ハルノココロ(転)

 立っている時間が仕事の大半を占める。ただぼんやりとしているのではない。不審に思われない為に喫煙所でタバコを吸いながら、を使ってまずはランクが高い子を探す。魔法少女は13歳からじゃないとスカウト出来ない上に、寿命が短い。女は男よりシビアなのだ。何時迄いつまでも夢見る少女でいるわけではない。


 俺がシロ叩きを好むのには二つ理由がある。

 一つ目は名簿リストで回っている子は、身内、または近い親戚の中で過去に魔法少女経験者がいる女の子達だ。魔法適性は基本的に遺伝する。でもそれはあくまでも魔法の適正だけの話。普段送っている日常と魔法少女の二足の草鞋わらじを履いた生活に耐えてくれる程、俺たちには契約料とは別に毎月インセンティブが入る。経験者にまで隠蔽いんぺいの息は完全に届かないから、周りに相談できる人がいると辞めやすい。苦労してスカウトしたのにすぐに引退されるのはキツい。


 二つ目は好みの子を選びたいからだ。見た目ではなく、条件。俺は他のスカウト連中が好むような何か理由や事情があるような子は選ばない。俺が一番重視するのは、余裕がある子。家庭環境や友達関係。何か熱中している趣味があったりすると尚の事良し。精神的にも時間的にも出来るだけ余裕がある子が良い。


 今日は目をつけていた一人を叩く事にした。

 名前は春乃こころ。制服を見れば何処の高校か分かるし、リボンの色とかで学年を区別するものを身につけていれば学年もすぐ分かる。簡単な情報は安い金で探偵に特定させて、後は自分でやる。会社から経費でちょろまかしたお金がタバコ代なので出来れば出費は抑えたい。今から一番肝心なファーストコンタクトまでの作業に入る。


「よし。SNSやってるなら特定するか」


 探偵頼むと高いしな。SNSは色んな情報が手に入る。個人情報ただ漏れの子は、後々トラブルが起きそうなのでスカウトする前の地雷判断にもなる。俺が得意とするのは『出来るだけ疑問に思わせず誘導し契約させる』やり方である。


 今回用意したのは手紙。中身は宮内に書かせた。利き手じゃない左手で全部ひらがなでわざと下手くそに。内容は『おとうさん。いつもありがとう。おしごとがんばってね まさとより』だ。書かせた紙を折り紙で作った封筒に入れて準備完了。


 行動に移したのは金曜日。手芸教室があるようなのでいつも同じ時間に帰宅している。人が少なく落とし物が目立つ場所が良い。自宅の場所が商店街の少し外れにあって道が狭かったので、最寄り駅で降りたのを確認してダッシュして先回りした後、春乃こころの自宅が見える位置の道のど真ん中に置く事にした。赤い折り紙で作った封筒の中を開けて少し手紙が見えるようにして、後は影から見守るだけである。


「……ん?」


 五分後。何も知らない春乃こころがいつものように道を歩き、立ち止まった。上手くいったようで手紙をちらりと見た。


 さて、彼女はどうするか。


 春乃こころはキョロキョロと周りを見渡すが誰もいない。少し考え混むように上を見上げて、振り返ってまた歩いてきた道を戻って行った。多分、交番に向かったのだろう。

 失敗するのが前提である。そもそもSNSをやっていないと意味がないので、その場合は別の方法を考えるしかない。


 

 結果が分かったのは3時間後。丁度家で飯を食っている時だ。世田谷区 手紙 で検索したらすぐに出てきた。リツイートも一万近くあったので見つけるのに苦労しなかった。


『道に落ちていました! 世田谷交番に届け済みです。落としたお父さんがTwitterをやっているなら見つけられるように、皆さんご協力お願いします!(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)』


 アカウント名はココ。きっとココちゃんとリツイートした奴らには、小さな子どもが書いた手紙に見えているのだろう。俺はただ後輩に無理やり父親への感謝の手紙を書いてわざと落としただけ。人間というのは自分が判断した事は基本的に疑わない生き物だ。文面は嘘ではないから宮内にギアスの警告はかからない。


