第2話王女1

_____王女_____


「では我々は交代させていただきます」


 夜になると寝室に男であるアランは入ることができないので、女性の寝室用の護衛に交代する事になる。

 そのために、アランは他の男性の同僚たちとともに私の護衛を引き継ぎ、離れていきました。


「……アラン」


 そんな背中を見つめて、私は誰にも聞こえないようにボソリと小さく呟く。


 私は今日もまた彼に酷いことをさせてしまった。

 彼の行なう『仕事』。あれは私がお父様に掛け合って彼にやらせていることです。

お父様はなぜそんなことを。と不思議そうにしていましたが、私は「殺す事に慣れた者が護衛にいないと、いざという時に対応できないかもしれませんから」と言って説得しました。


 少々無理があるのは理解しているし、お父様の訝しんではいたけれど、もともとそれほど大きな国ではない我が国では信頼できる騎士の数はそれほど多くありません。


 そんな信頼できる騎士を処刑人としてあてることは、騎士たちから嫌がられていることです。騎士というのは、大なり小なり見栄え……言ってしまえば『かっこよさ』を求めるものですから。

 ですから、罪人とはいえ生かしてほしいと懇願する人を、薄暗い場所でなんの栄誉もなく殺すことを忌避します。


 けれど、だからといって信頼することのできない者に任せることもできないし、信頼できても戦う力の弱い者では何かが起こってしまうかもしれない。

だからこそ信頼できる騎士に頼むしかないのですが、そんな嫌がることを無理にさせていれば士気が落ちていく。


 それがわかっているからこそお父様も多少の不自然さは無視してアラン一人に押し付けることを選んだのです。


「『祈り』に参ります」


 私はその場にいた護衛騎士達にそう告げると、既に準備はできていると返ってきた。

 アランが『仕事』をした時には毎回向かうので、護衛の者達もみんな理解しているようです。


「では、ここで待っていてください」


 その部屋にたどり着いた私は、それだけ言い残して護衛を部屋の外に残し一人で部屋の中に入っていきます。


 護衛を排する事に最初は渋い顔をして反論していたけど、今では何も言われることはなくなりました。渋い顔自体はいまだに続いていますけれど。


部屋に入るとほんのりとついた灯りが部屋を照らしていました。

この部屋に漂っている雰囲気はその弱い光で照らされていることも相まって、どこか不気味なものです。

まさにお化けが出て来てもおかしくない部屋と言えるでしょう。


 部屋の中に視線を巡らせると部屋の中にはいくつもの棚が並んでおり、その棚を埋め尽くすように壺が並べられています。


 その壺の中身は——首。


 祈りの間。ここにはアランが切った者の首が収められている場所。

アランが切ったものだけではなく、城にまで上がってこないようなものであっても、この街の犯罪者の首全てが例外なくこの部屋に集まります。


 なんでそんなことをしているのか。お父様には『死者が迷ってアンデットとして甦らないように儀式をするため』、と言って用意し、実際に私がこの『祈り』を行い始めてからゾンビやグールなどのアンデットによる被害はこの街からは無くなりました。


 ですが——


と、私はそこで頭を振って思考を区切ると顔を上げました。けれど、顔を上げた先に映るのは並べられた無数の首が入った壺ばかり。


それ見て唇を噛み締め、グッと拳を握る。


 本当はこんな所に来たくなんてない。並べられた壺の中に入っているものは、私がアランに切るようにいった犯罪者の首。自分の罪を見せられているようで吐き気がしてくる。


 けれどここに来なければ私の願いは果たせない。だから私は今日も〝祈る〟。


 いつか、私の願いが叶うと信じて。


「……ごめんなさい」


 私はそれだけ呟くと部屋の中心に歩を進め、自分の首に下がっていた首飾りを外して床に描かれている魔法陣の中央におきました。


 そして、床に置いた首飾りから少し離れて地面の魔法陣に触れるようにその場に膝をつくと『祈り』を始めました。


私が『祈り』を始めた瞬間、首が収まっている壺全てから蠢く暗く禍々しい光が溢れ、部屋の中央に集まり私の首飾りに吸い込まれていきました。


『祈り』を終えた私は立ち上がり首かざりを拾い上げ、その様子をじっくりと観察しましたが、問題はないようです。


「……後、少しです」


そうだ。後少しで全部終わる。全部終われば、私はこんなことをしなくても済む。

そして全部終われば、私は……私〝達〟はまた笑っていられる。


だから、その時まで——

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