9 仲間殺しの真相

「やっと来た。遅いよ? 十分前行動って習わなかった?」


「俺は五分って習ったけどな」


 呼び出し場所である随分と入り組んだ広い路地に五分前に辿り着いた時には既に時雨木葉はそこにいて、遅いと文句を言われた。

 知るか……五分前行動の何が悪い。


「ま、別にいっか」


 笑みを浮かべる木葉。

 素性を知らない人が見たら、普通の可愛い女の子にしか見えないだろうな。


「で、敵対関係のギルドの人間。しかも俺みたいな下っ端を呼びだすなんて、どういうつもりだ?」


「簡単だよ、私は交渉しに来たの」


「交渉?」


「そう、キミとしか出来ない交渉をね」


 俺にしか出来ない?


「と、その前に……耳の中に入れてあるインカムを外そうか」


 体がビクっと反応する。

 ジャミングとかそういう事以前に、既にばれてる?

 周りから見えない位の小型インカムだぞ。


「あ、その反応を見る感じ、本当に付けてるみたいだね。鎌を掛けて見るもんだね」


 鎌……コイツ俺を為したのか?

 クソ……ハメられた。


「じゃ、それをこっちに渡そうか。一人で来いってのは守ったみたいだけど、それじゃルール違反だよ?」


「……分かったよ」


 俺は大人しくインカムを耳から外し、木葉に手渡す。

 此処で拒んでもきっと良い事はない。

 木葉は俺から受け取ったインカムを、地面に落して踏みつぶす。


「じゃ、単刀直入に言うね」


 思わず唾を呑む。

 転校初日の時も似た様な場面があったが、あの時とは空気がまるで違う。

 あの時は期待で胸が膨らんだが、今はなんだか聞くのが怖い。

 そんな緊迫した空気の中で木葉は笑みを浮かべながら、


「木葉の仲間になってくれないかな、男の魔法少女さん」


 と、思いもしなかった目的を告げる。


「……仲間?」


「そ。私と一緒にギルドと戦うの」


 何を言ってるんだコイツは。


「報酬は弾むよ。どうかな? 悪くない話だと思うけど」


「……俺にアイツらを裏切れって言うのか?」


「裏切るんじゃない。木葉に救われる。ただ、それだけ」


「救われる? お前何を言って――」


「木葉はギルドに苦しめられる人を見たくない。だってそうでしょ? 男なのに魔法少女になって戦わざるを得ないって事は、きっとそうしなきゃならない理由でもあるんだよね? 脅迫されているとか。ギルドならやりかねないよね。だってギルドは――」


 木葉は少しだけ顔を俯かせ、


「――精霊の為に戦った兄様を殺す様な集団だったんだから」


「精霊の為に……戦う?」


「そう、精霊の為に戦った。自分の利益の為に……魔法具を量産して商売するだけの為だけに、負の感情を霊界に送り私腹を肥やしていた馬鹿達を……兄様が粛清した。兄様は悪くない。必要以上に狩る必要が無いって言ってた兄様は間違っていない。でも兄様は他のギルドに殺人鬼として殺された。おかしいよね? 絶対におかしい! ギルドはそんな連中なんだから、脅迫なんてしてもおかしくない。だから私はキミみたいな人を救う。そしてギルドを殲滅する」


 ……仲間殺しの裏側がこれか。

 確かに殺人は悪い事だけど、その兄の行動は頑なに間違っているとは言えない。

 でも、でもだ。


「……アイツらは関係ねえだろ」


 俺は静かに呟いた。


「確かにお前の兄貴が、仲間殺しだの殺人鬼だの言われて殺されたのは少しおかしいと思うよ。でもお前の兄貴を殺したのはアイツらじゃねえだろ! アイツらはそんな奴らじゃねえよ! 一緒にすんな!」


「なんで……脅迫されているギルドの肩を持つの? キミは相当なお人好しさんだね」


「……なに勘違いしてんだよ」


 脅迫されているギルドに肩を持つ? お人好し? ちげえよ。


「俺は脅迫なんかされていねえ。俺が変身しているのは自分の意思だ」


「自分の意思?」


「そう、自分の意思だ。確かに変身するのは嫌だよ……でもな。俺はアイツらと居るのがなんだかんだで楽しいから、ああして嫌な変身を進んでしているんだ。楽しいから一緒に戦っている。お前なんかに救われなくても良いんだよ俺は」


 藤宮達と戦うなんて……どんな好条件を提示されても御免だ。


「大体お前の兄貴は精霊を救うために戦ったんだろ? その妹が目的は違うにしろ、霊界に負の感情を送るなんて事をやっていいのか?」


「いいんだよ……別に精霊なんてどうでもいい。木葉が好きなのは精霊じゃなくて兄様だから。兄様が精霊を救いたいと言えば救うし、兄様を殺した様な連中がそこら中にいるなら、精霊を利用してでも殲滅する。それでいいの」


 駄目だ……説得できる自信がない。

 そろそろ助けを呼んだ方がいいんだろうか。


「じゃあ最後に聞かせてくれないかな? 君は木葉の仲間になる? ならない?」


 ……んなもん決まってんだろうが。


「悪いけど断るよ。これが俺の答えだ」


 俺は心の底からそう言い放つ。


「そっか……でもありがとね」


 時雨木葉はそう言って笑みを浮かべて……俺に抱きついてきた?


