ハルノココロ(承)
「ういーす宮内。今日早いな」
タイムカードを押して、事務所の喫煙所に行くと後輩の宮内が居た。
「おはようございます。今月の名簿リストの女の子、全部断られちゃって……シロ(ノーマークの女の子)叩かない(スカウトしない)といけないから、早めに出てきたんですよ」
ウチの会社の本業は大手芸能プロダクションだ。マネージャー志望で入社したのに真面目そうだからと裏の魔法少女スカウト課に回された、可哀想な大卒の入社2年目の男である。
「渋谷区担当だろ。いいとこ回されてんだからとシャキッとやれよ」
「すみません。声かけるのには慣れたんですけど、その先から上手くいかなくて……マニュアル通りにはやっているんですけどね」
「だから上手くいかねぇんだよ。お前逆の立場だったとして、丁寧で誠意を持った態度とか関係なく『今お時間良いですか? 私、芸能プロダクションpickの宮内と言います。魔法少女やりませんか?』とか言われてついて行くのか?」
煙草に火をつけた。まだ缶コーヒーでもあれば、日曜日に出社しないといけない憂鬱な気分も紛れたかもしれないが、如何せん給料日の一週間前は130円すら惜しい。
「言ってる事はわかりますけど、ギアスがあるじゃないですか」
「合わないと思うんなら早めに辞めろ。金がもらえる泥遊びのつもりで沼に足を突っ込んで、底無しだって気付いた時にはもう遅いからな」
「嫌ですよ。僕、まだまだ頑張りたいんで。そう言えば、田中さんってシロ叩きめっちゃ強いですよね? しかも審査高い子ばかり。何かコツとかあるんですか?」
適当にあしらおうと思ったが二本目の煙草に火をつけようとした時に、すごくコーヒーが飲みたくなってしまった。
「……教えてやらんでもない」
「本当ですか!?」
「ああ。重要、というか大切なのは自分の得意なパターンを作ることかな。あ、でもこの前辞めた小原みたいに相手がガキなのを良い事に色恋沙汰で誘惑するようなのは絶対辞めろよ。ミイラ取りがミイラになるな。TPOが一番大切。以上」
「……それだけ?」
たこ焼きだと思って食べたらタコが入っていないのに気付いた顔をした宮内。
「飯の種をタダで教えるわけねぇだろ。お前朝飯食ったか? 今から飯食わせてくれよ。ステーキでいいぞ」
「いやいやいや。ステーキは高いですよ。田中さんみたいに稼いでる訳じゃないからバイトみたいな給料しか貰えてなくて金ないし」
「仕方ねぇな。ならコーヒーでいいか?」
「……それくらいならいいですけど。田中さんブラックで良いですよね?」
喫煙所の隣にある自販機に渋々と向かった。火をつけて三口吸った時に戻ってきた宮内に渡されたコーヒーの缶の蓋を開ける音が、暫く飲んでない生ビールの蓋を開ける音に聞こえた。
「まぁこんな感じかな」
「……どう言う事ですか?」
「相手に何かして欲しい事があった時は、先ずはデカイ事を要求するんだ。俺は缶コーヒーが飲みたかったけど、お前が金がねぇのは知ってたから奢って貰えるかわからなかったからな。だから先ずはステーキで、断られた後に、本命を通す。お前さっき『ステーキ奢らされるくらいなら缶コーヒーがいいかな』って思っただろ。“それが大切”なんだ。もう一つのコツとしては出来るだけ相手に判断する時間を与えないことかな。だから今からステーキ食いに行こうぜな訳。普通に考えて朝からステーキ食える訳ねぇだろ。開店時間までまだ2時間くらいあるし」
しっくり来ない顔をした宮内。
「……女の子に魔法少女になる事を要求する以上にデカイ要求ってありますか?」
「……なんでお前はいきなりそこと結びつけるんだよ。どんだけ仕事出来るような奴でもいきなりスカウトできる訳ねぇだろ。俺は過程の話をしてんだよ。過程のよ。お前まさかマジでいきなり『魔法少女興味ないですか?』とか言ってないよな?」
「言ってますよ。だってギアスあるじゃないですか」
「アホかお前は。渋谷警察のホームページの不審者情報に、若い女性に魔法少女に興味ないですか? と聞く二十代前半の男性とか載ったら末代までの恥だぞ」
実際のところ国と結びついているのでそんな事はあり得ないわけだが。
気が重くなってきた。コイツ確か研修期間中は敦盛の下についたんだったか。あれがまともに教育出来るわけがないと思っていたが、まさかここまでとは。
「アレだ。会話の基礎からやり直しだな宮内。先ずは挨拶だ挨拶。何で挨拶が大切かわかるか?」
「するのが常識だからですか?」
「違う。挨拶は全然知らない人とも、関係が薄い人ともやっても不自然に思われない。だから会話の入り口としても使えるんだ。さっき俺が喫煙所に入った時、俺から挨拶したけど、お前から挨拶したとするならなんて声かける?」
「おはようございます田中先輩。かな」
「そうだな。でもそれだと相手が挨拶だけ返してきたら会話が途切れるだろ。また切り出さないといけない。相手と会話を繋げたいなら、挨拶した後に言葉を足せ。俺はお前に挨拶した時に『ういーす宮内。“今日早いな”』って言ったと思うけど、挨拶の後に言葉を足せば自然と会話に繋がるんだ。会話で食ってんだから日頃からそういうのは気を付けろ」
「……成る程。ちょっとコツがわかったような気がします」
「良し。なら早速実践だな」
「お、良いですね。渋谷と世田谷どっち行きますか?」
「何でお前と一緒に仕事しねぇといけなんだよ。大の大人2人とか怖がられるだろ。今からお前の愛しの涼子をデートに誘ってこい」
「……何で田中先輩、僕が事務の松谷さん狙ってるって知ってるんですか?」
「あんだけデレデレしてたら誰でもわかるわ。ほら、いくぞ」
「無理、無理ですよ!! ステーキ奢らされるより無理!! 二人きりだとあがっちゃってダメなんです。頭真っ白になるんです!!」
「なんで出会い頭に初対面の女の子に『魔法少女興味ないですか?』とか聞く男が恥ずかしがってんだよ。おかしいだろ」
暫く肩を叩いて背中を押すが宮内は動じない。子どものように赤く染まった顔を見ていると、多分このまま何もないまま宮内の恋物語は始まる前に終わるのだろうと予想がついた。
「た、田中先輩のお手本見てみたいです! 僕、女の子と2人で遊園地とか行ったことないしデートの仕方とかも気になります!」
「なんで俺が涼子と遊園地でデートしないといけないんだよ。気まずいわ」
「だったら飲みに行くとか。ほら、僕もいれば二人きりにもならないし」
「まぁそれなら……」
「田中先輩。お願いします。もし成功したら本当にステーキ奢りますよ」
「え、マジで?」
「マジですマジ」
「宮内。少しだけ待て」
スマホで調べたらお持ち帰り出来た。良し、今日の夕食はステーキに決まりだ。
「よし、行くか。ステーキは500gで頼むわ」
「はい。田中先輩。よろしくお願いします!!」
気合を入れて二人で喫煙所を出る。自販機を通り過ぎたところで、俺は言った。
「……宮内」
「……何ですか?」
「お前案外飲み込み早いな」
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