第5話処刑人3
_____アラン_____
アラン達はようやく行程の半分を終え、もうすぐ隣国との国境を越える。
後はこちらの国の首都に向かうだけであった。もちろんそれは、この行きに関してであり、滞在中と帰りの護衛もまだ残っているので、仕事自体はまだまだ続くが。
しかしそれでも、行きさえどうにかなれば、後は危険は少ないはずだ。一度道を通ってしまえばその際に地形を把握する事はでき、そうなれば襲われたとしても何も知らない状態よりは対処はしやすくなるのだから。
故に、重要なのはそこからだ。国境より先は、アラン達はその地形をほとんど知らない。おおよそどの辺りに村々があるのか、川があるのかなどはわかっているが、それとて真実であるとは限らない。参考に留め、妄信しすぎないほうがいいだろうと出発に際しての会議でも騎士達に告げられていた。
それに、明日には国境を越える事になるだろうが、今日は今まで以上に警戒を強化しなければならない。
何故なら、道中に何かあるのだとしたら、恐らくは今日起こるだろうと予想されるから。
国境を越えてしまえば、これから王女達が向かう国の騎士達が護衛につく。
だが、それは当然だ。他国の王族が親善大使として向かうのだから、それなりの対応をしなければならない。
そして彼らが何かをする可能性も低いだろう。国境を超えてから事を起こせば、わざわざ招いておいて殺すこととなり、それは二国間の問題では無く周辺国をも巻き込む騒ぎになる。それはヴィナートとて本意ではないだろうから。
故に、何者かが王女一行を襲うのであれば、その場合は国境を越える前であるとアラン達騎士は考えていた。
無論、護衛として付けられたヴィナートの者達が王女達を襲わないとも言い切れない。
だから警戒は必要だが、それでもやはり国境を越えた後よりも越える前の方が危険であるというのは変わりなかった。
現在、アラン達王女一行は草原の真ん中にいる。近くにある森まではそれなりに距離があるので、敵襲があっても対処はできるだろうという理由だ。
暗くなってきたので今日の行程は終わりとなり、野営の準備をするためにアラン達は止まった。
「殿下。明日には国境を越える事になります。我々も警戒はしますが、ここからは、殿下も十分にご注意を」
王女殿下の乗っている馬車内にいた護衛の声が聞こえた。普通なら中の声など聞こえないように話すというのに、それでも外のものにも聞こえたのは恐らくはアラン達、外にいる者達にも聞かせているのだろう。
「ええ。分かっています。道中、わたくしは最低限以外この馬車から出る事はありません」
馬車はいくつもの魔法道具を備え付けられているので、その馬車の中にいてもらうのが最も安全だった。出てきたところで何もすることがない、というのもあるが。
そんな王女の乗る馬車を見て、アランは誓った。なんとしても守って見せる、と。
(──もう二度と……)
だがアランの思考はそこで止まってしまった。二度となんだというのだろうか?
先ほどの想いをアランはしばらく考えたが、いくら考えてもわからなかったのでそれ以上考えるのをやめた。どのみち、思い出そうとそうでなかろうと、殿下をお守りするというのにかわりはないのだから、と。
そうして騎士達が野営の準備を終えた頃には空に蒼く輝く月が見え始めた。
月は地上の魔力の影響を受けるため、日によって色が変わる。とはいえ、毎日変わるわけではなく、大雑把にいえば季節ごとに色が変わると言っていい。
暑ければ火の力が強いので赤く、寒ければ青く、といったような感じだ。
最近ではその月の輝きが鈍っていることがあるので、どこぞで巨大な『魔』が生まれたのではないか、もしくは生まれるのではないかとまことしやかに囁かれているが、今日は透き通るような蒼。その月の色を見れば、もう春になるんだと誰もが理解させられることだろう。
「少しいいか。本日の夜番の確認についてだ」
アランが装備の点検をしていると護衛騎士の隊長であるアーリーに呼ばれたので、アランは最低限の片付けだけを行い隊長の後を追っていく。
「変更は特にない。いつも通りの順番でいく」
集まった先で行われた話し合いは、正に確認だけだった。
だがそれでいい、とアランは思った。夜番等は元々決めてあり、それが崩れていないという事は、何も問題がないという事なのだから。
「ただ、これから……特に今夜は何か起こる可能性が高いと思われる。各員、警戒を怠るな」
「「「はっ」」」
そうして話し合いが終わると、アランは再び装備の点検に戻っていった。
時刻は蒼い月が中天に登った頃。現在の夜番はアランである。他にも担当している者がいるが、アランは彼らをあてにはしない。
いや、あてにしていないというのとは少し違うか。正確にいうのであれば、役に立とうがたつまいがどちらでもいいと思っている、というべきか。
それは他の騎士達が疑わしいとかではない。ただ、なんらかの理由で彼らが敵の排除に役に立たない状況になった時に、アラン一人でも対処出来るようにするためだ。最初から役に立たないものとして考えていれば、何かがあっても対処できるから。
アランがそうするのは、仲間を信じるのはいい事なのかもしれないが、それで目的を果たせなければ意味がない。それが理由だった。
故に、アランは誰もあてにはしない。それで人間関係が拗れようが構わない。
アランの目的は、為すべきことは、自身の大事な王女を守る事だけなのだから。
——ピクッ。
そうして誰も頼ることがないまま一欠片の隙を見せることなく夜番の最中だったアランは何かに反応し、立ち上がり王女のもとへ行く。
「……どうした」
アランのそばで共に夜番を行なっていた者ががそう問いかける。どうやらアランが気づいた何かには彼らはまだ気付いていないようだ。
敵が来た。そう告げてもよかったのだろうが、それよりも先に王女に知らせなければならない。ここで下手に伝えて、それが敵にバレたら、アラン達が対応する前に攻められるかもしれないのだから。
故に、そうなる前に王女の護衛に伝え、同時に自分はいつでも王女を守ることのできる位置へと向かう。
そう考えたアランは、問いかけた騎士の言葉に答えることなく静かに歩き出した。
無視することになったため、アランの背後から悪態が聞こえたが、アランにとってはどうでもいいことだった。
「アラン? なんのようだ」
アランがミザリス王女に会うために王女の寝ている馬車へと近づくと、そこから少し離れた場所で女性の護衛騎士に止められた。どうやら今の夜番はアーリーだったようだ。
アーリーは同じ護衛騎士としてアランのことを知っているのでアランが裏切るなどとは考えていないが、それでもこんな時間にやってきたのがわからず顔を顰めながら問いかけた。
「騒がず振り向かずお聞きください。北西方向より敵が来ました。現在は我々を囲うように展開し、様子を見ているようです」
「本当か?」
「こちらに向ける視線を感じました。魔法師の方に頼めば詳細はわかるかと」
「わかった。お前はブランとクレアを起こしてから殿下の守りにつけ」
「はっ」
ブランとクレアとは、王女の護衛の中でも腕の立つ女性の騎士だ。隊長が二人を起こすようにアランに命じたのは、この二人さえ起きていれば全滅はないという判断だからだ。
それ以上は起こせば敵にアラン達の動きがバレることになるので、そうならないようにアーリーはこの二人を選んだのだった。
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