背徳の味は蜜の味
包み紙から白い粉を取り出す。指先についた微量の粉をなめる。
今まで感じたことのない味だ。舌先でとろける。嚥下した後も余韻に浸る。気分が高揚してくるようだ。
もう一口。
もう一口。
これは常習性があるというのもうなずける。一度口にしたらまた口にしたくなる。
依存度が高まれば身を滅ぼしかねない。
ここに勤めることができたのは先輩が声をかけてくれたからだ。都で知らぬ者がいない高貴な貴族さまのお屋敷への就職は家業を継がないことで落胆させた父をも喜ばせた。
ここでの仕事で自分自身も成長したい。
「お前は必要な人間なんだ」と認められたい。
この粉を使いたい。
この粉を使えば仕事もきっとうまくいく。
さっき舐めた粉のせいだろうか。
自己判断があいまいになってくる。
都合のいいことしか思いつかない。
もうこれのない生活なんて考えられなくなってきた。
殿にも。
魅惑の粉を。
この粉だけを差し出すわけにはいかない。何かの飲食物に混入させるのが一番いいだろう。
鼓と鐘の音が時刻を知らせる。
ちゅんちゅんと。
すずめだろうか、鳥のさえずりが聞こえる。
遠くから雅楽も聞こえる。
穏やかな午後。
塗の椀を用意する。
鉄釜で湯を沸かす。
しゅんしゅんと。
沸き立つ湯の音。
舞の合いの手の声だろうか。
うららかな午後。
生豆を煎る。
煎った豆を石臼で挽く。
立ち上る香り。
鉄釜の湯を柄杓で掬う。
ろ過された液体が塗椀に満たされてゆく。
ぎゅんぎゅんと。
耳にこだまするのは心の音。
他の音が聞こえなくなる。
いつもと変わらない午後。
包み紙を取り出す。
背中がゾクゾクする。
ふるえる手で包みを開く。
周りを見る。
先輩達は別室で作業中だ。
この部屋には誰もいない。
誰も見ていない。
入れるぞ。
白い粉が濃茶色の液体に溶けてゆく。
入れてしまった。
さじで溶け残りがないか確認する。
心の蔵が早鐘を打ち鳴らしている。
碗を持つ手が震えている。
塗盆にのせて配膳担当に差し出す。
温かな午後。
昨日と変わらない今日。
のどかな日々。
明日も……
昨日と変わらない1日になるだろうか。
茶碗は殿のもとへと運ばれていく。
とうとう茶碗は僕の手を離れた。もう後戻りできない。
飲み込んだ唾がほんのり甘く感じられた。
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