醜悪の根源
Toa
第1話
「続いてのニュースです。初の政府公認勇者として知られる平岡 祐人さんの死から一夜が明けました。各地で余波が広がっています」
できるだけ前を見ながら原稿を淡々と読み上げる。アナウンサーの基本中の基本だ。
自分でもその台詞を噛むことなく、すらすらと読み上げることができたことは意外だった。幼馴染が死んだらもっと深い悲しみを持つものだと思っていたし、実際そういう人を何人か見てきた。だが事実、私は何も感じなかった。
魔王軍なる異界からの者たちが現れてから十数年、今まで日本でこれといった大虐殺や侵略が一つもなかったのはすべて祐人の努力と言っても過言ではない。そんな世界を救う大ヒーローの訃報が入った時は当然、局内に留まらず日本中が大混乱に陥った。
これから魔王軍にどう立ち向かえばいいのか。
都市部では備蓄品の買い占め騒動が起き、避難シェルターにも人が溢れかえった。
地方では市民らが軍を結成し魔王軍に立ち向かう者もいれば、絶望し反乱を起こす者も現れた。結果、政令指定都市を含む計十三箇所もの市が壊滅。
政府は非常事態宣言を発表、下手に魔物を刺激せず建物の中にできるだけ籠ること、各国に協力を求めると共に「第二次政府公認勇者試験応募要項」を公表した。
幸い予め養成をしていた為二代目の勇者は直ぐに決まり、始まりと同じように事態は急速に収束へと向かった。
しかしまだ完全とは言えない。何故なら魔王軍には初代勇者を倒せる程の実力を持つ者がいるからだ。
今世間は二代目勇者の実力に注目している。今日の夜九時から、私の局でも特集が組まれている。テレビ局はいかに顧客が欲しがっている情報を迅速に入手、発表するかが鍵になってくる。魔王軍との戦いに関して、私の局は情報を独占しているので必然的に視聴率が高くなる。
特に人気なのが戦場の生放送だろう。私が戦場アナウンサーとして戦いの最前線に密着し、その様子を中継する。勇者と魔物の魔法を交えた戦いはテレビ越しでも迫力満点だ。
ただ、肉眼で見ている私からすれば、こんなものを好んで見る連中がいるということが信じられないのだが。
帰宅。疲れた体を休める暇もなく、私はSNSで新田 麗奈の名を検索する。自分への評価が検索するだけで出てくるというのは、悪いように感じられるが良い点もある。批判された行動を直すことができるのだ。
所謂エゴサを始めたのは半年ほど前だ。初めて検索結果を見た時は驚愕した。まだ五年もやってないような新人アナウンサーにこれだけの人達が注目しているのかと、自分の有名度を初めて自覚した。
確かに入社して直ぐに戦場中継の仕事が舞い降りたが、主だった活躍といえばそれ程度だ。戦場ともなれば一つ一つの行動が注目されるのも当たり前なのだろうか。
今日の検索結果を見てみると、概ね昨日と同じような文面が並んでいた。
「冷酷」だとか「感情がない」だとか、私と同じように世間も幼馴染の死を悲しまない私を不快に思っているのだろう。
一通り確認していると、ある記事が目に止まる。
「陰謀ねぇ……」
著名な人物が死ぬと、必ずと言っていいほどこういう推測がされる。都市伝説的な話題は人の目を惹き付けるし、何よりエンターテイメント性が高いのだ。どんなに支離滅裂でも面白ければいい。そういう話題だ。
陰謀論の他にもドラッグだとか酒だとか、恨みを買ったとか……。生存説なんてのもあるし、果ては寝返ったなんていうことを言っている人もいた。あまりに訳が分からなさすぎて少し笑ってしまった。
今はまだ死因が明らかになっていないが、三日もすれば死因が判明するだろう。画面を閉じて、私は寝ることにした。
時計の針は九を指している。出演予定のワイドショーは十時から始まるが、ここからスタジオまで十分もかからないし、開始予定三十分前くらいに入ればいいから余裕がある。
他の局は違うのかもしれないが、私の局はかなり時間は緩い。というか、私の局はこの時代に似合わないほどにホワイトだ。私が勤務先を決めた理由の一つでもある。
