11 立ち上がれ
あれから随分と長い時間が経過した。
今日は俺にとってはなんでもない日だが、ギルドにとっては相当大事な日だった筈だ。
中村さんの話しの通りに制作が進んでいるとしたら、今日は対アポカリプスの魔装具が完成する日だ。
俺はベッドから降りて、ゆっくりと病室の出入り口に向かって歩き出した。
もうほぼ傷は完治した。
正直ほぼではなく普通に完治しているんだと思うが、病院はそういう所にうるさい。
だから退院できるのはまだ少し先だ。
今までの生活が騒々しすぎたから、入院生活はなんというか……ヒマすぎる。
「とりあえず……売店で菓子でも買ってくるか」
そういえば今日って漫画の発売日だったっけ?
発売日を思い出しながら、俺はドアの取っ手をつかんでスライドさせる。
随分とドアが軽く感じた。
どうやら佳奈が同時に同じ動作を行ったらしい。
「あ、兄貴!」
随分と驚いている。
分かる分かる。地味に驚くんだよな、同時に開けると扉が軽くてさ。
「おはよ、佳奈」
今日は祝日だからな。学校も休みだしお見舞いに来てくれたんだろう。
「とりあえず……中に入れよ」
俺は売店に行くのを取りやめ、佳奈を病室に迎え入れた。
いつも通り何気ない会話を、佳奈と交わしていると、異変は唐突に訪れた。
あまりにも唐突すぎた。
今まで普通に俺と会話していた佳奈が、頭を抱えたかと思うと、
「……早く行かないと」
と、今までの会話と全く関連性の無い事を口にした。
「え? どうした、佳奈?」
「どうしたって、アンタ今の話し聞いてなかったの?」
「聞いてたけど……」
聞いてたからこそ訳が分からない。
今は普通に佳奈の学校生活の話や、親父から送られてきた武勇伝メールの話をしていたんだが……少なくとも、何処かに行くなんて言葉に繋がる様な事は無かったはずだ。
「じゃあ早く行きましょ」
佳奈が立ちあがってそう言う。
「行くってどこに?」
「聞いてたのか聞いて無かったかどっちなのよ……ここら一体に避難勧告が出てるから、避難するって話だったじゃない」
「避難勧告……って何の?」
だからそんな話してなかっただろ? なんだよ避難勧告って。
「ホント……何が起きるんだろうね」
「え……知らないのかよ」
「うん。何が起こるか分からないんだけど……とりあえず此処ら一体に居る人は避難だって」
なんだよそれ。そんな訳のわからない避難勧告を出して、鵜呑みにする奴なんているわけねえだろ。
じゃあなんで佳奈はこうして信じ込んでるんだ? 佳奈はこういう事があっても、そう簡単に呑む奴じゃないと思うんだけど。
冷静に考えろ……何かがおかしい。
夢? ……んな訳が無い。
じゃあやっぱりこれは……魔装具か魔法具の力なのか?
もしそうなら、曖昧な内容を信じ込むのも頷ける。
だとしても何の為に……此処ら一体に避難に避難を要請しないといけない事ってなんだ?
少しだけ考えて、すぐに結論にたどり着く。
「……アポカリプス」
思わず脳裏に浮かんだ単語を漏らす。
「ん? 何か言った?」
俺の荷物をせっせと纏めている佳奈が、そう聞いてくる。
「いや……何でもない」
「何でもないなら手伝いなさいよ」
「ああ、分かった」
そう言って、俺は荷造りを手伝う。
クソ……マジでどうなってんだ。
もしアポカリプスが出現するんだとしたら……予定より三日も早いぞ。
大丈夫なんだろうな……藤宮。
病院からの避難と言うのは、実に凄いものだった。
重症患者は皆、別の病院へ搬送されていく。
俺はというと、もうほぼ完治している為自力での避難となった。
見える人から見れば、帯刀とか避難者のスタイルじゃねーだろとかツッコまれそうだが、置いてくる訳には行かないんだから仕方が無い。
そんな俺達が避難してきたのは、病院から大分はなれた巨大な文化会館。
巨大な建物の中に、色々な用途に対応できる施設が詰まったところだ。
来るのは初めてだからよくわからんが。
「それにしても……何が起こるんだろうね」
会館の中で不安そうな佳奈が、そう漏らす。
「……なんなんだろうな」
佳奈に答えた俺は無意識に、腰に下げた刀を握っていた。
俺……こんな所に居てもいいのだろうか。
「どうしたの、兄貴?」
「いや、何でもない……ちょっとトイレ行ってくるよ」
そう言ってこの場を離れる。
ホント……こんなんで良いのかよ。
ぼんやりと悩みながら歩いていると、
「……宮代?」
と、聞き覚えのある声が聞えた。
声が聞えた方を振り返ると、そこに立っていたのは松本さんだった。
