第3話処刑人2

_____アラン_____


 今日もまた、いつもと変わることのない朝が始まる。


 アランは騎士としての格好に着替えて、いつものように食事をとり、いつものように仕事に向かう。


 だが、アランが部屋に入って同僚達が鎮まるのはいつものことでも、どこかその様子がうわついているように見える。


そしてその後にアーリーが入って来てからは、本格的にいつもと違った。


「——ではこれより、本日の護衛任務について説明する」


 今日は王女殿下が隣の国へと和平のための使節団を率いて向かうことになっている。暫くはアラン達護衛騎士もこちらに戻る事はできない。


 だがアランの仕事は王女を守る事であるので、場所が変わったところでやることに変わりはない。

 そう認識しているからこそ、同僚達がどこか落ち着かない様子の中でもアランは特に反応をすることなくいつも通りの態度だった。


「——では行って参ります。国王陛下」

「無理はするな。生きて帰ってくることを願っている」


 王女の率いる使節団は国王並びに大臣、そして国民に見送られて隣国への道を進み始めた。

 だが、去り際の国王——ミザリス王女の父親の表情は決して明るいものではなかった。それはまるで戦場に行く者を送り出すような、そんな不吉さを感じさせるものだった。


国王にはわかっていたのだ。今回の旅が、どれほど危険なものなのかを。だが、わかっていながらも王族から誰かを送るしかなかった。そうしなければ国を守ることができないのだから。


 これから目的の国に着くまではおよそ二週間程度。

 王女の乗る馬車は特注で重量軽減や強化などの魔法がかかっているので、途中で不測の事態等で止まる可能性は低いと思われるが、それでもろくに長距離の移動を行わない王女には二週間もの旅は長く感じることだろう。 


 二週間の旅はアラン達騎士も同じだが、長距離の移動に慣れているので特に顔をしかめるという事はない。

しかし、これからの旅を思ってか、馬車の中に入っていった王女の顔はどことなく嫌そうだった。


それは今回の旅で求められていることと、それによって自分がどうなるかを思ってだろうか。


今回ミザリス王女一行が向かう先である隣国——ヴィナート帝国は、周辺の国々に戰を仕掛けて強引に自国に加えていく大国である。


 力が全てとでもいうかのように他国へと攻め込むその姿は、帝国からほど近い国々には恐怖でしかなかった。


今回はそんなヴィナートに和平を結ぶため、今回フルーフ王国からは両国の友好を願って親善大使を送りたいという旨のことを願い出ていた。


そうすれば、対外的なフルーフとヴィナートの二国間の関係性は友好的なものとなり、そんな友好国を襲ってしまえば周辺国からのバッシングは避けらず、ただでさえ多い敵がさらに増えることになる。

いくら何でもヴィナートとしても周囲全てが敵になるというのは避けたいだろうから、フルーフを攻め込みづらくなる。


フルーフの上層部はそう考えたのだ。


 だが、フルーフ王国としては打診してみたものの、それはあくまでもできることは全てやろうと、『とりあえずしてみた』というだけの意味合いが強かった。


今まで似たようなことをして取り入ろうと国はあったのだ。

だがそれらは断られ、攻め込まれていたので、上層部は自分たちも意味はないと思っていた。


しかし、なぜか今回に限って好意的な返事が返って来たのだった。


フルーフの上層部はこれを、ヴィナートが呑み込んだ国を安定させるための時間稼ぎのためではないかと考えた。


簡単にいえば、勝ちすぎたのだ。

戦を仕掛けてその国を飲み込み自国とする。領土を拡張して国力を上げる手段としては間違いではない。


だがそれも、短期間に行いすぎると併呑した国々をまとめることができなくなる。

故に、今回のはその呑み込んだ国々をまとめ上げるための時間稼ぎだろう、と。


それに加えてもう一つ。周辺の国々のヴィナートに対する感情の沈静化が目的ではないだろうか、とも考えていた。


『同盟をした国が出て来たのであれば、ヴィナートはもう領土の拡張は止めたのではないか。なら自分たちが無理に戦う必要はないんじゃないか』


周辺の国々がヴィナートに対してそう考え、自棄を起こさずに戦を仕掛けてこないでいることを期待してのことではないか、と。


 だがしかし、話はそこで終わらない。

一旦攻め込むのをやめて周辺の国々と戦をすることなく接したとしてもそれは一時的なものに過ぎず、呑み込んだ国々を完全に自国のものとし安定させるのが狙いであり、落ち着いたらまた周囲を攻め込むだろう、とも考えていた。