「──何をニヤニヤしてやがるですかこのペテン師。野菜炒め食べすぎて頭おかしくなったですか?」

「……あのな真琴まこ。もやしを炒めただけの料理は野菜炒めじゃない。もやし炒めだ。悲しくなるから見栄を張るのはやめよう」

「ち、違うもん!! もやしは野菜だから塩胡椒で炒めたら野菜炒めだもん!! 」

「……わかった。そうだな野菜炒めだな。美味しいよ。明日も学校だろ? 早く寝ろよ」



 次の日、一番大切な出会い頭の印象作りに取り掛かる。何を話すかなんぞ二の次三の次。好印象は会う前から準備がいる。


「だからお願いしますよお巡りさ〜ん。連絡してくださいよ〜」

「だから無理だって! 本人もお礼は要らないって言ってるし連絡先は教えられないよ」


 そんな訳で警察を強請ゆする事にした。


「会社経由で申請出したでしょ? ちゃんと協力してよ。高校生相手とか適当に落とし主がどうしてもお礼したいとか適当に言っとけば一発じゃん」

「アンタはまた人の善意に付け込んで……」

「善意? 何言ってんの。俺はただ手紙を見つかるように落として、向こうが勝手に勘違いしただけ。わかる?」


 らちが明かない。もう三十分以上同じ会話が続いている。ああ、イライラしてきた。周囲の警察の視線が刺々しい。


「…………また来たのか田中」

「お、飯田さんじゃん久しぶり。聞いたよ、警視になったんだよね? おめでとう」


 苦労した分だけ顔にシワが刻まれた飯田さんがわざわざ会いに来てくれた。


「この人毎回毎回頑固でさ。何か言ってやってよ」

「……言う通りしてやれ」

「ですが副署長!!」

「山地」


 もう一度名前を読んだだけで、渋々と頑なだった警察は裏へと回った。


「へぇー。すごいじゃん副署長」

「思ってもないこと言うなよ田中。ショック死しても知らんぞ」

「いやいや。本当に思ってるからさ。ギアス作動してないでしょ?」


 他愛のない会話をしていると頑固な警察が戻ってきた。


「……コレ、相手の子の電話番号。どうしてもっていうならって」

「あざーす」

「……俺はあんたみたいなのが捕まえられないのが悔しいよ」

「あ? 刑事でもないのに何言ってるの?」

「田中やめろ。下まで送ってやるから早く行くぞ」


 エレベーターに乗ろうとしたら階段の方に引っ張られた。マジかよ。嫌々ゆっくりと階段を降りている時、飯田さんにたしなめられた。


「何で毎回あんな言い方をするんだ。警察を敵に回してもいい事ないぞ」

「わかってるよ。ただ、正義ズラ出来るやつは羨ましいなと思ってさ」

「俺の前でそれを言うか。偉くなったなお前も」

「社会的な地位が違うだけで俺と同じ悪党でしょ。俺が地獄に行く時は飯田さんも一緒だから。あと田部さんもね」

「田部は元気にしてるのか?」

「うん。なんか知らないけど脱サラして喫茶店やってますよ。今度一緒に冷やかし行きますか?」

「断る」


 半分降りたところで二人して息が荒くなった。辛くなったのでエレベーターを提案したが拒否されて、結局最後まで降りる事になった。


ひじり

「……何ですか?」


 俺が外に出る手前。いきなり名前を呼ばれた。本当に久しぶりに呼ばれたので一瞬自分の名前だと認知できなかった。


「お前はまだやり直せる」

「何ふざけた事言ってるんですか。俺は絶対辞めませんよ」


 警察署を出て貰った番号に電話をかける。


『──はい。もしもし』

「突然すみません。私、田中と申しますが、春乃さんのお電話番号で間違いないでしょうか? ──────」



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪徳【魔法少女】スカウトマン俺 たろう。 @tarou-tana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