10 俺が少女を止める時
目を覚ますと、白い天井が視界に映った。
此処は……何処だろう。
中村さんの言葉を思い返すと、恐らく此処が病院だろうなという結論に至った。
っていうか……俺、助かったのか?
ゆっくりと体を起す。
すると、傷口が開いたのか腹部に激痛が走る。
木葉の話しを聞く限り、今回の治療は魔法具で行われたものではないんだろう。
なら、こんな痛みが残っていても当然だ。
「大人しく寝ていた方がいいって事か……って佳奈?」
俺のベッドに頭を沈めて、すやすやと寝ている。
お見舞いに来てくれたのか……。
そういえばこの病室……個室か。ギルドが手配してくれたのかな?
「宮代君!」
ノックも無しに、藤宮が病室に飛び込んできた。
「……藤宮」
駆け寄ってきた藤宮の目にはクマが出来ていた。
寝ずに……俺が起きるのを待っていてくれたんだろうか。
なんで俺が起きるタイミングと、藤宮が病室に入ってくるタイミングが被っていたか、なんて事は聞かないでおこう。
おそらく魔法具や魔装具の力だろうって事は目に見えて分かるし、そもそもいつもの様に軽い気持ちでそんな事を聞けるような空気じゃない。
「……宮代君……本当に……ごめんなさい」
藤宮は泣きそうな顔でそう言う。
「……なんでお前が謝るんだよ。どう考えても、俺が助けを呼ぶタイミングを間違えたのが原因じゃねーかよ」
俺がもっと早くから助けを呼んでいれば……こんな事にはならなかった。
「いや、私の所為よ。私がこの作戦の決行を決断しなかったら……こんな事にはならなかったのよ?」
「それでも……俺は藤宮達が時雨木葉の魔装具をくぐり抜けて来てくれなかったら、俺は此処にすら居られなかったんだぜ? 俺はお前らに感謝してるよ」
それに……倒れた俺を見て、あそこまで取りみだしてくれたってのも……冷静に思い返すと嬉しかった。
「だからさ、そう自分を責めるなよ。なんか調子狂うからさ。いつも通りで接してくれたらそれでいいよ」
俺は笑みを作ってそう言った。
「……分かったわ」
そう言って藤宮は、眠っている佳奈の隣に置かれた椅子を反対側まで持ってきて座る。
「そうだ……あの後、時雨木葉はどうなったんだ?」
気になったので尋ねてみた。
自分を刺した相手の事が気にならない筈が無い。
「……逃げられた。いや、逃げてくれた」
そう呟くように言う藤宮。
「怪我人は出たけど、たいした事は無いわ。その……宮代君だけに、そんな重い怪我を負わせちゃった」
「だからそう暗い顔するなって。普段は馬鹿みたいに明るいんだからさ。さっきも言ったけど、俺はいつも通りに接してほしいって思ってるよ」
「できるだけ……そうするわ」
その様子だと……無理だろうな。
「……宮代君。アナタに伝えておかなくちゃいけない事があるの」
「なんだ?」
「宮代君がギルドに入った時に、私が言ってた一億円ってあったでしょ? アレ……この前の時雨木葉との一件で完済ってことでいいから……これで晴れて自由の身よ」
「……そっか」
そういえば、一億を返すためにギルドに入ったんだったよな。
まあ……折村さんの言うとおり、有って無い様なもんだったな。
それにしても自由の身……か。
「……宮代君」
そう言って藤宮は俺に手を差し伸べる。
「こんな目に遭わせた後で、こんな事を言うなんておかしいかもしれないけど……もし、もしよかったら……また私達と一緒に戦ってくれないかしら」
つまり……ギルドに残らないかっていう誘いの手。
「……そんなの決まってるだろ」
俺は藤宮にゆっくりと手を伸ばす。
藤宮の手に触れ掛った突起、若干だが、藤宮の顔が晴れた気がした。
でも……この瞬間の俺の顔は酷く強張っていたと思う。
自分の顔は自分で見る事ができないから、確証なんか持てない。
でも、きっとそうだと思う。
藤宮の手に触れようとした時に、脳裏を木葉の言葉が過った。