スタジオに着くと、殆どの共演者が既に居たが、焦る必要は無い。この番組において完全にこの局に所属しているのは私だけなのだ。他が夜更かししているのに自分だけ万全な状態で挑めるという状況に優越感を感じる。
「新田さん……この度はお気の毒で……大丈夫ですか?」
耳がその空気の振動を感知するだけで酷いデジャヴに見舞われる。そこに悪気がないのは分かるのだが、少し煩わしさを感じてしまう。
「はい、何とか……」
何も問題ありません、とは言えず、月並みな言葉を返して場を凌ぐ。涙が出ないのは化粧を崩さないためだ、と自分に言い聞かせて罪悪感を紛らわせる。
「でも、生きている……なんていう説も……ありますし」
絶望している者に確証のない希望を与えてはならないことなんて感覚でわかるだろうに、この人のスキルはともかくプライベートでは関わりたくないと思った。
「すみません、本番始まります!」
その一声でスタジオ内は静まり返る。指の本数がだんだんと減り、本番が始まった。
「本日をもって、私は、この、番組を、引退させて、いただきます」
珍しく地位の高い、お偉いさんが集まっているスタジオで、私は泣いていた。
周りから温かい目が向けられる。嗚呼、その目をやめてくれ。
私が泣いている理由が解っている者は、この中には殆ど居ない。別に悲しくて泣いているのではない。確かに番組を降板するというのは寂しい別れだが、その程度で泣く程私はやわじゃない。
どうしてこうなったのか。どす黒い感情の中で、私は三度自問した。
その日は夏の暑さも少しずつ和らぎ、空は曇っていた。きっとこれから長い秋雨の季節が始まるのだろう。そんな風に考えながら私は集合場所へ向かった。
週に二日、火曜日と金曜日は戦場で生中継をする。戦場は日によって目まぐるしく変わるので、移動するのは一苦労だ。
基本的には軍と軍が睨み合っているが、毎日必ず何処かは魔物が攻めてくる。そこが戦場となるのだ。
現着すると、必ず人だかりができている。避難地区だというのに、有名な番組だからと言っていつもこんな風だ。
しかし彼らは私に話しかけることはない。私が世間で「鉄の女」だとか言われてるせいで、誰も寄ろうとは思わないのだ。
その代わり、陰口のように話し声が聞こえてくる。しかし残念、私はこういう声に敏感だ。内容が筒抜けとも知らず、彼らは話を続ける。
「でも良かったわよねぇ、直ぐに代わりができて」
少し、頭に血が上る。彼らにとって、勇者とはただの戦争兵器でしかないのだ。
特に祐人はその面が強かった。目の前の敵を素早く殲滅し、確実に死に追いやる。寡黙で聞かれた質問にほとんど答えなかったのも影響しているのだろう。一部の人間からはその強大な力を恐れられていた。誰に守られているのかも知らず、勇者を封印しろとまで言う奴等もいた。
その点、どうやら二代目さんは違うらしい。どこか名家の出身らしく、人望が厚く活発と、祐人とは真逆と言っていい程の性格らしいのだ。
「あ、こんにちは!今日はよろしくお願いします!」
噂をすれば何とやら。件の二代目さんが私に挨拶してきた。にこやかで、社交的な笑顔だ。返事の代わりとして、私は軽く会釈する。
気がつけばスタッフさんは殆ど集合していた。それぞれがそれぞれの機器を準備し、周りには護衛の軍隊が私たち番組の者を囲うように隊列を組んでいる。戦場の中で限りなく安全なこの陣形の中で、私たちは報道をするのだ。
境界線のない避難地区の入り口を私たちは通過し、早足で戦場に向かう。そこでは既に戦闘が始まっており、毎度の如く見るに堪えない惨状となっていた。
勿論この現場がそのまま地上波に乗る訳ではない。撮影から放送まで約五分間のディレイがあり、その中でモザイクやカットの編集を行い、報道規制に引っかからないギリギリのラインで放送される。
護衛の軍が外側に向けて銃を構える。ここからは移動することなくこの場所から戦場の様子を実況中継する。二代目は地面を蹴り、戦場に切り込んで行った。