「松本さん!」
「……久しぶりだな。元気してたか?」
松本さんは、酷く疲れた表情でそう言う。
この際だ……聞いておこう。
「松本さん……今一体何が起きてるんですか?」
「……薄々分かっているんじゃないのか? アポカリプスの出現が早まったんだよ」
「早まったって……」
「……恐らく、時雨木葉が何かしたんだろう。ここ最近特級精霊の出現が無かったから、何か企んでいるんじゃないかと思ったが……まさかこんな事が起こるとはな」
悔しそうにそう言う松本さん。
「ところで、松本さんはどうして此処に? ギルドに居た方が安全なんじゃ……」
確か以前聞いた話だと、ギルドはそれなりの防衛設備が備わっていたはずだ。
「……単純な話だ。ギルドの防衛性能を持ってしても、アポカリプスの行動範囲に放り込まれたらかなり危険って事だ。非戦闘員のメンツは此処に集まっている」
「って事は、雨宮さんやミホちゃんも?」
「……ああ来ている。上の階で作業中だ」
作業中って……まさか。
「……対アポカリプスの魔装具を作っているって事ですか?」
「……ああ。まだ最後のプログラムが組上がっていない。終わり次第直に送るつもりだが、アポカリプス出現時刻には間に合わない……だから藤宮達と他のギルドからの増援が、アポカリプスの足止めをする事になっている」
「足止めって……大丈夫なんですか?」
あの時……どうにもならなかった相手だろ?
「……大丈夫な訳ないだろ。相手はあのアポカリプスだぞ……しかも、急な出現時刻が早まったから、こちらに来るはずの増援がまだ半数程しか到着していない」
「だ、駄目じゃないですか、それじゃあ!」
それじゃあ……藤宮達が死ぬかもしれないって事じゃないか。
「そ、そうだ……この場は一旦引いて、完成してから立ち向かうってのは……」
俺が藁にも縋る思いでそう言うが、松本さんは静かに首を振る。
「……そうしたいのは山々だが……それをやると、軽く日本の半分が滅ぶぞ?」
だから引けないって事かよ……。
「……じゃあ俺はそろそろ戻る。オペレーターとしての仕事もそうだが、何より少しでもミホちゃんを手伝ってあげないと」
松本さんは俺に背を向け、ゆっくりと遠ざかっていく。
……俺は本当にこんな所に居ていいのかよ。
このままじゃ……藤宮達が死ぬかもしれないんだぞ?
そんなの……酷すぎるだろ。
「……松本さん」
俺は松本さんにぎりぎり届く様な声で、引きとめる。
「……どうした、宮代」
言え……言うんだ。
そう言い聞かせていると、脳内に刺された時のビジョンが駆け巡るが、俺は必死にそれを振り払う。
……ここで何も出来なかったら、一生後悔する。だから――。
「……ください」
「ん?」
「アポカリプスの出現ポイントを……教えてください!」
必死な思いでそう言った。
「……怖いんじゃなかったのか?」
確かに怖いよ……あの時の恐怖は拭いされない。でも――
「俺は皆に死なれる方が怖いんです! だから……」
「……分かった」
俺の言葉を遮るようにそう言った後、ポケットからスマホを取り出し、早々と操作する。
そして指が止まったかと思うと、それをこちらに放り投げた。
「松本さん……これは?」
画面にはこの辺りの地図が表示されている。
「……画面の印に向かって走れ。ナビゲーション機能が付いているから、土地勘が無い奴でも辿り着けるはずだ」
そして松本さんは薄っすらと笑みを浮かべててこう言う。
「……頼んだぞ、宮代」
そうしてその直後に、こちらに歩み寄ってくる足音が聞えた。
その方角へ目を向けると……底に居たのは雨宮さんだった。
「何か騒がしいと思って来てみれば、やっぱりキミか」
「雨宮さん……」
「……ミホちゃんの作業の方はどうなってる?」
松本さんが尋ねると、雨宮さんがこう答えた。
「とりあえず、私が手伝える事はもう無くなった、とでも言っておこう」
そう言った後、白衣から何かを取り出し、こちらに投げてきた。
「餞別だ。受け取ってくれ」
投げてきたのは緑色の宝石の様な物だった。
おそらく……魔法具だろう。
「突風を引き起こす魔法具だ。なんの役に立つかは分からないが、お守り程度に持っておけ」
お守り……か。ホント、ありがてえよ。
「……ありがとうございます!」
俺はそう言って松本さんと雨宮さんに背を向け、出現ポイントに向かって走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます