振り返れば、君がいた気がして

あきふれっちゃー

振り返れば、君がいた気がして

 大学を出てから何度目かの春が来た。

昔は、その鮮やかさに感動させられた桜も、心地よさに目を細めた春風も、今はただ無感動に通り過ぎていく。

社会に出てからの日々は、正直な所覚えていない。

気が付いたら、今この時にいる。


 朝の公園は、そこそこの数の子供たちで盛りあがっている。

僕は別段子供が好きなわけでもないし、公園に来ることを日課にしているわけでもない。

ただ、今日はなんとなく来ただけだ。

 まだ、義務教育も始まっていないような年端も行かぬ少年少女が楽しそうに遊びまわっている。

多分、僕にもその時期はあった。

 あった。 という曖昧な表現を使うのは、僕自身の記憶の中ではもう風化してしまっているように感じるからだ。

殆どの記憶は、両親が撮りためていたビデオカメラの映像を通してしか思い出せない。

 ……ただし、今でもある一つの事についてだけはハッキリと思い出せる。

それは、いくつかに連なった出来事で、何かをキッカケに僕はそのことをよく思い出した。




 幼かった頃の僕は、保育園に入れられていた。

入れられていた。なんて表現を使うが、嫌だったわけじゃない。 あの頃の感覚なんて記憶にはないけれど、そこそこ楽しんでいたと思う。

 ただ毎日を無邪気に過ごして、気が付けば小学校に入学して。

 彼女に出会ったのは、そうやってただ過ごしていた日常の中での一つの出来事のうちだった。

けれど、僕にとってはとても大きな出来事だったんだと、後になって思った。


 初めに彼女を認識したのは、小学生でも二年生に上がってすぐの頃だった。

一年生の頃は彼女とはクラスも別で、特段触れ合ったような記憶もない。

二年生になってからは……そう、僕の席の後ろが彼女の席だったんだ。


「今日からよろしくね」


 最初の登校日、彼女は前の席の僕の肩をつついて、そんな事を言ったと思う。


「うん、よろしくね!」




 なんて、僕も無邪気に返していたっけ。

 さて、今日はちょっと早めに昼食を摂ろうか。

行ったことのないようなお洒落なお店を探そう。 本格的に店内が混み合う前に、済ませてしまおう。

 電車に乗って、住宅街から出る。 いつも見慣れた景色だけれど、時間帯のせいか少し違った印象を受ける。

 下調べをしていたわけではないけれど、なんとなく気になる店にふらっと入って、注文をすました。

案内された席で注文を待つ間、先程の続きを思い出す。




 最初の頃は、それほど彼女と交流があった記憶もなかった。

ただ同じクラスの一員というだけで、月日は過ぎていった。

それからまた暫く経って、学年も上がった頃……確か四年生の春頃。

特に学校から帰っても予定がなかった日に、近所の散歩に出た日があった。

 普段から散歩をしていたわけではないが、遊びたい盛りのあの年頃だ。

退屈だったんだろう。 日が落ちていく様子に何故か無性に心を躍らせながら、一人で出歩くことが少なかった当時の僕は冒険しているような気持ちで散歩していたのかもしれない。




「お待たせいたしました」


 ふと現実に帰ると、注文した料理が配膳されている頃だった。

写真にでも撮ってアップロードすると、いくらかの評価はつきそうなキレイな見映えである。

 しかし、僕はスマートフォンは取り出さずに黙々と食事を始め、過去に想いを戻した。

 

 

 

 その散歩の途中、立ち寄った公園を一周した所で、声をかけられたんだ。

 

「あれ、何してるの?」


 その声に反応して振り返ると、見知った彼女がいた。

そう、二年生にあがってすぐ、僕の席の後ろの席だった彼女だ。


「散歩だよ」

「ふぅん」


 なんて、詳細な内容は覚えていないけれど、たしかこんなとりとめのない会話をした気がする。

 