勇者は剣を主体としてはいるが、相手は遠距離魔法を使ってくるので役に立つことは殆どない。そのため剣技よりも魔法適性の方が重要視される。敵の懐に潜り込み、掌を当てて魔法を放つ。勇者が対応しきれない方向は軍が何とか補う。戦闘において余裕な場面は無く、常にどちらも命懸けだ。
魔王軍は前衛、後衛で別れた陣形を取っているが、これがまた厄介で、前衛の数で攻める魔法だけに気を取られていると後衛から放たれる強力な魔法により跡形もなく消えてしまう。勇者は常に相手に先を読まれない動きで避けなければならないのだ。
後衛のさらに後方では、負傷した兵士を回復魔法でまた戦場へと送り出す。前線を押し、この場所まで何とか辿り着かなければ、ただの消耗戦にしかならない。
二代目が殲滅魔法の詠唱に入る。護衛らは最大火力で二代目を守り、何とか発動までの時間を稼ぐ。一人、また一人と倒れていき、こちらの死傷者が数えるだけで十を超えた頃、遂に魔法は放たれた。
前衛と後衛、その間からドーム状に広がる。その中に取り込まれたものがどうなっているかは分からないが、例外なく虚無へと奉還されている。
相変わらず凄まじい火力だ、と誰かが言ったが、私には少し弱いように見えた。取り込まれてから悲鳴が消えるまでの時間が長いし、何より零れた臓物がこちらに飛んできている。お陰で左手が血塗れだ。
何とか血を振り払おうとしていると、場の空気がより一層重くなるのを感じた。敵主力だ。後衛と救護部隊の間、敵の最終防衛ラインにそいつらはいつも立っている。
いつもの主力よりも小柄に感じられるそいつは、迫り来る殲滅魔法をいとも容易く切り伏せた。その技には一切の無駄が無く、洗練されたものであることが伝わってくる。
殲滅魔法の切れ目から、何故か祐人の顔が見えた。そして、そこから先の映像は、地上波には乗らなかった。
「では、今回の配信はここまで!ばいばーい」
いつもの締めの挨拶を終えると、マウスカーソルを合わせて録画終了ボタンをクリックする。念の為ショートカットキーの方も何度か押して、パソコンを閉じた。
アナウンサーをクビになってからもうそろそろ三ヶ月が経つだろうか。あれから自堕落な生活を送っているせいか、時間の感覚が上手く掴めない。
私は今動画投稿サイトにて不定期で――ほぼ毎晩なのだが――生放送を行っている。生放送とは言っても顔を出さずに、自分の分身となる絵を自分と連動させて動かす、バーチャルの人として活動を行っている。前職上、人物が特定されると色々と不味いのだ。
昔からゲームは好きなので、基本はゲームの配信をしつつ、偶に時事問題について画面の先の人々と話し合う。アナウンサーとしてのスキルが生きたのか、結構な収入を得ることができた。
なぜ今こんなことをしているのか。単純に、私が前から興味を持っていたからだ。他にやることも無いので、今はやりたいことをやり尽くしている。
テレビをつけると、丁度ニュース番組をやっていた。流れてくる映像と音声をそのまま流す。テレビの情報にはなんの信憑性も無いので、時間を割く必要は無い。
あの日確かに私は祐人を見たが、その真実は世間に全く広まっていない。私以外のスタッフは金で口を無理やり閉じられたし、私も局を追い出された。二代目は当然何も言わない。伝えられる人がいないのだから、伝わるわけがない。
少し前に興味本位で私の担当していた番組を見てみたが、不自然なカットが多用されていて面白かった。祐人が戦場を荒らしているのだろう。
また、地方の防衛率が著しく落ちた。優先度的に低い都市が切り捨てられたのだろう。祐人が敵側について、二代目もあれなのだから当たり前だ。
しかしそんなことは私には何の関係もない。もう報道する義務はないのだ。強いていえば、エゴサは今でも続けている。
もう夜も遅いので、私はオンラインゲームを起動した。
眩しいような気がして目を覚ますと、朝になっていた。どうやら十連勝一歩手前で寝落ちしてしまったらしい。
今日は夜に配信が待っている。実況ではなく、ニュースの配信だ。そういう訳なので、一応テレビをつけつつ私は情報収集を始めた。
まずは今日取り上げるニュースを決める。いつものニュースまとめサイトにアクセスして、面白そうな記事を探し始めた。
魔王軍との戦争が始まってから、ニュースの八割は戦争関連のことになってしまった。私としてはもっとくだらない事件やユニークなニュースを取り上げて欲しいのだが、世間の関心がそこに集中してしまっているのでどうしようもない。
それらをほぼ独り占めしているのが私の局だったのだが……。
「……落ちてるなぁ」
最近はどうやら業績がよろしくないらしく、視聴率は全盛期の三分の二程度にまで落ちていた。
かと言って新たに番組を始める予算がないらしく、八方塞がりだ。戦争中継に必要ないくらい高いスペックの機材をバンバン買うからだ。
……今日は戦争関連の話をしよう。なぜかそんな気になったので、私は情報収集を始めた。
情報収集と言っても闇雲に探すのは効率が悪い。そこでまず、視聴者に情報を集めさせる。
SNSで今日の配信の予定と議題を発表する。そうすると、返信として視聴者の目によって厳選された記事や公式の情報が効率的に手に入る。昔はネット上の情報は信憑性に欠けると思っていたが、今となってはむしろそっちの方が信じられる。
早速いくつかの記事が送られてきた。その中でいつも頼りにしているサイトがあったので、そこから閲覧することにした。
そこでは簡略的に最近の戦況やそれに対する世間の反応がまとめられている。
やはり、地方がかなり切り捨てられていた。栃木や群馬などの知名度の低い県はほぼ壊滅的だし、東京も23区外の過疎地は立入禁止となっていた。政令指定都市である静岡も切り捨ての対象になってしまっている。
しかし、悪化する状況に反して、防衛満足度、信頼度は祐人の時より上だった。人当たりがいいだけでここまで変わるのか。やはり、私はこういう人達とは馴染めそうにない。
一通り見終わり、私はそのページを閉じる。大体の世間の動きは掴めたので、ここからは話の種になるような話題を探す。噂話や都市伝説だ。
出てきたのはやはり阿須木産業。戦争兵器の業界トップシェアを誇る故に黒い噂の絶えない会社だ。
実際この会社の兵器は凄い。現場ではどの兵器も阿須木特有の栗の模様が入っていたし、兵士らの信頼も厚かった。都市伝説が出てしまうのは仕方のないことだとは思うが、会社としては最高峰だ。
特に多いのが実験に関する噂話だ。地下に秘密の実験施設がある、だとか、極秘で核実験を行っている、だとか、怪しい薬の実験で健康被害が出た、だとか。マッドサイエンティストの集まりか何かと勘違いしているのではないだろうか。エンターテインメントとしては面白いのでついつい見てしまった。
と、一通、返信を知らせる通知が届いた。返信の量が多いため、通知は切っていたはずだが……。ユーザー名が文字化けしていて不気味だ。糸へんの漢字とカタカナが交互に羅列されていて、最後は」で終わっている。
記事は同じような阿須木産業の話だった。怖いもの見たさもあり、私は読むことにした。
内容も普遍的だった。研究所がどうのとか、実権がどうのとか、そんな話が書いてあった。怪現象のようなものが起きたが、所詮それはただの偶然でしかないのだ。
私は最後の一文まで読み終わると、身支度をして急いで玄関を出た。
私は見慣れた入口を開けて、そっと中に入る。いつもとは違う夜の会社だが、頭には地図が入っているので迷うことはない。
あの記事の最後には特徴的な記号があった。忘れるはずがない。あれを頼りに今日まで何とか生きてきた。
ここだ。昔私が担当していた番組のスタジオ。思い入れはない。私はスタジオのセットに近づき、所定のマークを入力した。
こんな所に、まさかこんな近くに闇が潜んでいたとは思わなかった。そのセット――扉は、音を立てずにゆっくりと開いた。
中には何もなかった。私は気にせずに足を踏み入れる。瞬間、酷い目眩に襲われた。
普通の会社のオフィスが広がっている。ここがどこなのかは分からない。だが一つだけ分かることがある。ここは阿須木産業の極秘研究所だ。
昔よく嗅いだ化学薬品の独特な匂いがする。その匂いの元はあの先の栗のマークの描かれた重そうな扉の向こうにあるのだろうが、そこに用はない。あったとしても入りたくはない。
