行間 ―魔法少女だけじゃない―

「頼む、渚ちゃん! ここは俺達で食いとめる!」


 折村はそう叫んで、再びウインドイーターから風を放出させた。

 現状、戦況はお世辞にも良いとは言えない。


 二人ならどうだ、などと言って現れた折村だったがそれは理解している。

 なにしろ此処にたどり着く前に、時雨木葉の魔法具と戦闘を行い、随分と消耗しているからだ。

  此処から全力を出し切るのは極めて難しい。

 それに魔法少女を除けばギルド内でナンバー2の実力を誇る折村でコレなのだ。折村とほぼ同格の村上はともかく、他の構成員は時雨木葉が出現させた兵隊……ゴーレムの様なソレを倒すことはできてもこちらに加勢する程の力は残っていないはずだ。

 つまりは此処に残っている戦力でどうにかするしかない。

 相手は自分たちより格上に見えた。

 それぞれの戦闘能力自体は同等か、折村達の方が上回っているかもしれないが、魔装具のスペックが確実に劣っていた。

 ウインドイーターも上物ではある。

 だが目の前の時雨木葉の持つ魔装具は、魔法少女と比べれば大きく見劣りするものの、特記魔装と呼べるほどの代物だった。

 だからこそ……現状を打開するためにやっておく事がある。


「いい加減目覚ませや藤宮!」


 再び正面から突っ込もうとしていた、バーサカーの様な精神状態に陥ってしまっている藤宮の前に、ウインドイーターから発せられる風を使いやわらかい壁を作りだした。

 それに弾かれるように藤宮は後退し、その藤宮に折村は再び叫ぶ。


「しっかりしろよ! お前は俺達のリーダーだろうが! いつも見てえにカッコイイ所見せやがれ!」


 藤宮が強い様に見えて、そのメンタルがどうしようもなく脆いことはきっとギルドの中で誰よりも知っている。

 それだけ一緒に戦ってきた。

 それは分かってる。

 今の状況で藤宮がそうなる事は良くわかっている。

 ……だからこそ。


「……ありがと、もういい」


「ならいい」


 支えてやるのは自分達の仕事だ。


「アレ? 復活しちゃった? 面倒だなー、じゃなかったら、きっと次で殺せたのに」


「……うるさい」


 藤宮は静かに大鎌を構える。

 その目に怒りは籠っているが、先程の様に暴走する様子は見受けられなかった。


「折村君。アレ、お願い」


「了解」


 その声と同時に、藤宮は地を蹴った。

 高速で時雨木葉へと接近し……突如吹き荒れた突風と共に消える。

 そして次の瞬間、折村が風を纏い特攻を仕掛ける。

 風を纏い、槍を付きだして正面から突っ込む。

 もはや途中で拳に攻撃を切り替えることのできない様な攻撃。

 そしてそれが木葉の元にたどり着く直前……上空から藤宮が現れた。

 その手に大鎌は無い。拳を握りしめ、落下する。


「チ……ッ」


 高速の槍はバリアを張らなければ回避不可能。仮に交わした所で槍が纏う風そのものが木葉を切り刻む。

 故に木葉はバリアを張った。槍の先端が衝突し轟音を響かせ、その勢いを反射させる。

 しかし、そのバリアで拳を防ぐ事は出来ない……が。


「確かに凄い動きだけど、無駄だよ」


 そう言った木葉は折村を受け流しつつも後方に跳ぶ。

 藤宮の拳は空を切り、結果ダメージは与えられない……が。


(馬鹿はてめーだ。正面のパフォーマンスしか見えちゃいねえ)


 折村はふっ飛ばされ、両手がイカれたと激痛に耐えながらも判断しつつ、内心でそう漏らす。

 パフォーマンス。

 今の攻撃で全てがうまくいけば良かったが、そんな甘い考えが通用する相手では無い事は分かっている。

 だから……とにかく目立った技。特質な攻撃。それができればそれでよかった。

 刹那。木葉の落下地点に、同時に何かが落ちた。

 ……魔法具。

 木葉がそうであると確信した様な表情を浮かべた頃には……既に手遅れだ。

 木葉を覆うように、ドーム状の結界が構成される。

 本来は中に居る者を守る為の防御結界。

 だが……それは状況によっては中の者を閉じ込めておく牢獄にもなりうる。

 そうして閉じ込められた木葉の背後。少し離れた位置に……村上が着地した。

 それを見てから、地面に転がった折村は、顔を木葉の方に向けてこう言う。


「誰が藤宮しか飛ばしてないと言った。俺達に気を取られすぎだ」


 そう……村上も飛んでいた。

 藤宮よりも上空。

 その所為か着地した村上は、見ただけで足の骨が折れたと分かる様な表情を浮かべ、右足を抑える。

 そうして捉えられた木葉は、正面に居る二人にこう言った。


「凄いね、やるじゃん。私捕まっちゃった」


 しかしその表情は余裕の物であった。


「こりゃ、今後は私が直接戦うなんて選択肢は外した方がいいかもね」


「今後も何も、これでチェックメイトよ。しかるべき処置は取らせてもらうわ」


 だが……やはりその表情は余裕その物だった。


「うーん。今回のキミ達の失敗点を上げるとすれば、私を覆ったのが防御用の結界だった事かな。確かに使用者の意図が無ければ解ける事は無いし、強度も相当みたいだから簡単に壊せそうもない」


 だけど、と木葉は笑みを浮かべる。


「この結界は拘束用じゃない。だから転移系の魔法具で簡単に逃げられる。それがキミ達の失敗」


 その言葉に、思わずそっとする。

 完全に失策だった。

 だがそんな折村や藤宮をほっとさせるような事を木葉は言う。


「とはいえ、私の持っている転移の魔法具は、予め定めたポイントにしか飛べないわけだし、仮に此処から出て戦闘を続行しようにも……ホラ」


 そう言った辺りで、いくつかの足音が聞こえてきた。


「大分消耗してるだろうけど、増援もくるだろうからね。だから今日は終わりにするよ」


 そう言って木葉は魔法具を取り出し、足元に叩きつける。

 するとまるで蜃気楼のように薄れていき、最後にこう言い残してその場から消える。


「じゃあ男の魔法少女さんによろしく言っておいてね」


 そうしてその場には何も残らない。

 場には静寂が訪れる。


「……」


 増援はぞろぞろとやって来た。

 中には「結界をときゃ、俺達がアイツを倒したのに」なんて事を漏らす奴が居た。

 だが……その判断を村上が下さなかったことに折村は内心ほっとした。

 単純に。人を増やしたところで勝てるとは限らなかった。

 その行動を取ることで、今この場で死人が出る可能性もあった。

 相手がこの場から退いてくれるのなら……悔しいが、そうするのがベストな判断だと思った。


 藤宮は回復用の魔法具を取り出し、折村に使用する。


「折村君、大丈夫?」


「ああ、まあ相当やばいんだけど、魔法具で回復してりゃ、二、三日でなんとかなるさ」


 以前、宮代が上級精霊に襲われた際に使用した物と比べれば回復力は大きく劣る。

 だが……折村の怪我や村上の骨折程度ならソレで充分だった。

 今、本当に心配すべきなのは……、


「だからさ、とりあえず……病院行こうぜ?」


「……ええ」


 本当に。

 本当にあの時の魔法具程の回復が必要な程の深い傷を負い、生死を彷徨っている宮代の身を案ずる事だった。

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