不思議な気持ち

葉原あきよ

春にはない花

 雪は冬になれば降る。毎年毎年、嫌ってほど降る。嫌って言っても降る。

 だからオレにとって雪なんて、珍しくもうれしくもない。

 今年は年末から親戚のハルカがうちに泊まりにきていた。親戚なんだからどこかで血が繋がっているんだろうけど、どういう繋がりなのかよく知らない。ハルカとは初めて会った。

 ハルカは雪が珍しいらしかった。外に出かけるたび積もっている雪を見ては、すごいすごいと騒いだ。

 今日は朝から雪が降っていて、それを見るなり遊びに行こうとオレを誘った。

「やだよ。寒いし」

「えーいいじゃん、寒いの慣れてるんでしょ?」

「慣れてても寒いもんは寒い」

 こたつにもぐりこんで特に見たくもないテレビをつけると、反対側からおじいちゃんの託宣が下った。

「トオル、連れて行ってやりなさい。ハルカは明日帰るんだから」

 おじいちゃんの言うことは聞かないわけにはいかない。オレは渋々ハルカと外に出た。

 雪はどんどん降っていた。オレたちは小学校に行くことにした。

「すごい、音がする!」

 ハルカは歩くと雪が鳴るのをおもしろがっていた。何度も転びそうになって悲鳴を上げ、その度にオレは、

「いいから、まっすぐ歩けよ」

 と、ハルカを振り返った。

 小学校の校庭はいつも通りに真っ白だった。オレにとっては何も珍しくない。とりあえず、昇降口の軒下に入る。

「オレ、ここにいるからな」

 そういうオレの声を聞いているのかいないのか、おかまいなしにハルカは雪の中に両手をつっこんでひとりで笑っていた。

 変な子だと思っていた。いつも楽しそうにしていた。何が楽しいのかオレにはわからない。

 ハルカは両手で持てる大きさの雪ダルマを作って、オレの隣りに置いた。

「ね、雪合戦しようよ」

「やだよ。寒いし」

「えー、私、明日帰っちゃうのにさ」

 そう言いながら、雪ダルマの向こうに座る。

「ほんとに明日帰るのかよ?」

「帰るって言ったら雪合戦してくれる?」

「帰るってどこ?」

「秘密」

「んだよそれ」

 オレは足を伸ばして花壇の木を蹴った。雪が落ちる。ハルカは笑った。

「雪がさ、花みたいだよね」

「はぁ?」

「木の枝に」

 ハルカは花壇の方を指差す。オレには雪は雪にしか見えない。

「私さ、三月四日生まれなの」

 ハルカは突然言った。

「オレと同じじゃん」

「そう。だって、私あんたの双子の妹だもん」

「はぁ?」

「生まれてすぐに養子に出されたの」

「え?」

 何を突然言ってるんだ、と思った。意味がわからない。ハルカの顔は真剣だ。珍しく笑っていない。

 何かちゃんとしたことを言わなきゃ、と思ったけど、何も思いつかない。

「それ、ほんとに?」

 やっとそれだけ聞く。

「なわけないじゃん。信じたの?」

 ハルカは笑った。やけに大きな声が響く。

「騙したのかよ!」

「騙されたの? あんなんで?」

 オレはハルカの持ってきた雪ダルマを放り投げると校庭に飛び出した。雪を掴んで、適当に丸める。ハルカに投げた。

「わっ! ずるい。やるならやるって言ってよ!」

 ハルカも校庭に飛び出して、オレに雪を投げる。

「あんたって単純。雪合戦やりたくないって言ってたのにさ」

「うるさい!」

 力任せに雪を投げたら、ハルカの頭に当たってしまった。ハルカは頭を押さえて座り込む。

「あ、わりぃ。大丈夫か?」

 近づくと、すくった雪をかけられた。

「うわっ! んだよ!」

「あはは」

 ハルカは笑いながら雪の上に仰向けに寝転がる。いつのまにか雪は止んでいた。

「あーあ」

 笑い声がため息みたいになって止まる。オレはハルカを見下ろした。

「お前、おかしいよ。なんでそんな無理やりみたいに笑ってんだよ?」

「だって、私が楽しくしてないと皆がかわいそうじゃない?」

 ハルカはそう言ってから、オレを見上げて笑う。

「また騙されてる?」

「お前の言うことは信じねぇよ」

 オレがそう言うと、ハルカは両腕で顔を覆った。

 前髪に雪が白く付いていて、花みたいってさっきハルカが言った意味がわかった気がした。

 今ハルカが泣いているのか笑っているのか、オレにはわからない。

 帰り道は手をひっぱってやってもいいかもしれないと思っているオレは、やっぱりまた騙されているのかもしれなかった。

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