手に持っているスマホに通知が入る。私はそこに指定されていた机の引き出しを開けた。中には「平岡 祐人」と書かれたファイルがひとつあった。
ファイルの一枚目には顔写真と簡単なプロフィールが載っていた。年齢から察するに、少し前のもののようだ。
二枚目からは過去の出来事が書かれている。知っている。五歳で父親を失ったことも、小学校では虐められたことも、中学で魔法を発現させて気味悪がられたことも、全て知っている。封印していた記憶が、少し甦った。
そして何十枚目か、私の求めていた、探していた文字があった。
『勇者改造計画とそれに伴う力の制御について』
これだ。これが記事を送ったユーザー……祐人が私に見せたかったもの。頁をめくり、食い入るように文章を読み始めた。
長いようで短い時間が経ち、最後の句読点まで読み終えると、私はそれをファイルから外して持ち帰った。
パソコンの前に座って数時間。感覚のなくなってきた右手は、それでも機械的にF5キーを押し続ける。
きた。今日の戦場速報。私は昨日の内に厳選した荷物の入ったリュックを背負い、急いでその場所へ向かう。そこが最後の戦場。これ以上醜い争いはさせない。
野次馬のフリをして、他の人と同じように平気で避難地区に入る。戦いはもう始まっているようで、「危ないですからこれ以上先へ行かないでください」と兵士が呼びかけていた。
私はリュックの中に手を入れ、それを引っ張り出して兵士らめがけて投げた。
「うわ、なんだこれは!」
「スモーク……奇襲か!?」
彼らが突然の煙に混乱し、魔物と勘違いして戦闘準備をしている隙に私は先へ進む。ここから戦場まではキロあるかないかくらいだろう。とにかく、私は急いで現場に向かう。
聞こえてきた。銃声や魔法による爆発音、兵士の声、どれも耳に馴染んでいる戦争の音だ。
「いるんでしょ、祐人!」
私は力一杯に叫ぶ。刹那、大きな爆発が起き、二代目がこっちに吹き飛んできた。砂煙の先にいるのは勿論祐人だった。
「新田アナ!?どうしてこんな所に」
二代目が私に気づき、即座に守るように前に立つ。驚くのも無理はない。一般人がここに居てはならない。
「祐人、あんた殺されそうになったんだってね……」
「麗奈……そうか、見てきたか。よく気付かれずに入れたな」
祐人は強制的に魔力を流し込まれ、身体を壊されそうになっていた。阿須木の連中は、祐人を改造して思うがままに動くようにし、真の戦争兵器にしようとしたのだ。
魔力を限界以上に取り込むと、身体はエネルギーに耐えられず壊れる。祐人はそうなる前に、命かながら逃げ出したのだ。
「俺に……同族にあんなことをするような人間は世界に必要ない。俺の手で絶滅させるしかないんだ」
「待てよ、どういうことだ」
この空間において唯一真実を知らず取り残された二代目が、困惑した表情で尋ねる。
「俺はお前の父親に殺されそうに……いや、殺されたんだよ、阿須木」
二代目……阿須木 誠也はさらに困惑したようだった。無理もない。正しいと思っていたであろう自分の家族が、間違ったことをしたと言われて信じる人は少ない。
「そんな訳ないだろ、親父はいつも戦争が終わることを願ってた!」
「……阿須木さん、信じられないかもしれないけどこれが真実よ」
そう言って私はリュックの中からあの書類を出して二代目に渡した。二代目ももう戦意はないようで、剣を手放し書類を読み始めた。
「お前の父親は最低だ。あいつは自分の利益のことしか考えてない」
祐人がそう言うが、二代目には聞こえていないようだ。次第に二代目の手が震え、目が潤い始める。書類を涙で濡らし、絶望しているようだった。
「そんな……そんな……お、やじ……」
「阿須木産業は戦争で金儲けを企む戦争屋だ!」
「違う!俺たちはただ人を死なせたくなくて……」
彼は現実から逃げていた。その姿が、どこか私に重なる。でも、彼が逃げている真実は、既にそこまで迫っている。
「丁度麗奈もいる。なぜこうなったのか、俺が説明してやろう」