「私は家に帰るところだよ、じゃあまた学校でね」

「うん、またね」


 本当にただそれだけ。 けれど、彼女は屈託のない笑顔で僕に挨拶をしてくれていたのを覚えている。

無性に気恥ずかしくなって、その後は僕もすぐに帰ったっけ。

 それ以降、度々外で彼女とすれ違うようになった。

 例えば、友達の家に遊びに行く途中。 例えば、親の買い物についていった先の百貨店。 図書館、公園、郵便局などなど……。

それは本当に偶然の出会いで、そしてその時はいつも彼女が僕の後ろから声をかけてくるのだ。

 初めは、交わす言葉も少なかったけれど、段々と会話が続く様になっていったのを覚えている。

そういえば、いつの間にか声をかけられる時も名前で呼ばれるようになってたなぁ。




 僕は手を合わせると、静かに席を立った。

回りの席では、僕とは見えている世界が違いそうな人たちがスマートフォン片手に料理の写真を撮ったり談笑したりしているのが目に入った。

 さて、次はどこへ行こうか。 そうだ、本屋に行こう。 あの漫画の続きは出ていないだろうか。

 いつも行っていた大手の本屋はここからは少し遠い。

それでも、やはり僕はそこに向かう事にした。今日は旅のお供に追想もある。




 中学生に上がってからは、実は彼女といる時間が増えた。

絵を描くことが好きだった僕は、特に迷いもなく美術部に入部した。

仲の良かった友達は皆運動部に行ってしまったけれど、それはそれで仕方がないと思っていた。

そして、その代わり美術部には彼女も一緒に入部したのだ。

 一緒に、といっても示し合わせたわけではない。 偶然だ。

新入生の入部の日に、またしても僕は彼女に後ろから声をかけられて発覚したのだ。

 中学生の頃も、またしても二年生から彼女と同じクラスだった。

進級当初の、名前並びになった机の順番だと、また彼女は僕のすぐ後ろだった。


 彼女とは、沢山話をした。 クラスも同じ、部活も同じ。 小学校からの付き合い。 それは、自然な事だったと思う。

当然、同級生の何人かは冷やかしてきたりもしたが、僕と彼女はそれを気に留める事はなかった。

 そのまま、やがて三年生になった。

 僕らは、三年生は別々のクラスになった。 美術部も夏前には卒部となり、彼女と顔を合わす機会は減ってしまった。

しかし、その頃になると僕も彼女も自分の携帯電話を持っていたので、連絡を取り合う事はしていた。

思えば、二人で出かけたりするようになったのは、その頃からだった。

近所の図書館でテスト勉強をしたり、夏祭りに出かけたり、カラオケに行ってみたり。

 多分、周囲からは付き合ってると思われてたんだろうなぁ。 ついぞそんな事実はなかったわけだけど。

 

 

 

