し話が変わる。


 人型を保っているのであれば、多少不気味で気持ち悪かったとしても、まだ耐えられる。

 それは、ある意味作り物のようにも思えるから。現実味が薄れる、とも言える。


 だが首だけとなった人間を見てしまえば、その生々しい見た目や鼻に入り込む臭い、漂う空気によって『人であったもの』が『人でないもの』に変わることを強制的に理解しなければならない。

 それによっていやでも『死』を連想し、途端にその『人だったもの』の存在が気持ち悪くなってしまう。


「損害は!」

「死亡三! 重症五! 軽症十五! 馬は興奮していますが、馬車に損害はありません!」

「死者は遺品を改修後に燃いて埋めろ。すぐにこの場を移動するぞ!」


 だが、そんなアランの作り出した光景を見て気分を悪くしている者たちをよそに、アーリーはすぐさま指示を出して動き始めた。そしてそれはアランの同僚達も同じだった。


 そうしてアラン達は殺した賊たちの血の匂いに惹かれて何かがやってくる前に場所を移すことになった。


 だが、何故か準備の指揮をとるはずのアーリーがアランの方に向かって歩いている。


「アラン。お前の働きで損害を減らすことができた。だが、以前にも言ったが、もう少しなんとかならないか?」

「なんとか、とは?」

「この惨状だ。お前はこれを見てもなんとも思わないのか?」


 アーリーの言葉を受けてアランは周囲を見回すが、そこには傷一つなく、血の一滴もついていない綺麗な馬車と、それとは真逆とも言える一面の赤と転がる首と死体が転がる地獄。


 普通の戦場ではこんなことは起こらない。大きな……それこそ何千何万の兵が戦う戦場であれば大地が赤くなる、というのも理解できる。


 だが、今は所詮数十人程度。百にも満たない数でしかないのだ。


 通常、賊に襲われても襲ってきた賊を全滅させることなどできるはずがない。少し当たってみて不利だと察したらすぐに逃げるからだ。返り討ちにしたとしても、損害の二割を与えられれば上出来といったもの。

 にもかかわらず、今襲ってきた賊は七割ほどが死に、その半分はアランが殺した者だった。


 そうなった理由としては騎士達が寝起きだったから、というのがあるだろう。

 だからこそ賊は最初の方は余裕だと思い、そして引き際を見誤った。


 全員を一人につき一撃で終わらせるアランの敵の処理速度は尋常ではなく、賊が引き際を判断する前に首を落としていった。


 それ故のこの惨状。

 大地を血が染め上げ、人だったものの成れの果てが転がり、仲間であるはずの者達が腹の中を吐き出している光景。


 アランほどの実力があれば、もっと他にやりようはあっただろう。

 例えば、首を落とすのではなく、心臓を貫くだとかだ。

 首を切るにしても、切り落とすのではなく、体につながったままであればよかったのだ。


 そしてそれだけでもだいぶこの地獄のような状況は変わっただろう。そしてその注文はアランにとっては不可能ではないことだ。


 そう思うからこそ、アランの実力を理解しているからこそ、アーリーは苦言を呈したのだ。


 だが、アランにはアーリーが何に対して苦言を漏らしているのか分からなかった。


 辺りを見回してみても、見えるのは傷つけず守り切ることのできた王女の馬車と襲ってきた相手の姿であり、そこに違和感を抱けない。


 もしや仲間の騎士が死んだことを言っているのだろうかとも思ったが、すぐにそれも違うと判断した。


 誰も死にたくないし、死なない方がいいというのはアランにも理解できる。

 だが、それは仕方がないことだろうともアランは思う。

 これが護衛騎士としての仕事なのだから、と。護衛が任務の果てに死ぬのは仕方がないことだし、敵が死んだことを言っているのであれば、それはアランのせいではなく、死にたくなければこの者らが襲ってこなければ良いだけだ、と。


 しかし、わからないながらも咎められていることはわかった。それ故に、アランは何の反論をすることもなく素直に頭を下げた。


「申し訳ありません」

「はぁ。……まあ、今はいい。だが、次はもう少し大人しくやってくれないか? これも以前言った事だがな」


 直す気がない、どころか、そもそも何が悪いのか理解していないのをアランの言葉から感じ取ったのか、アーリーはため息を吐きながらそう言った。


「努力いたします」

「……はぁ」


 アランの働きがあったからこそ被害を抑えられたというのはアーリーとて理解している。

 もしアランがなければ、アーリー達はアランと同じ騎士として情けない話だが、王女を守り切ることができずに全滅していた可能性すらある。それほどまでにアランのなした成果というのは凄まじかった。


 今回の旅において大事なものは仲間達の気分の問題よりも、ミザリス王女をどれだけ安全に守ることができるかだ。


「……その汚れ。しっかりと落としておけ」


 だからこそ、王女の馬車を汚すことなく終わらせたアランに、アーリーはそれ以上何も言うことができなかった。


「——敵の所属はわかったか?」

「いえ、装備の質から野良の賊ではないことは確かですが、どこかの勢力を表すようなものは何もありませんでした」

「まあ、だろうな。では——」


 そうしてアーリーは再びため息を漏らすとその場を離れて他の者達へと指示を出していった。


 アーリーを見送ったアランが視線を下げると、そこには赤く染まった自分の体があった。


 このままでは王女の前に出る事はできないので、アランは洗浄用の魔法道具を使って体についた血を落とす。


「……」


 血を落としてしまえば、後はこの場を離れて王女の護衛へと戻るだけだった。


 王女の元へと戻っていくアランに、他の兵や騎士達は化け物を見るかのような視線を向けているが、アランはそんなことは意に止めない。

 それどころか、先ほど殺した相手のことなどもう忘れたとばかりにいつもと変わらない様子だった。


 いつも通りに歩いているアランのその瞳は、何も映していなかった。

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