処刑人と王女

農民ヤズー

第1話処刑人1

「……。…………。……」


 誰かが別の誰かに向かって何かを言っている。生憎とその言葉は聞き取る事はできないほどに小さいが、それでもその声は、誰かが嘆いているのは理解できるものだった。


記憶にないはずのそれは、一体誰の声だったのか。


「……、………。ごめんなさい」


 何かを悔いるような女性の声が、ポツポツと水滴と共に零れ落ちる。


 そして、その言葉を最後に『夢』は終わった。




 とある一室。男——アラン・アールズそこで目を覚ました。

 目を覚ましたアランは、ベッドから体を起こして着替えをし、仕事へと出勤するために部屋を出て階下に降りていく。


 アランは貴族ではあるが、その中でも最も階級の低い位しか持たない木端貴族だ。アラン自身、領地を持っておらず、実家もそう裕福ではないので寮に泊まっている。


 腰に剣を帯び、全身を動きを阻害しない程度の鎧で固めたその格好は、正しく騎士のものだった。

 事実、アランは騎士だ。それも王女を守るための護衛騎士という大役。

アランの所属しているこの国——フルーフは間違っても大国とはいえない、日々周辺の国との関係を悩んでいるような中小国家の一つだったが、それでも本来であればしがない木端貴族であるアランには王族の護衛など回ってくるはずがない。

アランが王女の護衛に選ばれたのは、機会に恵まれたから故だった。


「おはよう!」

「おはようございます」


 アランが階下へと降りて宿に備え付けられている食堂に行くと、いつものように大きな声で話しかけてくる女性がいる。女性と言ってもアランと同じ騎士でもアランの恋人でもなく、この食堂で働いている料理人だ。


「今日もいつも通り元気がないねぇ! いっぱい食べて元気だしなよ!」


 そう言って女性はいつものように少し多めに盛り付けた料理をアランに差し出す。


「ありがとうございます」


 アランは特に頼んだわけでもないが、厚意からであることは理解しているので礼を言う。

だが、そこにはまったくといっていいほど感情がこもっていなかった。まるで、そうするべき場面だからそうした、とでもいうように。


 朝食を食べ終わったあとはアランは自身の所属する部隊に与えられた仕事部屋に行き、一日の仕事を確認してから部隊の長がくるのを待つというのが朝の流れだった。


そんないつも通りの流れをこなすべく、アランはいつも通り、いつもと全く同じ時間に部屋へと入っていったのだが、アランは宿を出てからこの部屋にたどり着くまでの間にどこかへ寄り道することも、誰かと無駄話することもなかく、そんなそぶりさえなかった。


「おはようございます」

「……おはよう」


 しかし、部屋の外まで聞こえていた話し声も、アランがが入ると同時にその声は小さくなった。


 アランが部屋に入り自身の席についてからしばらくすると、他の同僚たちはアランをいないものとして扱うかのように徐々に声量が元に戻って普段通りに話し始めた。

 いじめにも思える光景だが、アランはそんなことは気にしないで自身の机や装備の確認をしていった。これもまた〝いつも通り〟の光景だった。


そうこうしていると護衛を行なう騎士達のまとめ役である護衛部隊の隊長がやってきた。

 騎士という男性が多めの職場であり、男性の方が力を持っている場所ではあるのだが、その役割が王女の護衛ということもあって、やって来た隊長は女性だった。

その女性は名をアーリーと言うのだが、アーリーは部屋に入るなり部屋の中を軽く見回して全員揃っていることを確認すると、朝の報告を行ない騎士たちのその日の行動を確認していく。