 気付くと、いつの間にか本屋が目前に迫っていた。

目的の漫画の棚までまっすぐ向かう。

 ……新刊はまだらしい。 うーん、読みたかったなぁ、仕方ない。

そのまま、目当ての本があるわけでもないがいくつかの棚を物色する。

たまに、発見があったりするから面白い。

 しかし、結局僕は何も見つけられないまま本屋を出た。 まぁ、そんな日もある。

 それでも、気が付けば時間だけはそれなりに過ぎていた。

このまま移動すれば、丁度夕陽が綺麗な頃に辿り着けるかもしれない。 少しだけ、期待に胸が高鳴る。

 そして僕は追想を再開した。




 実は、高校からは彼女とは別の学校になった。

理由は簡単で、志望校の話を彼女としなかったからだ。

いや、正確に言えば話はしたのだが、その時には既にお互い行く場所が決まっていた。

当時の僕は多分、浮かれていたんだと思う。 いつもいつも偶然が重なって、彼女と一緒にいられたから、

今度もきっとそう上手くいくだろうと。

 運命なんてのは気紛れで、僕たちの高校の志望校は全く別の場所だった。

 そこから、受験校を変える事もできたかもしれない。

けれど、僕は何故か意地を張って志望校を変えなかった。


「あ、そうなんだ……志望校、別になっちゃったね」

「うん、まぁでも仕方ないよね」


 思い返してみれば、彼女も少し寂しそうな顔をしてくれていたかもしれない。

けれど僕は無駄に強がって、そう答えたんだ。

結果的に、お互いアッサリと志望校に合格し、別々の学校での生活が始まった。

 それでも、僕らは連絡だけは続けた。

だけど、それも少しずつなくなっていった。

僕は高校でも美術部に入ったが、彼女は吹奏楽部に入部したらしい。

曰く、友達に誘われたからだと。 確かに、彼女はピアノも習っていたし、順当ではあったのかもしれない。

けれど、そんな環境の変化もあってか、休日に遊ぶことも中々叶わず。 いつしか、僕と彼女は一月に一度連絡を取ればいい方になっていた。

 思い返さなくても、十分に実感している事はある。

僕は彼女に惚れていた。 いや、もしかしたら今も惚れているかもしれない。

 それでもそれを言葉にしなかったのは、タイミングという他ないだろうか。

 単に僕が勇気がなかっただけだろうか。 多分、後者だろう。

いつも偶然、一緒にいられる。 その立場が運命だと思い込んで、そんな簡単に切れてしまうものだと思っていなかったんだ。




 今日の目的の場所についた。

ジャストタイミング。 沈みゆく夕陽が、真っ赤に燃えている。

これだけ夕焼けが綺麗なら、明日も晴れだろうか。

 少し強いくらいの風が吹くが、今はこのくらいが心地よい。

目を細めて最後の追想を始める。 あれは、大学の頃だ。




 大学に入る頃には彼女とは全く連絡を取らなくなっていた。

僕は長年の趣味が高じてそのままデザイン系の専門学校へ入学。

後から知った話だが、彼女は有名大学の文系学科にいたそうだ。

 しかし、大学の最後の年。 その日は訪れた。

 

「あれ、もしかして……」

「え?」


 少し、声質は変わっていたけれど、聞き間違えるはずがなかった。

いつもそうだったように、声に導かれて振り返ると彼女がそこにいた。

百円ショップのインテリアコーナーで物色していた事の事だった。

 僕は、やはりその瞬間は運命を感じた。

 

「久しぶり、だね」

「うん、元気だった?」

「それなりにね。 そっちは?」

「まぁまぁ、ってとこかなぁ」


 久々の再会でもお互い、落ち着いて――いや僕の方は心中が大騒ぎしていたけれど、静かに会話をしていた。

 でも、気付いた。 彼女の左手薬指に、指輪がある事を。

それに僕は、会話の中で触れる事はなかった。 怖かった。

言葉にされないことで、僕は自分の心を逃がしたかったんだと思う。


「じゃあ、またね」

「うん、また」


 最後にそう、再会の約束の言葉だけ交わして僕らは別れた。

それ以来、僕は彼女に会っていない。 連絡も、取っていない。

いや、正確には取れないように、僕がしていた。

 丁度僕が大学に入学した頃世の中にスマートフォンが普及し始め、僕はそれを言い訳に全ての連絡先を消して携帯電話からスマートフォンに乗り換えたのだ。

こちらからも、向こうからも、連絡が取れないのは当たり前だった。




「嗚呼、馬鹿だったなぁ、僕は」

 

 風に乗って言葉がすぐにかき消される。 夕陽はもうほとんど見えなくなってしまった。

あの夕陽は、これからまた地球が回転するのに合わせて、空へ朝日として昇ってくる。 新しい一日を届けに来る。

 不意に、風に乗って彼女の声が聞こえた気がした。

ゆっくりと振り返るが、そこに彼女はいない。 当たり前だ。

それでも僕は、そんな彼女の声が――好きだった彼女の声が聞こえた気がして、少しだけ勇気を貰えたのかもしれない。

 僕も、進まないといけない。

 そして僕は一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 大学を出てから、何度目かの春が来た。

あの子と観た街道の桜も、私たちに寄り添うように吹いた春風も、まだ在り続ける。

社会に出てからの日々は、学生の頃よりめまぐるしかったけれども、私はここに居る。

一つの再会を信じて、まだここに居る。

 小中学校と一緒だったあの子は、いつからか連絡がとれなくなった。

私の方もまだまだ子供で、自分を誤魔化そうとして生きていた部分もあったかもしれない。

 そんな思いで過ぎた高校生活、気が付けば大学に入った頃にはあの子との連絡はとれなくなっていた。

そんな頃、運命への抵抗だなんて自分で考えて、せめてもの抵抗に着けた左手の薬指の指輪。

 別に、婚約している相手がいるわけじゃない。

ただ、あの子ではない、他の人に言い寄られるのが嫌だったから。 私の中で、あの子以外はなかったんだと自覚したから。


 そして、それは不意に訪れた。

あの日、再会した日。 予想外の出会いに頭の中が真っ白になって、考えていたことが何も話せなくて。

他愛もない世間話だけでわかれてしまったあの日。

 この手の指輪を、勘違いさせてしまったんじゃないかと思って、すぐに連絡を取ろうとした。

そして、連絡先を聞き忘れた事に気付いて私は自分の馬鹿さ加減に顔を手で覆った。

 でも、それでも。 私たちは運命的な再会を果たしたんだ。

きっと、これから前に進めるはず。

 そうこうしているうちに、出勤の時間だ。 今日もまた、頑張ろう。

 ふと、父が見ている朝のニュース番組が聴こえてきた。

 

「昨晩未明で自殺とみられる転落事故が――」


 世の中は悲しい事件で溢れている。あなたの分まで、頑張るからね。 

テレビの向こうの被害者の人を想い、私はニュースを全て見ないままにして心を新たに玄関の戸を開いた。


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