そう言って、祐人は私も知らない物語を語り始めた。
その昔、裏社会で武器商人をしていた者がいた。彼は海外から独自のルートで武器を輸入していたが、ある日そのルートが使えなくなってしまった。
男はそれでも武器商人を続けた。彼は表向きは一般的な企業を作り、裏で武器を大量に生産し始めた。そうしてできたのが阿須木産業だ。
阿須木は武器を売ることで十分儲けていたが、欲が深かった彼はもっと儲けるために何か策はないかと考え始めた。
そんな時、異界から侵略者が現れた。人類は戦わざるを得なくなり、武器の需要は格段に上がった。
彼はそこに目をつけた。今までの裏社会での暗躍に目を瞑る代わりに武器を生産することを政府に申し立てたのだ。
政府は初めは渋ったが、阿須木の確かな品質を認め、契約を交わした。政府には多額の金が贈られた。
阿須木の武器はたちまち日本中に広まり、業界トップシェアを取った。次いで阿須木は防具や戦車、化学兵器の開発にも取り掛かった。
ある日、阿須木はニュースを見ながらふと気づいた。世間は戦争の状況が気になっている。自分の地区はどうか、日本は勝っているのか、死者は何人か。
普通のテレビ局ではそれらの情報は掴みづらい。安全ではないからだ。
彼は秘密裏にテレビ局を建て、戦況を報道するようにした。会社には鐘を寄付し、これもまた成功した。阿須木は魔王軍と自分の兵器を使って戦うところを撮影し、更に利益を上げたのだ。
勇者は戦場の華のような存在だった。圧倒的な強さを誇り敵を殲滅するその姿は、人々に興奮と安心を与えた。あろう事か、阿須木はその勇者をも私物化しようとした。
「阿須木は俺から思考を奪い取り自分の人形にしようとした。だから俺は、そんな醜い人類を滅ぼすことにしたんだ」
私の思っていた以上に、阿須木は最低な人間だった。私がそんな奴の会社に貢献していたと思うと反吐が出る。
「知ってるか?戦が始まるきっかけは、いつも人間側の攻撃なんだぜ。それに魔物は、悪の心がない。悪魔と契約した時に喰われるらしい」
驚いた。魔物はもっと獰猛で残虐なものだと思っていた。テレビはもう信じていないと思っていたが、まだ潜在意識に染み込んでいるものだ。
人間は許せないことをした。自分の利益のために相手のことも考えず、殺戮をした。特に阿須木はその戦争の種となる兵器を開発し、誰よりも金を優先した。だとしても。
「だとしても……それで人類を滅ぼすのは違うだろ!人間はそうやって失敗をして、学んで、前に進むんだよ!」
そうだ。人間は必ずしもどこかで失敗をする。一部の人間は失敗を省みない。だからと言って、そんな一部の人間の影響で全ての人間を殺すのはおかしい。祐人はそういう人の業に殺されかけた。きっとどこか、彼は狂ってしまったのだろう。
「お願いだ、親父の分は俺が謝る!だから……戻って……!ッカハッ!?」
そして、きっと私もどこか狂っている。二代目の背中にナイフを刺しながら、そんなことを思った。
「どう……して……!?」
「私、お前みたいな奴が大っ嫌いなの。自分が正義と信じて疑わない偽善者。そういう奴は肝心な時に見て見ぬふりをするんだよ。実際、お前は祐人のことを世間に公表しなかったじゃない。」
ふとまた、嫌な記憶が蘇る。クラスの中心人物で皆からの人気も高かったあいつは、私たちへのいじめを目撃しても何もしなかった。助けてくれなかったし、報告もしなかった。
「ありがとう、麗奈。ほれ、例の薬品だ」
「もう出来てたんだ……じゃあ失礼して」
プスリ。注射の痛みが脳に送られる。ボールペンよりは痛くない。
この薬は実際に祐人に投与されそうになった魔力を増強する薬だ。限界以上に魔力を流し込まれた身体は壊れ、魔物として再構築される。
私は自分の心から悪意が消えるのを感じた。すっと、憑き物が取れたような、気持ちいい感覚。これで私は純粋に、人を絶やすことができる。
醜悪の根源 Toa @oAkaki
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