『――敵に付いているんだったら、やっぱり殺すしかない』
その言葉と共に、刺された時の様な恐怖感が俺を包む。
こういうのを……たしかフラッシュバックって言うんだったと思う。
俺はそんな現象に駆られて、思わず手を引いた。
「……宮代君?」
藤宮が心配そうに声を掛ける。
「わ、悪い、藤宮。少し……待ってくれないか? ゆっくり考えたいんだ」
俺は顔を俯かせてそう呟いた。
「そう……分かったわ」
そう言って藤宮はゆっくりと立ち上がる。
「行くのか?」
「ええ。本当はもう少し此処にいたかったんだけど、そろそろまた精霊が出てくるから」
「また特級精霊とかが出てきたら……勝てるのか?」
今までは、特級精霊が出てきたら俺が戦っていたんだ。
勝てるのか……俺抜きで。
「なんでお見舞いに来られてる方が心配してんのよ。大丈夫。もともとは魔法少女なんてチートみたいな魔装具なんて存在してなかったんだから。しっかりと対策を練っておけば、私達だけでも何とかなるわ……何とかしてみせる」
「ああ……頑張れよ」
「宮代君も……お大事に」
藤宮はゆっくりとした足取りで病室から出て行った。
結局……俺はどうしたいんだろうか。
藤宮が持って帰らなかった日本刀を眺めながら、俺はそう考え始めた。
ギルドに戻る事を考えれば考えるほど、恐怖に包まれる感じがする。
あの時の痛みを鮮明に思い出してしまう。
俺は……ギルドに戻りたくないんだろうか……でも、頑なにそうとは言えない。
もう少し……結論を出すのはもう少し後にしよう。
「ん……」
佳奈がそんな声を漏らしながら体を起した。
佳奈は寝起きが弱いから、どこかふにゃふにゃした感じがある。
「ん……あ、兄貴……兄貴!」
今日は珍しく覚醒が早かったが。
「……心配掛けさせんなって言ったばっかじゃん。なのになんでこんな事になってんのよ」
佳奈は涙目の顔を俯かせてそう言う。
「ああ……悪いな佳奈」
「……兄貴が謝る必要は無いよ。悪いのは兄貴を刺したっていう通り魔なんだからさ」
あの一件は……そんな風に処理されたのか。
おそらくギルドがそうしてくれたんだろう。
「佳奈……俺、どの位寝てた?」
「……丸三日」
そんなに寝てたのかよ……俺。
「……全然目を覚まさないから……このまま死んじゃうんじゃないかと思ったんだよ?」
「……悪い」
「だから兄貴が悪いんじゃないんだから謝るな」
んな事言っても……実際俺のミスでこうなったんだから、謝るべきなんだけどな。
佳奈にも……藤宮にも。
「それにしても……兄貴って凄いね」
「凄い……俺が?」
「だってこっちに引っ越してきてまだ一か月もたってないのに、兄貴の為に病院に駆け込んでくる人が沢山居たのよ? みんなバイト先の人らしいけど、余程の人望が無いとあんな人数が駆け付けることなんて普通無いよ?」
そっか……藤宮以外にもみんな来ていたんだ。
「じゃあ後でお礼でも言っておかないとな……」
ちゃんと……俺にギルドへ戻る決心が付いたら……な。
次の日。俺は病室のベッドの上で、スマホの液晶に藤宮の名前を表示させていた。
正直病室で電話を掛けるのは気が引ける。
でも……普通に歩けるようになってから掛けるのでは遅い。
決心がついた今の内に伝えておかないと……決心が揺らぐかも知れないから。
今掛けないと……駄目なんだ。
通話ボタンを押し、藤宮に電話を掛ける。
しばらくの間、コール音だけが耳に届き、やがて、
『もしもし、宮代君?』
藤宮の声が聞えてきた。
『どうしたの……って病室で電話って掛けていんだっけ?』
「駄目なのは分かってる……言わなきゃいけない事だけ言ったら、もう使わない」
俺は一度小さく深呼吸をして心を落ち着かせ、再び携帯の向こうの藤宮に声を掛ける。
「俺はギルドを……止めるよ」
そう……呟くように。
俺は一晩悩んだ末に出た結論を述べた。
