ハルノココロ(起)
店内を彩るジャズの音が、
嗚呼、煙草が吸いたい。延命処置の口臭清涼剤を三つ口に含んでゴリゴリと食べて、マスターに声をかけた。
「田部さ……マスター。音もっと小さくならないっすか? 今日アポ取った子、声小さいんすよ」
「うるせえぞ。なんでわざわざウチ使うんだよ」
「ジャズ好きらしいんですよね。後、雰囲気だけはいいじゃないっすか。ここ」
「死ね」
ちゃっかりと音量は少し下げてくれた。──遅い。腕時計を見ると、約束の13時を30分過ぎていた。三茶の裏路地のわかりにくい喫茶店を指名したのが不味かったか。もしくはバックれられたか。
一応連絡だけはしといた方がいいか。スマホでラインを開いた時に、カランと鈴の音が鳴った。人混みを必死に泳いできた汗の
「遅くなりました! ごめんなさい」
「走ってきたの? わざわざありがとね。疲れたでしょ。とりあえず座って。マスター、おしぼり下さーい。後、メニュー表も」
ニッコリと笑った俺を見てホッとした顔の少女──春乃こころはもう一度頭を下げて、『失礼します』と向かい側の席に座った。
上品な白のワンピースだが、袖の部分だけは透けている。汗で張り付いた服と髪に、運動の熱に蒸された熟す少し前の唇が誘う様に色っぽい。
「いやー良かった。(バックれられたかと思って)めっちゃ心配してたんだよね」
「ごめんなさい。家を出て駅に行く途中に色々あって。スマホも充電してたつもりだったんですけど、コンセントが抜けてたみたいでバッテリーが無くて、連絡出来なかったんです」
マスターがメニューと水を持ってきた。お洒落な洋風のメニュー表を春乃こころに渡す。
「ここは俺が出すから。遠慮しないで好きなの頼んでね」
「いえそんな。悪いですよ」
「こころちゃんにジャズ教えてくれって言ったの俺だしさ。(経費で落ちるし。昼飯食いたいから)気にしないで、受講料だと思ってくれれば。この店タピオカティーあるらしいよ」
「ねぇよ!」
「このお店、よく来るんですか?」
「……うん。ジャズ好きだって言ってたからここがいいかなって思って。このノンアルのカルアミルクとかカシスオレンジとかオススメだよ。迷ってるなら是非」
「そうなんですね。……私、カルアミルクにしようかな」
「ちょっと
「んー。ならこのデリシャストーストで」
「わかった。マスター! カルアミルクとデリシャストースト。後、ブラックコーヒーとカツサンド。シーザーサラダも下さい」
注文を終えた後、切り出す隙を伺いながら話を始める。
「遊ぶ時、三茶とかよく来るの?」
「行かないですね。友達と遊ぶ時はやっぱり渋谷が多いかな」
「やっぱりそうなるよね。俺も高校の時は友達と渋谷でよく遊んでたかな。ビリヤードとかボーリング好きだったから。こころちゃんは運動とか得意な方?」
「あんまり得意ではないですね。苦手、かな」
「そうなんだ。俺も社会人になってから、やる機会が無くなって下手くそになったんだよね。休みの日も(借金のせいで金ないから)ほとんど家いるし。あ、こころちゃんスマホ充電する? 俺、USB持ってるから頼めば充電してもらえるよ」
「そうなんですね。すみません田中さん。お願いします」
「わかった。スマホ預かっとくよ。料理来たらお願いしとくね」
可愛らしいウサギの型のカバーケースに入ったスマホを受け取った。良し。これで準備完了。後は、今まで接してきて得た情報と、信用を元に切り崩していくだけだ。
「ここのお店。昼は喫茶店だけど、夕方はBARになるんだよね。マスターは会社の元上司というか師匠なんだ。よくたか……ご馳走になってるよ」
「そうなんですね。だから仲良さそうだったんだ。田中さんって営業のお仕事されてるんでしたっけ?」
「うん。そうだね。正確には──」
待ってましたと胸元に入れていた名刺入れから名刺を出す。突然渡された名刺に困惑した顔をして、表彰式の表彰状みたいに名刺を受け取った。
「俺はスカウトマン。魔法少女のスカウトをしてるんだ」
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