第7話王女3

_____王女_____



「殿下。明日には国境を越える事になります。我々も警戒はしますが、ここからは、殿下も十分にご注意を」


 馬車の中に同乗していた女性騎士のデリアからそう言われて私は頷きます。

 ここからは先は、国境を超えてヴィナート帝国に入るのですが、どこかで襲われると思っておいた方がいいでしょう。


 何か理由があるのかはわかりませんが、今回あの国はなぜだか今まで受けてこなかった親善大使を受け入れました。


そこにどんな理由があるのか……少なくともそれは本当の意味で友好的なものではないと考えていますし、それは私だけではなくここにいるもの達全員が同じ考えでしょう。


 果たしてあの国は何を求めているのか、それは分かりませんが、何かを狙っているのは確実。

武力で襲うのか口で言いくるめるのか、相手が何を持って私たちを狙っているのかは分かりませんが、国境を超えてしまえばそこからは一瞬たりとて油断することはできなくなります。


 故に、ここからはより一層気を引き締めていかなければなりません。


 できることならば、何も起こらずに平和に終わってほしい。


 そんなことは無理なんだとわかっていても、そう願わずにはいられませんでした。




 夜。

 時刻は深夜と言ってもいい時間に、護衛隊長のアーリーによって起こされました。どうやら敵襲のようです。


 起こされはしましたが、基本的に私にはやる事はありません。精々がこの馬車の中から出て行かない事と、万が一に備えて防衛用に魔法具を用意するくらいでしょう。


 外から聞こえる悲鳴を耳にしながら、私は待ちます。

 これはおそらくはヴィナートの手のものでしょう。やはり私たちを襲いにきましたか。

これが計画通りなのだとしたら、少々厳しい戦いになるかもしれません。


 ですが、私には不安などありません。どのような敵でも、絶対にアランが守ると〝分かっています〟から。


 そんな私の考えは違うことなく、アランの活躍によってこちらにはそれほど被害を出すことなく敵を退けることができたようです。

 私はまだ警戒中ということで窓を開けて外を見ることすら許されていませんが、もう今日は襲われることはないでしょう。


「アラン。お前の働きで損害を減らすことができた。だが、以前にも言ったが、もう少しなんとかならないか?」


 戦闘が終わると外は先ほどまでの怒声が飛び交っている状況とは打って変わって静かになり、馬車のそばからそんなことが聞こえてきました。


 少しだけ窓を開けて外を見ると、全身を赤く染めたアランの姿がありました。そしてその奥には真っ赤に染まった大地。そして転がる人の首と無数の首のない死体。


 これはアランがやったのでしょう。いつものように。私のせいで。


 この状況をアランに作らせることになったのが自分のせいだと思うと、途端に自分に対して苛立ちが湧いてきます。


 騎士であれば主人を守るために戦うのは当然であり人を殺すこともある、とか、私でなくても今回の親善大使としての馬車は襲われていたとか……そんな話じゃない。そんな話じゃ……ないんです。


 改めて自分のやったこと、やってきたことを理解すると、私はいつのまにか拳を握り締めていました。

 けれど、それでも止まるわけにはいかないんです。


「浄化の儀を行いますので、少しの間、馬車には入らないでください」

「はっ」


 私はそう言って護衛を馬車から追い出した後、積んである荷物の中から神像と短杖を取り出しました。

 そして、その神像の底を外して、中に入っている紙と暗く濁った光を放つ石を取り出します。


 取り出したその紙を広げてその上に石を置き、これで準備はできました。


『嘆きよ集え 怨嗟よ集え 汝らが求める救いはここにある 

 嘆きよ混ざれ 怨嗟よ混ざれ 全ては終わることのない夢のために』


 杖を石に向けて呪文を唱えると、石は輝きを増し、暗い光が馬車の中を埋め尽くしました。

 光が消えると、そこには元の大きさよりも少しだけ大きくなっている石がありました。


 私はその石を拾い上げると、手のひらの上で転がす。


「……こんなものが浄化だなんて……。冗談にしても笑えませんね」


 今のは、浄化などではありません。そんな良いものではない。

 もっと暗いモノ。もっとおぞましいモノ。忌避すべき禁忌の業。


 こんな事をやっているとバレれば、私だけでなく、現王家すら周辺国家によって潰されてしまうでしょう。


 ……自分がどれほど愚かな事をしているのか分かっています。王女の──いえ、人のすることではないと。


 これが馬鹿げた願いだというのはわかっています。自分が何をしようとしているのかもわかっています。


 ですが、それでも……。それでも、私には叶えたい願いがあるのです。


 たった一つの願い。それさえ叶えば私はどうなっても構いません。死のうが嬲られようが、どうなったとしても、構わないのです。


 だから、もう一度。もう一度だけでいいのです。


 もう一度だけ──


 そう思うからこそ私は止まらない。いえ、そうでなかったとしても止まれない。ここで止まってしまえば、全てが無駄になってしまいます。積み上げてきた嘆きも絶望も屍も、その全てを無駄にしないためにも。私は全てを終わらせるまで止まれないのです。


 たとえそれが、どういう結果になったとしても。

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