「こんな事言うのはカッコ悪いんだけど……怖いんだよ。戻ろうかなと思うとあの時の記憶が鮮明に蘇ってくる。悪いけど……ここらへんで引かせてくれ」
本当は……戻りたい。
あの無茶苦茶だけど楽しかったギルドへ。
でも……それを体が拒む。ギルドに残るという決心をさせてくれない。
『そっか……分かったわ。残念だけど宮代君がそう言うんだったら止めないわ。今までありがとね』
「ああ……こちらこそ」
俺は小さな声でそう返した。
『部屋の隅に、宮代君の日本刀が立て掛けてあるけど、あれは宮代君の物だから自由に使って良いわ』
「分かった。ありがと」
……普通に生活してて暴走精霊と遭遇する事なんて滅多に無いと思うが、一応貰っておこう。
『それと宮代君……これだけは覚えておいてほしいの』
そう言った藤宮は少しだけ間を空けて、
『宮代君がギルドを止めても、ギルドナンバー1948は……宮代君の番号だから』
と、弱々しい声で俺に告げ、通話を切った。
俺は携帯を折りたたみ、しばらくその場に佇む。
……覚えててくれたんだな。あんなややこしい番号。
藤宮。やっぱお前はいいリーダーだよ。
いや、ギルドから抜けた俺が今更リーダーとか言うのもおかしな話か。
「ホント……何やってんだろ」
決断したのに……悔やんでしょうがない。
でも……これで良かったんだ。
どこかでそう思ったから、藤宮にそう伝えられたんだ。
俺は携帯をベッドの上に置き、天井を見上げた。
入院生活二十日目。
魔法具や魔装具なんて便利な物に慣れてしまった所為か、怪我が完治するのに一か月も掛るのは長すぎだと感じてしまうが、冷静に考えると、腹をあれだけ深く刺されて全治一カ月ってのは、それなりに早いのではないだろうか。
まあ、刺されるのは初めてだし、刺された人も見た事が無いから何とも言えないが……。
実際の所、刺された人ってどのぐらいで退院するんだろ、などと考えていると、病室のドアがノックされた。
誰だろう? 佳奈はさっきまで来てたから――
「宮代さん……どうですか具合は」
「……中村さん」
やってきたのは中村さんだった。
手にはお見舞い用のフルーツのバスケットが掛けられている。
「どうしたんだよ……もう俺はギルドのメンバーじゃないんだぞ?」
「たとえギルドのメンバーじゃなくても、私達は同じ学校の先輩後輩の仲じゃないですか」
「まあ……そうだけど」
あんまり学校で会わなかったから、その関係が適応されるかどうかは分からないが。
そもそも学校に行った記憶があまりない。
転校して二週間たらずでコレだもんな……。
「とりあえず……リンゴでも剥きます?」
「じゃあお願いするよ」
俺は中村さんにそう返した。
「そういえばさ……アポカリプスを倒すための魔装具って順調に制作進んでんのか?」
リンゴを剥いてもらいながら、俺は中村さんにそう尋ねた。
ギルドから抜けたとはいえ、やっぱりそれは気になっていた。
「順調に進んでます。アポカリプスの出現予定日の三日前には完成しますね。出現したら速攻で倒しちゃいますよ」
「そっか……なら良かったよ」
どのぐらいで完成するのかなんて事は聞いて無かったからな。ちゃんと間に合うんだったらよかったよ。
「それとさ……アレから特級精霊とか……やっぱ出たりしてるのか?」
「いえ、アレ以降一度も出てきていないんです。藤宮さん曰く、アポカリプスの出現が決まったから無理に私達を狙わないんじゃないか、って言ってましたけど」
なら安心だ。
こっち……いや、ギルドにはアポカリプスを倒す為の魔装具があるんだから。
「心配しなくても大丈夫ですよ。アポカリプスは私達が止めますから」
「ああ……頑張れよ」
もう俺は頑張る立場じゃないんだよな……。
なんか……不甲斐ない。
そんな思いが俺を包んだ。
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