第3話

「ママ」

僕はおしっこに行きたくて、ママを揺さぶり起こした。

「おしっこ?」

ママは目を擦りながら聞いてきた。

僕は頷いた。

ママは身体を起こした。

「行こっか」

僕は1人でトイレに行けない。

だからこうして毎晩ママを起こして付いてきてもらうんだ。


いつの間にか眠っていた。

昔の夢を見ていた気がする。

皆が寝静まってから、トイレで夕飯を吐いた。

母の不倫を知ってから、身体が母の手料理を受け付けなくなった。

吐いてお腹が空いてしまうので、毎日学校の帰りにコンビニやスーパーで食べる物を買ってくる。

それを夜中に食べる。

そんな生活が続いている。

もちろん母も家族もこの事は知らない。

幼い頃は母の作るオムライスが僕の好物だった。


「碧生、おはよう。朝ごはんは?」

朝、起きて下1階へ下りると母が聞いてきた。

「おはよう。いらないよ。もう出ないと」

母は寂しそうに、そう、と言った。

何、寂しそうにしてるんだよ、自業自得だろ。

「行ってきます」

僕は笑顔で言った。

「お兄ちゃん!待って!」

玄関を出ようとすると弟の碧斗が呼び止めてきた。

「どうした?」

碧斗は耳を貸してとジェスチャーした。

僕は耳を近づけた。

「お兄ちゃん、ママに冷たいよ。もっと優しくしてあげなきゃ」

僕は耳を離した。

「お前は何も知らないから……」

「何が?」

母の不倫をこいつに教える訳にはいかない。

こいつから無邪気さを奪いたくない。

「思春期は色々あるんだよ」

「お兄ちゃん、思春期なの?」

「そうだよ。行ってきます」

僕は碧斗の頭を撫でた。


通学路の橋の上で遠くを見つめる速水まどかを見つけた。

その横顔はまるで死を考えているように見えた。

「速水さん!」

僕が声をかけると速水まどかは身体をビクッと震わせた。

驚かせてしまったようだ。

僕は駆け寄った。

「ごめん、びっくりさせて」

「ううん、大丈夫」

「おはよう」

「おはよう」

「一緒に行かない?」

「うん。いいよ」

僕達は学校に向かって歩き出した。

「橋の上で何してたの?何かいた?」

「何かって?」

「うーん……鯉とか?」

「いたかも」

「いたかも?」

僕は笑った。

「何?」

「速水さんって意外とのんびりしてるんだね」

「そうかな?」

「そうかも」

速水まどかも笑った。

笑った顔、可愛いな。

この子の事、もっと知りたいと思った。

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