病んだ。どうする?

意識が沈むとき、もう目が覚めることはないと思ったが、それはなかった。家に帰れる今日が来たし、青白い雨はやんでいた。

あんな雰囲気を出しておいて起きた自分に謎の恥ずかしさが襲う。


「ややこ、この浴衣はどうです。あなたの癖のない栗毛にぴったりだと思いませんか」


昨日出会ったが、こんなに満面の笑顔は見たことがない。よくわらっていたが口角を上げる程度だったのだ。


私の浴衣を選ぶのがそんなに楽しいのだろうか。子供の晴れ着を選ぶ大人のようで楽しくない。


「ほら、仏頂面を直して。ややこが縁日に行こうと言ったのですよ」


懐からぶどう、みかん、りんごの飴を取り出し私の方へ差し出す。子供には飴だと思っているらしい。遅い情報だ、今はスマホの時代と言うことを知らないのか。


「言ったけど浴衣を着たいとは言ってないわよ」


りんご味の飴を口で転がしながら答える。

山を下りる今日は、町でお祭りが始まる日だった。ずいぶんと人の前に顔を出していないと彼女は肩を落として言っていた。だから誘ったのだ。引っ張って行くにはちょうどいいイベントだろう。


お祭りに行くに当たって、一日行方不明のいいわけはどうするか。頭をひねっていたが彼女の力でどうにかなるらしい。山には来ていない、家にいた、という事実にしておくとさらっと言われた。だからひょっこり現れても問題ないそうだ。


「もう何でもいいわよ、早くしないと花火見過ごすわよ」


その言葉を聞いて、焦って散乱した浴衣を箪笥にしまった。花火が何百発もあがる大きい祭りと言ったら目を輝かせていたが、そんなに見たいのか。


「それはいけない。ややこ、早くこちらへ来てください」


この場所に瞬間移動したときのように、羽を広げ私を覆い隠す準備をした。


「それってここでも出来るの? あの灯籠の所じゃないと出来ないと思ってたけど」


「昨日のは演出ですよ。幻想的で、妖しさを感じれたでしょう」


思わず呆れた顔をしてしまった。私より子供のようだ。こんな奴にややこなどといってほしくない。

 迷惑なエンターテイナーは、待ちきれなかったらしい。心底楽しそうに私を羽でくるんだ。


~~~~~~~~


「なかなかに活気づいていますね。生活が潤っていると言うことはいいことです」


満足そうに屋台を見て回っている。そんな姿を見ていたら、一緒に行こうと言ってよかったと心から思う。


「あ、メル来てたんだ! この人混みであうとか奇跡じゃん」


なぜか狐のお面を買っている彼女を見ていたら、マキとミカに声をかけられた。本当に山で悲鳴を上げたことは覚えていないみたいだ。妖怪らしい力を見るとやはり年上なのか、貫禄はあまりないが。


「こんばんわ、二人も来てたのね」


二人を見て声をかけたあと、彼女の方に顔を戻すと狐のお面からドラえもんにシフトチェンジしていた。あそこで何かがあったのだろうか、見逃してしまった後悔しかない。


心で悔し涙を流していると、ドラえもんを頭につけ戻ってきた。


「猫のお面が買えました」


顔に嬉しいと書いてある。そうだ、ドラえもんは猫だった。知っている私が忘れるくらい猫の面影はないのに、一発で当てたのはやはりカラスの感だろうか。


「可愛らしい格好をしている子らは、お友達ですか」


私に聞く彼女を見て、二人は赤くなり固まってしまった。肩までの髪に、なぜか着流しを着ているから性別を間違えたのか。


「きれいな浴衣です。いいものを着ていたらいい人に巡り合うと言いますから、私も見習わなければなりませんね」


幼い子供を見るような目をしていった。その言葉を聞いて初めて二人の格好に目がいった。白地に黒の椿が咲いているマキの浴衣は、彼女に良く似合うだろう。

褒め言葉を皮切りに、三人は楽しそうに話し始めた。


そして私は気づいてしまった。私と話すときと同じ顔をしている。

そうだ、よく考えたら彼女はずっと笑顔を崩すことはなかった。

誰に対しても同じ顔だ。

私と話すときも、マキとミカと話すときも、屋台のおじさんと話すときも。


彼女の愛はとても無関心だ。誰しもに向けられるが、誰かに向けられることはない。そういう神のような愛し方だ。


舗装をされた地面に足が埋もれた気がした。


「ハウ、そろそろ行こう」


ゆっくりと振り向いて、変わらない瞳で私を見つめた。雪に落ちる赤い椿を思い出した。


「そうですね、行きましょうか。花火がよく見える場所を知っているんです」


名残惜しそうにする二人と別れて、彼女が言った場所に向かう。

ちらりとも屋台を見ずに、ただその場所へ一直線に向かう。そういえばあんなにお祭りを楽しみにしていたのに食べ物を一つも買っていない。お祭りの醍醐味は、雰囲気によって食べ物に散財することだと思っていた。彼女は違うらしい。


屋台は過ぎ去り静かな通りに出た。


「苦しそうな顔をしていますね。そんなに月夜は苦手ですか」


月の出る夜の後は晴れる。そのことを誰かに聞いたときから嫌いになった。我ながら晴れ嫌いは筋金入りだ。

言わなくとも私の答えを悟ったようだ。


「生きにくそうにしている子は見ていられない」

「あんたの家は息がしやすかった」


あそこだけだ。あそこだけは生きやすかったのだ。お祭りに来て確信した。やはり私に人間は合わない。

じっと彼女を見つめていると、ため息を吐いた。


「言ったでしょう、片方によってはいけないと。ややこ、あなたはまだ引き返せる」


気づいたら彼女の手は私の額に触れていた。熱も残さずに一瞬で離したその手には、青というのもおこがましい薄い色の球体がのっていた。


「どうか、押しつけがましい愛を受け入れてください」


指に力を入れただけで球はもろく崩れた。破片がすべて地面に落ちるのを見ていたら、心から何かが消えた。


手放してはいけない何かか、それとも生きるのに影響もない何かか、どちらだったのだろうか。



~~~~~~~~



雨を頬に伝わせ去って行く人は誰だったのだろうか。今は雨など降っていないはず。


誰かを思い出したいと思ったのは初めてだった。

その疑問をどうやって解決しようか。思い出したときはどうしようか。山のてっぺんで見る晴天に感情が揺さぶられることはなかった。


焦りはない。すぐに思い出すだろうと確信している。雨のような誰か。リンゴのような香りをした誰かだ。思い出したら毟ってでも捕まえればいい。


今度は晴れの日に会いに行く、そしたら私は恋をする。

対とはそういうことだろう、――。

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ちがう、そうじゃない。 ArY @meizen

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