それも当然だろう。今までの苛烈さ、強引さを考えればこのまますんなり終わるとは考えられない。


だがそれでも人というものは自分にとって都合の良いように考えるもので、攻め込まなくなってきたら楽観的なことを考えるようになる。もう攻め込まないだろう、と。


もちろん実際はそんな簡単に結論を出すことはないし警戒は続けるだろう。そのための準備も進めるはずだ。

だが、今までは命懸けで行っていた必死さがなくなるというのも事実だ。そうなれば、もう一度ヴィナートが周辺の国々に戦を仕掛けた時には大変なことになる。


 その時に友好国として接していれば一定の安全は得られる。

そう考えたからこそ、怪しさがあり危険があるとわかっていながらも、王はミザリス王女を送り出すことにしたのだった。


 当然ながらミザリス王女もそのことは理解している。今の自分の行動が必要なことだと。

しかし、行きたくないと思うのもまた事実だった。


だが、それでも感情を押し殺していなければならないのが王族というもので、ミザリス王女はそのことを理解していた。


 故に、思うところは多々あれど、彼女はこうして馬車に乗ってヴィナートへと向かっているのだ。


「あ……」


 王都を出発してからおよそ半日。不意にアラン達の守る馬車の中からミザリス王女の声が聞こえた。

 何事かと思って側にいたアランが馬上から馬車内の殿下の様子を伺うと、王女はある方向を見ていた。アランもその方向を見ると、王女が見ている方向には丘とその上にそびえるおおきな木があった。


 だが、なぜ王女が声をあげたのかがアランにはわかっていない。丘の様子をじっと見ている事から、ただ声が漏れてしまったと言うわけではないのだろう。


 ここはまだ王都からほど近い場所ではあるので襲撃はないだろうとアラン達騎士は思っていた。

 だが、その裏をかかれたのではないだろうか、とアランは思った。裏をかかれ、待ち伏せでもされていたのでは? そして、王女は何かを見つけそれに気づいたのではないだろうか、と。

 で、あるのなら、アランは護衛として聞かないわけにはいかない。


「殿下。いかがされましたか? もしや不審なものがございましたでしょうか?」


 アランはいつ〝事〟が起こってもいいようにと腰の剣に手をかけながら、すぐそばにいるミザリス王女へと声をかけた。


「い、いえ、違います。ただ少し昔のことを思い出してしまっただけです」

「そうでしたか。失礼いたしました」


 王女が不審なものを見つけたわけではないと分かると、アランは剣に伸ばしていた手を離して再び前を向き、護衛としての行動を再開し始める。


 だが、そんなアランに向かってミザリス王女は何度か視線やったが、その表情はどこか悲しげだった。


「姫様……?」


王女の馬車に同乗していたためにそんな王女の様子を見ていたミザリス王女の側仕えは、自身の主人に対して不思議そうに首を傾げながら声をかけた。


だが、僅かに俯いていたミザリス王女は何を考えたのか自身の側仕えの声を無視し、ぐっと膝の上に置かれた拳を握ってからアランに話しかけた。


「……ねえ、アラン。……あなたはあの場所を覚えていますか?」

「……あの場所と仰られると、あちらの丘でしょうか?」

「そうです。……何か。何でもいいのです。あの丘を見て思い出すものはありませんか?」


 そう言ったミザリス王女のその表情はどう言えばいいのか。いつものように王女然と微笑んでいるように見えるが、どことなくぎこちない。

しかしそれは先ほどまでのように悲しんでいるというわけでもないように見える。まるで、何かを期待するかのようだ。


 だが、アランには王女の言葉の意図がわからない。アランにとっては、王女の見ていた丘は特筆すべき事は何一つとしてなかったのだから。

 これまで何かあったわけでもなければ、これから何かあるわけでもない。ただの丘でしかなかった。


 それでも、王女に聞かれたのでアランは自身の頭の中を探るが、結局何もわからなかった。


「お役に立てずに申し訳ありません」

「……」


 故に、アランはミザリス王女へと謝罪をしたのだが、王女は何も言う事なく悲しげに表情を歪めるとそのまま俯いてしまった。


「ご不快にさせてしまい申し訳ありません。お許しいただけるのであれば、殿下の求める答えをお教え願えないでしょうか」

「……いえ。それには及びません。手間を取らせました」


 王女は絞り出すようにそれだけ言うと、馬車の窓を閉めてしまった。


 そんな王女の様子を見たアランは、いつもと変わらない無表情で再び前を向き行軍を続ける。


 まるで、何もなかったかのように、疑問を抱くこともなく、ただ淡々と進むだけだった。

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