異物混入事件 ~ 背徳の味は蜜の味 ~

桜井今日子

裏取引から始まる異物混入

 平静を装って家路を急ぐ。周りの人皆が僕を見ている気がする。


 とうとう手に入れてしまった。僕にとってはかなり高額な買い物だった。給料だけでは足らなかったので祖父の形見まで売ってしまった。


 噂で聞いたことはあったがまさか本当に手に入るとは。


 もちろん普通に買い物できる代物ではない。裏社会の売人との取引だった。


 実は僕の知り合いが先にこれを入手していた。

「魅惑の粉だよ。これは人を狂わせる」

 職場の先輩達にも知らせていない。失敗すれば僕は職を失うことになる。


 今の仕事はとても楽しい。職場の人間関係も良好だ。雇い主のことも尊敬している。クリエイティブな仕事で、あの方はいつも僕を認めて褒めてくださる。


「魔性の粉とも言えるな。使い方を間違えると取り返しがつかなくなる」

 前の職場の同期でもある彼に忠告された。多量に摂取すると命をおとしかねないらしい。取引先も彼に教えてもらった。



「最近闇ルートの取締りが厳しいからな。扱いには気をつけろよ」


 さらさらした粒子状の粉

 魅惑の粉

 魔性の粉



 この粉を。


 あの方に。





 使おうとしている僕は愚かなのだろうか。

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