 その話は順調に進んでいき、昨夜の報告、今日の流れ、その他注意事項などなど、いろいろと伝えていった。

 普段ならそれで終わりだ。解散して、それぞれのとるべき行動に移る。


だが、今日は違った。——いや、今日〝も〟違った、と言うべきだろうか。


 話を終えたアーリーは、最後にアランの方を見ると僅かに眉を寄せて顔を顰めてから小さく息を吐き出し、さらに口を開いた。


「──最後に、今日の護衛だが……アラン。お前には『仕事』が入った。それをこなしてからこちらに加われ」


『仕事』——アーリーがそう言った瞬間に、部屋の中の空気が僅かに固くなった。

だが、それもいつものことだからか、すぐに元通りの雰囲気へと戻っていく。

元に戻ったと言ってもその内心はわからないが、少なくとも表面上は何の問題もないかのように振舞っている。


 一人だけ隊長から指示を受けたとなれば、特別な感情を抱いてもおかしくないだろう。だから、騎士たちが一瞬とはいえ反応を示したのはおかしくない。


だが、騎士たちがアランに対して抱いていたのは、嫉妬ではなく——忌避感だった。


「はっ。承知いたしました」


 一人だけ、隊長から自分だけに特別に指示を出されたアランだが特におかしな反応を示すことはなく、ただいつものように淡々と返事をした。


 『仕事』。アランのメインとなる仕事は王女の護衛ではあるが、同時に他の仕事も受け持っていた。


 時折くるその仕事は、本来はアランの仕事ではなかったが、いつからかアランにばかり回ってくるようになり、そして、今ではアラン専用のものとなっていた。


「──では各自行動を始めよ。解散」


 アーリーの言葉で、アランを含めた全員が立ち上がりそれぞれ行動を始めた。

騎士たちはそれぞれ今日の行動に際して一緒に動くことになる者達と細かな打ち合わせをしたり移動をしたりしていたのだが、アランだけは一人で立ち上がると『仕事』にいくために歩き出す。


 その背をアーリーが僅かに眉を寄せて見ていたが、アランはそんなことには気づかずに部屋を出ていった。


「『仕事』があると言われて来ました。通していただきたい」


 城の一室。ほとんど誰も来ないような奥まった場所にある、どことなく薄暗いと感じる部屋。

アランは〝騎士として〟の仕事部屋を出た後に数分ほど歩きこの場所へとたどり着いた。


 そして、部屋の中で待機していた男に普段と変わらない抑揚のない声で話しかけた。


 こんな奥まった場所に一人で待機していなければならないことに不満があるのだろう。男は備え付けの椅子に座りながら眠るかのように机に突っ伏していたが、アランが声をかけるとノロノロと顔を上げた。


「……許可証を」


アランのことを見るなり男は小さく舌打ちをして顔を顰めたが、それでも仕事はする気なのか短く言葉を吐き出した。


 悪感情を持たれても仕方がないような男の態度だが、それでもアランは気にすることなくいつも通りに持っていた許可証を男に見せた。


 許可証を受け取った男は、だが特に確認をすることもなくそれを机の上に放り投げると、顔を上げた時のようにノロノロと立ち上がり、部屋の中にあった出入り口とは違うもう一つの扉に向かって歩き出した。


 アランは机の上に投げ出された許可証を手に取って懐へとしまうと男の後をついていき、城への出入り口とは違うやたらと頑丈そうな扉へと向かって歩いていく。


「……行け」


 頑丈そうな扉は重く音を立ててから開き、アランは扉を開けた男の横を通って奥へと進んでいく。


 背後からチィッ、と先ほど聞いたものよりも大きな舌打ちの音がしたが、いつものことだからか、アランは止まる事なく進んでいく。


 扉を開けた先にはまた部屋があった。広さはさほど広くはない部屋だが、その奥にはやはりと言うべきか、またも別の頑丈そうな扉があった。


 通された部屋の中にはあまり荷物が置かれていないが、アランはその中にあったタンスの一つを開き中にある服を取り出した。


それはアランがつけていたような鎧に比べればボロ布のような服だが、事実この服は格安で買ったほとんど廃棄品のようなものだ。

 ツギハギだらけでところどころにはなんのものだかわからないような汚れがある。


だが、普通なら切ることを躊躇しそうなそんなボロだが、アランは迷うこともなく鎧を脱いでそんな服に着替えた。


 鎧から粗末な服に着替え終わるとアランは部屋の中にあったもう一つの扉へと進んでいき、扉の前でしゃがみ込むと扉に施してあった細工を解除して開けた。


扉を開けた先には明かりがほとんどない薄暗い階段が地下へと伸びていた。それはこの場所の雰囲気を考えれば地獄に繋がっていると言われても信じてしまいそうな光景だが、それでもアランは躊躇うことなくいつも通り淡々と降りていった。


階段を降りていくと徐々に鼻を刺すような異臭が漂い始めたが、それでもアランは止まらない。


 アランが階段を降り切るとまたも頑丈そうな鉄の扉があった。

これだけの距離にこれだけの扉ともなれば、どう考えても流石におかしいというのは誰でもわかるだろう。


暗がりで見る鉄の扉は初見であれば怯むような不気味さを醸し出しているが、アランがもう一度扉に施してあった細工を解除してから扉を開くと、それまで漂っていた異臭が溢れ出してた。


