異物混入は背徳なのか

 ここは僕の職場。この部署で一番下の僕は最初に出社する。誰もいない作業場。掃除や今日の仕事の準備を進める。


 彼は誰かはたれどきだ。起きたての朝の光が格子からゆっくりと差し込んでくる。遠くで何人かの人の気配がする。車寄せに牛車が停まる。


 殿がお戻りになられた。

 夜のお出かけからお帰りだ。


 僕の雇い主である殿はとても魅力的な方だ。初めてお目にかかったときの衝撃は忘れられない。


 こんなにも綺麗な男の人がいるのかと思った。

 恐れ多くもお声をかけていただいているのに見とれていて返事をしない僕は隣の先輩につつかれてしまった。


 本当は僕なんて直接お会いしたりお声をかけていただける身分じゃない。けれども殿は偉ぶったりせず、誰にでもフランクに接してくださる。


 僕は殿の御殿に勤めている。町のような大豪邸だ。大きなお屋敷がいくつもありそれぞれに殿や殿の大切な方々が住んでいらっしゃる。


 あの美貌の殿だ。男の僕が見とれてしまう美しい殿だ。当然女性からの人気も都で断トツ一位だ。雑誌の人気ランキングの常連だ。


『壁ドンされたいオトコランキング』

『あごクイされたいオトコランキング』

『うしギューされたいオトコランキング』


 見事3冠達成である。


「女の子はみんなキレイ」

「キレイな子には声をかけないとオトコがすたる」

「いつでも恋をしていないと人生つまんないだろ」


 殿の人生3箇条らしい。

 まあ一夫多妻制の社会だし、殿ほどの経済力があれば何人もの奥様をお屋敷に住まわせることもできる。

 時折ダブルブッキングや三者面談なんて事態もあるらしいが、それもこれも「恋のスパイス」くらいにしか殿は感じていらっしゃらないらしい。


 魅力あふれる殿に素敵な奥様がた。

 昨日のデートでの様子や送った和歌のこととか。

 壁をクイしたとか、後ろからドンしたとか。

 奥様の逆襲にあったとか。

 職場での皆の噂の的はいつも殿だ。


 拭き掃除をして最後に床を掃き清める。今日の作業を前に気が引き締まる思いだ。


「お前の仕事、殿が褒めてくださってたぞ」

 先輩からそう言われることもある。


「いつもありがとうな。このまえの、また頼むな」

 殿からのお褒めの言葉に自分が誇らしく思える。やりがいのある仕事。恵まれた職場。尊敬する殿。


「おはようございます」

 先輩たちが出勤してきた。例の粉は懐に隠す。


「今日仕事終わったあと時間あるか?」

「美味いもん食わせてやる」

 僕は今日の仕事を無事終えられるだろうか。


 僕は……


 先輩たちも裏切ることになるんだろうか。


 はらり。

 さくらの花びらが部屋に舞い込む。


 美しい殿。

 人気者の殿。

 恋のエキスパートの殿。


 そんな殿に。



 これからしようとしていることは背徳行為なんだろうか。









 

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