第4話王女2

_____王女_____


 今日は私が隣国に親善大使として向かう日です。


 本来であればお兄様の方が良いのでしょうけれど、これから行く国はわが国とはそれほど仲が良いとは言えません。むしろ最悪と言えます。

もっとも、あの国と仲の良い国などこの辺りにはありませんが。


とはいえ、そんな国に行くのです。ですので死んでも問題のない、と言ったら語弊があるでしょうけれど、死んでも国営には影響がほとんどない私が行くことになりました。


 正直に言ってしまえばあまり気は進みません。ヴィナートそのものに対してや、あちらについてからのことに関してもですが、その道中も大きな理由の一つです。


王都からおよそ二週間もの間馬車に乗っていなければなりません。私が乗るものは王族用なので馬車にはいくつもの魔法がかかっていますが、それでも苦痛でないかと言われればそんなことはありません。


 ですが、そんな中でもひとつだけ希望があるとしたら、それはアランが同行することでしょう。

私の護衛騎士であるのですから当然なのですが、アランは私の護衛として付いてきます。それは彼がずっとそばにいてくれると言うことです。私にはそれがとても嬉しいのです。


 そのようなことを口に出すことはできませんが、それでもそのことを考えるだけで頑張ろうと思えます。

アランがついて来てくれる。それだけが今回の旅の救いですね。


「それでは行って参ります。国王陛下」


 親といってもこの場では私は娘ではなく親善大使としているのですから態度を変えなければなりません。……元々気軽に話すようなことなどありませんでしたが。


 ですが、こうして改めて親とも気軽に接することのできない状況なんだと理解すると、平民の家族がとても羨ましく思えるのです。

 彼らは自分の思った事を思ったようにします。周りに隙を見せないようになどと考えずに、ただ思ったままに生きています。


好きな人に好きだと伝え、依頼なことは嫌いなんだと言える。それがとても羨ましい。私にはそのようなことは一生できはしないのだから。


「生きて帰ってくることを願っている」


けれど、そんなことをぼんやりと考えながら馬車へ乗り込むために振り返ろうとすると、私が体を動かす直前に国王陛下——いえ、お父様はそう言って私に声をかけて来ました。


 それは王として王女というコマが減ることを望まないのではなく、父親として娘が帰ってくることを望むように聞こえました。


今回の旅には目的がある。それをこなすためには無茶なことやいなな思いをすることもあるでしょう。


けれど、それでも頑張ろうと思えました。




 ……やはり馬車の旅は辛いものになりそうです。王都を出てからまだ半日ほどしか経っていないと言うのに、既に自分の部屋に戻りたくなってきました。


 元々私は城からそれほど出ることがないので、こうして馬車に乗ること自体が久しぶりです。街の中でも使わないのに、まともに整備されていない道を進むのは大変です。


「殿下、大丈夫ですか?」


 馬車に同乗している女性の護衛騎士にそう声をかけられました。久しく馬車に乗っていなかった私のことを心配してくれているのでしょう。


 ですが、心配してくれている護衛には悪いのですが、できることなら、私はアランと共に乗りたかったです。アランは男性なので馬車と言う密室に王女と二人で、などとそのようなことはできませんが。


「あ……」


 気晴らしに外を見ていると、ある丘とその上に聳え立つおおきな木が見えました。


 ……そういえばこちらにあったのでしたね。


 昔、といっても数年前ですが私はあの場所にはよく行っていました。最近はもう行くことがなくなってしまったあの思い出の場所。

ほんの数年前までは行っていたというのに、既に遠い過去のようですね。もはやあれは夢だったのではないかとすら思えてきます。


 ……夢ならば、ずっと覚めないで欲しかった。


 そう思ってしまうのは私の弱さでしょう。夢が終わって今があるのは全部自分のせいだというのに……。


 ですが、それでも思わずにはいられません。できることならあの頃に戻りたい、と。


「殿下。いかがされましたか? もしや不審なものでもございましたでしょうか?」


 馬車の外を並走していたアランが私の呟きを拾って心配して声をかけてくれました。それだけで私の気持ちは上向きになります。


 ですが、私と同乗していた護衛騎士は違います。不審なものと聞いて剣に手をかけ警戒しています。おそらく外にいる者達も同じような状態なのでしょう。


「い、いえ、違います。ただ少し昔のことを思い出してしまっただけです」


 私はそんな状態を解除するべくすぐにアランの言葉を否定しました。


「そうでしたか。失礼いたしました」


 そう言いながら下がるアランを見て私はあることを思いました。


 ──もしかしたら、あの丘を見ればアランは何か思い出すかもしれない、と。


「……ねえ、アラン。……あなたはあの場所を覚えていますか?」

「……あの場所と仰られると、あちらの丘でしょうか?」

「そうです。……何か。何でもいいのです。あの丘を見て思い出すものはありませんか?」


 愚かです。本当に、愚かとしか言いようがありません。……そのようなこと、あるはずがないというのに……。


 アランはしばらく丘の方を見た後何かを考え込むような仕草をしてから私に向き直りました。


「お役に立てずに申し訳ありません」


 ……ええ。そうでしょう。……わかっていました。そのようなこと、奇跡でも起こらない限りあり得ないと。……わかって、いたのです。


「殿下。アランがご不快にさせてしまったようで申し訳ありません。後ほど言い含めておきます」


 私を心配してのことだと理解してはいるものの、今はただの耳障りな音でしかない。


「いえ、それには及びません。彼は何も悪くなどないのですから」


 悪いのは全て私。私こそが全ての元凶。私に救いなどない。あってはならないのです。


 ……ですが、それでも夢を見てしまったのです。


 いつかまた、貴方と笑っていることができるのではないかと。


 今があるのは自分のせいだというのに……。本当に愚かですね、私は。


 膝の上で震える手を握りしめて溢れそうになる涙を堪えます。私には涙を流す資格さえないのですから。

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