# 18

 水曜日。トラブル発覚から2日。


 昨日の午後、今回の誤計算問題の対応方法が決まったと情報が下りてきた。


 まず、対象顧客全員にお詫びとお知らせの書面を送付したうえで、過徴収者には速やかに口座振込にて対応。過少徴収者には営業職員が個別に訪問、手続き方法について案内し同意を得た場合にのみ、不足分を徴収することとなった。


 その対応が決定するまでの営業部門との抗争や、実際に訪問を行う末端の営業現場の苦労は、想像するだけで頭が痛い。


 そして今朝、対象者へ送るための書面のデータが連携されてきた。今回のトラブルの概要と、謝罪の文言、そして今後の対応について記載した文書だ。過徴収者宛てと過少徴収者宛てとで内容が一部異なり、それぞれの場合の手続き方法が記載される。


 書面はすでに発送準備に入っており、今日の昼の便で発送されるという。


 その書面には、問い合わせ先としてコールセンターの電話番号が載る。電話を受けるのは普段問い合わせ対応をしている大洋生命テレサービスだが、電話番号は通常のものとは異なり、今回の問い合わせ用に割り当てられた専用の番号を使用する。そうして、ベテランのオペレーターだけがその電話を受けられるように設定をするのだ。


 書面のデータとあわせて、書面を見て問い合わせてきた顧客の質問に答えるための想定Q&Aの案も作成中だ。緊急対策会議の方で、顧客から寄せられそうな質問とその回答を簡単にまとめてくれているのだが、こちらはまだ叩き台だ。事務統括部とコールセンターの方で、回答の内容が不充分なものについて指摘をしたり、ありそうな質問を追加したりするのだ。最終的に回答をまとめてゴーサインを出すのは緊急対策会議の方だが、顧客から聞かれそうなことが分かるのは、普段から顧客と接している側だということだ。


 その業務を古山が担当しており、先程から古山がコールセンターの担当者と電話する声が聞こえてきている。佑希はその声をバックに、明日からのオペレーターの人員配置に関する計画書に目を通している。


「――ええ、それと、契約者の家族が書面を見て電話してきた場合は本人からの架け直しを依頼するっていうのが、もし了承してもらえなかったらってことですよね」


「――そうですよねー。ちなみに、そういうときって、普段だったらどうされてますか?」


「――あー、それもそうですよね。もしそれでも納得されなかった場合ってことですよね。一応、それも確認してみますね」


 そしてしばらくの静寂ののち、古山からコンプライアンス部に宛てたメールが、佑希にもCCで届く。古山のメールを打つ速さに佑希はギョッとする。


 メールの添付ファイルを確認していると、また古山の声が聞こえてくる。


「事務統括の古山です。お疲れ様ですー。先程送らせていただいたメールの件なんですが、今、大丈夫ですか?」


「――ええ。コールセンターとしては、そういったことを心配しているようなんですけど、そういうときは都度状況に応じて確認させていただくということで――」


「――ただ明日の10時にはウェブにもニュースリリースが載るじゃないですか。そこで公開する内容までは変に隠すこと――ええ、大丈夫ですよね。それで、そのニュースリリースの情報と想定Q&Aってそろそろ――」


「水野さん、ちょっと頼めるかな」


 前島に呼ばれて、佑希は席を立つ。


 前島からのややこしい仕事の依頼と、この忙しいのにまた余計な長い愚痴を聞かされて席に戻ってくると、まだ古山は電話をしていた。


「――それなので、『弊社ウェブサイトで公開しております通り、一部のお客様に保険料の引き落とし金額の誤りが発生しておりました。つきましては――』って具合で案内していただいて――」


 どうやら、今度はまたコールセンターと話しているようだ。


「そのうえで、個別に何かあった場合はご相談いただければ、こちらで対応を検討いたしますので――ええ、いつものフォーマットで大丈夫です。詳しくは、Q&A一覧を改めてメールしますので――」


 相変わらず、古山の“翻訳力”は秀逸だ。


 現場からの細かな意見と、上からの大まかな方針。どちらの立場も理解したうえで、それらが互いに伝わるように、不要なところを省き、求められている文言をつけ足す。


 それはこの仕事には当然必要なスキルなので、佑希自身も普段から心がけていることではあるが、古山はそれをもっと自然体でやってのけているように見える。


 古山はこの仕事をただの調整役だと言っていたけれど、本当にそうとしか思っていないのだろうか。


 そんなことはなく、佑希の目には、古山はもっとこの仕事に誇りを持っているように見えるのだ。


 ◆


 夕方になってQ&Aも整った。佑希は、必要な時にすぐ取り出せるよう、一覧を紙で印刷し、改めて眺める。


 なぜこのようなミスが起きたのか。他の商品の保険料は正しく引き落とされているのか。返金の手続きが面倒なので、次回の引き落としの際にあわせて引き落としてほしい。等々。そして、


《そちらのミスなのに、客に返金を求めるのか》


という、足りなかった分の保険料を返金してもらわなければいけない顧客から、絶対に来そうな質問もある。それに対しては、お決まりのお詫びと説明の文言の後に


《複数回お詫びと返金依頼を繰り返しても納得されない場合は、SV判断で返金免除可能》


との注意書きがある。


 ごね得だよなあ。佑希は心の中でつぶやいた。


 ごね得といえば、最初に支部に乗り込んできた顧客は、昨日の夜、支社の責任者が豪華なお詫びの品を持参したら、それにご満悦で事態は丸く収まったとか。もしかしたら、初めからお詫びの品が目当てだった可能性もある。


 一方、コールセンターに架けてきた顧客は、事情を説明したらすぐに納得してくれたという。そういった顧客が大半だと思いたいが――


 明日の10時になったら、大洋生命のウェブサイトにお詫びとお知らせのニュースリリースが載る。対象者への文書も、早いところでは明日に届き始めるだろう。つまり明日には反響の問い合わせがあるということだ。


 無事に乗り切れますように。佑希は祈った。

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