「は……?」


 あまりに予想外の返答と行動に反応できなかった。

 なんでこの場面で感謝されて抱きつかれた。コイツは一体何を考えているんだ。

 ってか、こんな場面なのに、胸が当たってドキってしてしまう自分が嫌だ。

 これ……助けを呼んだ方がいいんじゃ……でも殺気なんか全然感じられないし……。


「キミが初めてだよ。ギルドの人なのに、兄様が殺された事をおかしいって言ってくれたの。木葉は嬉しいよ」


 ちょっと……いや、かなり歪んだ人格をしているけど、どうやら兄の事を悪く言わなかった俺には敵愾心が無いみたいだ。

 少なくとも……俺にはそう感じ取れた。

 木葉は俺に抱きついたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「だからキミの事は珍しい人って事で覚えおくよ。たとえ皆がキミの事を忘れても、木葉はキミを忘れない。だから――」


 刹那、俺の腹部に激痛が走った。


「――安心して死んで?」


 一瞬何が起きたか分からなくなった……が、やがて理解する。


「あ……が……ッ」


 そう直感した瞬間、ポケットに入れておいた魔装具を、いまさら起動させた。

 木葉は俺を刺した刃物を抜きながら一歩遠ざかる。


「魔装……具」


 支えを失って倒れながら、目に映ったソレの名を呼ぶ。

 強化制服を貫いて俺を刺したのは、一本の日本刀だった。

 さっきまで何も持っていなかったから、間違いなく魔装具だ。

 そう認識しながら、俺はコンクリートに倒れ伏した。

 コンクリートがどんどん赤く染まっていく。


「……なん……で」


 どう考えても殺意なんか無かったはずだ。

 あの、俺を認めてくれたような雰囲気は一体何だったんだ。


「なんで? ああ、なんで刺したかって事かな? そりゃ木葉とキミは敵同士だからね。いくらキミが兄様の事を非難しなく、ちゃんとおかしいって認識してくれた素晴らしい人間だとしても、魔法少女なんてチートな魔装具を使える人間がギルド側に付いているんだったらやっぱり殺すしかない。残念だよ。できればキミみたいな人は殺したくなかった」


 俺にそう告げる木葉。

 何やってんだよ俺は……殺意が無い? そんなもん隠せて当たり前だろ。

 馬鹿だ……俺。本当に……何やってんだよ。


「あ、残念だけど仲間はすぐには来れないよ? だって私を守ってくれる兵隊の魔装具を置いているからね。きっと今頃必死に戦っていると思うよ?」


「仲間がいる事……知ってたのか……」


「逆に魔法少女になれる貴重な人材を、一人で送りこむ訳が無いからね。一応対策は打ってあるよ。まあお陰で折角集めた魔法具の大半を使っちゃった訳だけど、魔法少女一人殺せたなら安い物かな?」


 ……クソ……こんな所で死ぬのかよ。


「キミも苦しいのは嫌だよね? 本当ならこういう場合ゆっくりと痛みを味あわせながら殺すっていうのが木葉のモットーなんだけど、キミは素晴らしい人間だからね。すぐに楽にしてあげるよ」


 そう言って、木葉は日本刀を俺に刺そうと構える。

 刹那、辺りに金属音が鳴り響いた。

 刀と何かがぶつかり合った音。


「み、宮代君!」


 慌てて叫ぶ藤宮の声が聞える。

 じゃあ今の金属音は、刀と藤宮の大鎌の斬撃がぶつかり合った音か?


「あはッ! 予想以上に早いご登場だね。腐ってもリーダーって所かな?」


 木葉はそんな軽い声をあげて後方に飛んで、急接近してきた藤宮が振り下ろした大鎌をかわす。


「……藤……宮?」


「喋らないで! 今、大急処置をするから」


 そう言ってポーチから魔法具を取り出し、地面に叩きつける。

 そうして展開した魔法具は、俺を包むように結界を張る。


「これでとりあえず出血を抑えられ……嘘でしょ」


 藤宮が絶望交じりの声でそう呟く。


「血が……止まらない?」


 流れ出る血は、精々緩やかになっただけで止まる事は無かった。


「そりゃそうだよ。私の刀で出来た傷は、魔法具や魔装具に耐性を持ってるからね。できても今みたいに、血が流れ出るスピードを弱める事が出来るくらい。救いたきゃ救急車でも呼ばないといずれ死んじゃうよ。ま、させないけど」


