# 7

 同日、昼休み――


 佑希は、社員食堂で恵人の姿を見つけた。


「お一人ですか?」


 佑希が声を掛けると、スマホを見ながら食事をしていた恵人は慌てた様子で向かいの座席に置いた荷物をどかしてくれた。


「おじゃまします」


 そう言って佑希は席に座る。


 ◆


「――飛び降りの騒動で退職して、しばらくは無職でした。一時期飲食のバイトもしていましたが、体力的に厳しくなって、派遣会社に登録して、ここへ」


 恵人は、パスタをフォークに巻きながら話す。


「そう……っていうか、飛び降りの話って本当だっだんですね」


「嘘だと思いました?」


「てっきり、私を説得するためかと……何が、そんなにつらかったんですか?」


「前はSEだったんですけど、いろいろ大変で」


「そうだったんですね。SEさんって大変なんですね……」


「まあ、コード書いたりするのは好きなんですけどね。学生のときから、自作のHP作ったりしてましたし」


「へえ! すごいですね」


「まあ、たいしたやつじゃないですけど」


「それでもすごいですよ。そういう専門の大学だったんですか?」


「いや、自分、大学出てないです」


「あ、失礼」


 “学生のとき”と言うからてっきり大卒かと思ったのに。気まずくなってしまうではないか。


「うち、お金なかったんで、大学は行かせてもらえなかったんですよ」


 恵人は軽い調子で言った。


「そんな、奨学金とか使わなかったんですか?」


 そう言ってから、しまったと思った。失礼な上に的外れな質問だった。


「あー、そうですね……」


「あ、いや、そりゃあいろいろありますよね」


 どうせ大卒には分からないだろうな、そんな心の声が聞こえてきそうだった。佑希は豆腐ハンバーグを切り分けながら、次の話題を探す。


「ところで」恵人は言った。「声を掛けていただいて、僕の話ばかりで。何かお話でもあったんですか」


 佑希は顔を上げた。


「お礼を言いたかったんです。助けていただいて」


「いや、お礼なんて」


「きっと」佑希は皮肉っぽく笑った。「大卒エリートの悩みなんて、くだらないと思うでしょうね」


「そんなことないです」恵人はまっすぐに佑希を見た。「どうしてそんなに思い詰めてしまったのかと」


「それは……」


 佑希は箸を置いた。


「男性と同じように、全力で仕事に打ち込むことこそ自分の生き方だと思っていました。けれど、周りを見れば、結婚に出産に寿退社。そんな姿を羨ましく思ってしまう自分がいます。けど失った時間はもう戻らない。自分の人生、何だったんだろうと」


 堰を切ったように、言葉が溢れ出た。


「結婚がしたいんですか?」


「えっ?」


「いや、仕事に打ち込むより、家庭に入りたいってことなのかと」


「失礼ね」


 ムッとして、佑希は言った。失礼なことを言ったのは、お互い様だったが。


「……すいません」


 また静かになってしまった。恵人は、自分より先に食べ終わったパスタのフォークを揃えている。


「そういえば、自作のHPって、今でも見られるんですか?」


 会話を繋ぎ止めたくて、佑希は訊いた。


「いや……黒歴史ですし」


「ってことは、まだ残ってるんですね。見たいです」


「いや、残ってないです」


 恵人は顔を赤らめた。佑希はそんな恵人の顔をじっと覗きこむ。


「……いや、残ってますけど」恵人は目をそらした。「たいしたもんじゃないですよ」


 そう言って、恵人はスマホを取り出す。検索ウィンドウに文字を打ち込み、ページを開く。佑希は身を乗り出して覗きこもうとした。


「そんな乗り出さなくても。はい」


 そう言って、恵人はスマホを佑希の方に差し出した。


 濃い黄緑の背景に、イタリック体で『KATE'S HOMEPAGE』と記載がある。


「へえ、最終更新2009年って、結構長いことやってたんですね」


 恵人の過去を垣間見ていると思うと、わくわくした気持ちになる。自然と口元が緩む。


 すると、そこへLINEの通知が入った。女性の名前だった。


 佑希はスマホを恵人に返した。


「彼女ですか?」


 スマホを受け取ると、恵人は吹き出した。


「母親ですよ」


「なあんだ。つまんないの」


「非常につまらないことに、僕にLINEをくれるような女性は、母親だけなんですよ」


 恵人は、本当につまらなそうな顔をしてそう言った。その顔があまりにおかしくて、佑希は笑った。


「そんなにおかしいですか」


「あはは、すみません」


「もう」


 その様子を、古山が遠巻きに眺めていた。古山は眉に皺を寄せ、2人の笑顔を見つめていた。

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