 だが、その匂いもいつものことなのか、アランは気にすることなく進んでいく。


「『仕事』に来ました。〝それ〟をやればいいのですか?」


 僅かな灯りしかなく薄暗い部屋の中、異臭の漂う部屋にいた男にアランは話しかけた。


「チッ、ようやく来たかよ。ああそうだ。早くしてくれ。こんなところに長居したくないんだ」


 アランは男にの言葉に返事することなく軽く頷くだけで終わらせ、〝それ〟に近づいていく。


「ん〜〜〜! んん〜〜!」


 〝それ〟はまるで何かを言おうとしているかのように音を出すが、聞こえるのはくぐもったなんのためのものかも分からない無意味な音だけ。


 だが〝それ〟は、まるで、ではなくまさに声を出そうとしているのだろう。何かを話すために。


 部屋の中にいた男が示し、アランが進んだ先に用意されていたのは、口に布をかまされ手足を縛られている人間だった。


 アランはその人間に近づきその様子を確認すると、先ほどのボロが置かれていた部屋に一緒に用意されていた剣を構える。


「んん〜〜〜!!」


 縛られ、座らされていた者は逃げるためか何かを叫びながら暴れるが、アランには関係ない。アランは、ただ命じられたままに『仕事』をするだけ。


 通常、暴れている者の首を斬るのには首の骨で止まったり剣をダメにしないように苦労するが、アランにとっては既に何度も繰り返してきた仕事。

相手が暴れようと暴れまいと、縛られていようといまいと、アランにとっては大した違いはなかった。


 ザクッという肉を切る感触がアランの手に伝わり、アランが剣を最後まで振り抜くとゴトンという音と共に頭が地面に落ちた。


 用意された剣はアラン達騎士が普段使っている剣とは違いとても切れ味がよく、ちゃんと扱わなければ容易に刃こぼれを起こすが、確認してみても刃こぼれはない。


 首を切り落とされた体がグシャッと倒れ、自身の体内に蓄えられていたはずの血液が辺りを汚すことを憚らずに溢れ出した。

たが、アランは〝そんなこと〟は気にせずに、その光景を見て顔を真っ青にしていた隣の者に向かって剣を振り上げる。


「っ……」


 その者は暴れることなく剣を凝視している。


 隣で起こった惨状がこれから自分に起こると理解して怯えて動けないでいるのか。それとも理解することができずに、ただ見ているだけなのか。それはわからない


 だが──また一つ、首が落ちた。


 その後も、アランは用意された〝もの〟の首を切る。


 これがアランの『仕事』。騎士とは程遠い、罪人の首を切り落とす──処刑人。




「終わりました。後はよろしくお願いします」


 アランは部屋に用意されていた罪人の首を全て切り落とすと、顔色一つ変えることなく部屋の中で罪人たちの監視をしていた男に話しかける。

 その時には足元が赤く染まり、部屋中に臭いが充満していた。


 だがそれでもアランの体には一滴の血すらついていない。彼にとって、もうこの〝作業〟はなれた者だった。


話しかけられた男は、顔を顰めながら顎をしゃくってアランに退室を促す。

アランはそれに従って自分が入ってきた扉から部屋の外に出るが、その様子は部屋に入ってきた時と全く変わらず、人を何人も殺した後とは到底思えなかった。


「……チッ、相変わらず薄気味悪ぃやつだ」


部屋に残された男はそう呟くと、アランの処理した罪人の首を集めて後始末をし始めた。




「護衛の任、遅れてしまい申し訳ありません」


 罪人の処刑が終わった後、アランは粗末な服から一度脱いだ鎧に着替え、一度水浴びをして体についた匂いを落としてから王女の護衛に着くために王女の執務室へとやってきていた。


「構いませんよ。あなたは与えられた仕事をこなしていたのでしょう?」

「はっ。落とした首は全部で八つ。後ほど血抜きの処理を行った上で全て『祈りの間』に運ばれるでしょう」


 アランの言葉を聞いた王女——ミザリスの手が握りしめられる。

 それを察してか、王女の側仕えの侍女が王女からアランを遠ざけてから文句を言った。


「アラン様。あなたが職務に忠実なのは理解していますが、もう少し言葉に気をつけていただきたいのです。必要以上に語らずとも『仕事をした』の一言で十分に伝わります。それか、殿下に直接ではなく私達側仕えに先に報告してください」


 アランの主人は王女なので側仕えの言葉など聞く必要はないが、それが殿下のためになると言うのならば、とアランは頷いた。


「かしこまりました。次からはそういたします」


だがその返事すらも悪びれた様子がなく淡々とした声で行なわれたために、アランに忠告をした侍女は顔を顰めざるを得なかった。


 それでもアランはそんな反応を気にすることなく、他の同僚たちに混じって王女の護衛騎士としての仕事に加わっていった。

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