 笑いながらそう言う木葉。


「嘘……」


 藤宮が静かにそう漏らす。

 ……そして。


「嘘嘘嘘嘘嘘、うわあああああああああああああああああああッ!」


 そう叫びながら、大鎌を構えて木葉に向かって突っ込む。

 だが攻撃は届かない。

 木葉は瞬時に結界を張った。

 藤宮はまるで横にされたトランポリンにタックルするように弾かれる。


「そら!」


 そう言って、結界に弾かれた藤宮を、結界を解いた木葉は刀で追撃する。

 藤宮はその攻撃を大鎌で防ぎ、俺の居る所まで後ずさる。


「ああああああああああああああああッ!」


 そう叫んで今度は斬撃による攻撃を放った。

 が、結果は同じ。

 放たれた斬撃は木葉の手前で跳ねかえり、藤宮に向かって跳ね返る。


「駄目だよ。私が使っている結界魔装は魔法具や魔装具を例外なく弾いちゃうんだ。アンタの大鎌も。言ってしまえば私の刀も。この結界を張っている内は通過できない。だから私を倒したきゃ、素手か魔装具ではない武器を持ってこないと」


 そう木葉が言った瞬間、藤宮は魔装具を消し拳を握り走り出す。


「でも魔装具の恩恵を受けていない人間なんて、私の刀が通さない」


 と、言って藤宮に刀を振るう。


「ク……ッ」


 藤宮は魔装具を再び出現させ、辛うじてその攻撃を防ぐ。

 これじゃあ全く相手にならない。

 普段の藤宮なら、もしかしたら機転を利かせるなどしてこの状況を切りぬける事が出来るかもしれない。

 でも……今は無理だ。

 完全に頭に血が上って我を忘れている。


「もう諦めて逃げちゃえば? 魔法少女さんをどうにかするのが今回の目的だったからね」


 笑ってそう言う木葉。


「それでも向かってくるんなら殺すけど。アンタ一人を相手にする事位造作ない事だし」


「それは二人でも同じ事を言えるか?」


 第三者の声が耳に届き……地面に着地する音が聞えた。

 折村さんが……木葉の後方に飛んできた。


「あれ? 思ったより早いじゃん」


「……時期に全員集まるさ」


 折村さんはウインドイーターを構えてそう言う。


「折村……さ……」


 折村さんの名を呼ぼうとするが、声が出てこない。


「喋るな! 状況は藤宮のインカムから掴んでいる。俺達が助けてやっから歯ぁ食いしばれ!」


 そう言った折村さんが、ウインドイーターから発せられる風に乗って、木葉に接近し、その勢いを利用した拳での攻撃を放つ。

 木葉はそれを交わしながら、


「へぇ、単純な戦闘能力はリーダーさんの方が上みたいだけど、別の角度から見たら強さの序列って変わっちゃうね。キミは冷静」


 木葉は折村さんに一太刀浴びせようと、刀を構える。

 が、突如放たれた発砲音がそれを阻止した。

 発砲音が鳴り響いた瞬間に木葉は刀を下げ、再び結界を張り、放たれた弾丸を弾き返す。


「パチンコと同じで、弾ってのは大事な時に当たってくれませんよね」


 そんな村上さんの声が聞える。


「宮代さん!」


 今度は中村さんの声が聞えた。

 中村さんは俺に駆け寄ると、


「出てきて!」


 と、叫んで小さな砂利の様な物を辺りに投げる。

 その砂利は地に付くと青く輝きだし、やがて小人の様な物体を形成する。

 以前一回見た事がある。これは中村さんのサブウエポンだ。


「私が宮代さんを此処から連れ出します!」


「頼む、渚ちゃん! ここは俺達で食いとめる!」


 折村さんがそう言って、再び風を纏って舞う。


「大丈夫ですか、宮代さん!」


 屈みこんで俺にそう声を掛ける中村さんの周りにいた小人が、一斉に俺を取り囲み初め、ゆっくりと持ちあげた。


「……だ……いじょ……ぶ」


 そう口にはするが、そろそろ意識を保っているのも限界に近い。

 体の体温が下がり、視界がぼやける。


「もう救急車は呼んであります! だから頑張ってください!」


 そう言われて、もう少し頑張ろうと思った。

 今までだって、親父の無茶や藤宮の無茶の中で頑張ってきた。だから今回も頑張ろう。

 が、出血多量ってのは、頑張ってどうにかなる様な問題ではないらしい。


「宮代さん! 宮代さん!」


 そう叫ぶ中村さんの傍らで、俺の意識は静かに遠ざかっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る