4 彼女の正体

「紹介するわ。今野聡……変態よ」


「……情報屋だ」


 テーブル席に腰かけ、そう説明する藤宮に、対極側に座る今野さんが訂正した。

 もしこの紹介だけを聞いたのであれば、藤宮が今野さんを馬鹿にしているようにしか見えないかもしれないが、今回ばっかりはそうではない。

 認めよう……今野さんは変態だ。


「前に色々あって殴ったら、殴られたのに笑っていた時があったけど……まさかドMで、しかもドSだったなんてね」


「MS……かっこいいだろ」


「……もうなんでもいいです」


 藤宮の隣に座っていた俺は、呆れた表情でそう言った。


「で、どうだったの。調査結果は」


 藤宮は呆れ交じりに本題に入る。


「ああ、そういえばそういう理由で来たんだったな。忘れてたよ」


 ……忘れるなよ。

 今野さんは懐から写真を取り出す。


「時雨木葉。ソロのハンターだ。お前の言ってた奴はこの子で間違いないか?」


「そうよね、宮代君」


「ああ。あの時に居た子は間違いなくこの子だよ」


 俺は軽くあの時の事を思い出し、そう答える。


「お前らの仮説通り、この子が魔装具を使って負の感情を霊界に送りこんでいる。ちゃんと現場は抑えたぜ」


「証拠品とかは有るの?」


「残念ながら。相手がそんなヤバイ事をやっている様なハンターなんだから、こういう情報を手に入れるだけでも相当に大変だったんだからな。まあとりあえず俺の目撃証言って事で信用してくれね?」


「信用って言われてもねー、あんな事があった後じゃねー」


「そうだよな。流石にアレの後だと……」


「いや、趣味と仕事は別だから! 公私混合はしねえよ!」


 遠い目で見つめていた俺達に、そう主張する今野さん。


「で、まさか二週間も掛けて、アンタの持ってきた情報がこれだけって事は無いでしょうね?」


「まさか。俺から情報収集能力を取ったら何が残るよ」


「……何も残らないでほしい」


「……できる事なら跡形もなく消えてほしい」


「いいね、もっと罵倒してくれよ!」


 ああ、このギルドに所属し始めてからいろんな人と接してきたけど、この人はどうも無理だな。


「じゃあさっさとその情報を教えて、此処から消えなさいよ」


「ま、俺もヒマじゃないし、仕事をしたらちゃんと帰るよ」


 そう言って、懐から一枚の写真を取り出す。

 高校生位の日本人の写真だ。

 とても……優しそうな顔をしている。


「お前もギルドのトップなら……コイツが誰だか分かるな?」


「知らないわけ無いじゃない。寧ろこの業界で知らない奴の方が少ないわ」


 あの……俺、知らないんですけど。


「……あの、この人は?」


 とりあえず、話しに付いていけなくなるのもアレだったので、聞いてみる事にした。


「え? お前知らないの?」


 今野さんに心底驚かれた。


「えーっと……まあ」


「嘘だろ?」


「私が教えてあげるわ」


 藤宮が写真を指差す。


「この男は時雨雄一。最強の魔装使いで……最悪の仲間殺しよ」


「仲間殺し……?」


「三年前。自分の所属していたギルドを壊滅させた。その後他のギルドの手によって殺害。この一件は業界最悪の仲間殺しと言われてるわ」


 とてもそんな事をする人には見えないんだが……人は見掛けによらないって事か。


「っていうか時雨って……」


 俺がそう漏らすと、今野さんは真剣な表情で、


「そう、さっき話した時雨木葉は、時雨雄一の妹だ」


 あの子が仲間殺しの……妹。


「……続きは?」


 藤宮がそう呟く。


「続きって?」


「なんで私達が戦っている時ばかりを狙って霊界に負の感情を送りこむのか。一番聞きたかったのはこれよ」


 確かにそうだ。

 ハンターは魔法具を横盗って金を稼ぐ集団。俺達居る所で態々そんな事をするのはおかしい。


「詳しい事は分からなかった。俺だって万能じゃないからな。誰も味方にせずに一人で意味不明な行動をしている奴の心理状況なんて掴める訳が無い。ただ……憶測は出来る」


「憶測って……情報屋が客に対して言う様な事なのそれ?」


「まあ信じるか信じないかはお前ら次第だ」


 そう言って、今野さんは軽く咳払いをする。


「……仲間殺しだろうが何だろうが、時雨木葉にとって時雨雄一は兄だ。調べた情報によると、時雨木葉の両親は、時雨雄一が殺害される二年前に病死している。だから時雨木葉にとって時雨雄一は唯一の肉親だった訳だ。その兄が殺されたら……妹はどんな行動に出ると思う?」


 唯一の肉親が殺される……そこから結び付く事と言えば……。


「……復讐?」


 藤宮がそう呟いた。


「俺はそうじゃないかなと思っている。他には見当もつかない」


「で、どうしてソレの対象が私達なわけ?」


 確かにそうだ。

 このギルドが出来たのは、折村さんの話によると去年の事だ……どう考えても関係ない。故に俺達が標的にされる訳がないのだ。


「多分ギルドと名の付く組織全てを恨んでいるんじゃないのか? 逆恨みもいいとこだが、態々お前らの近くでそんな事をする理由なんてそれくらいしか思いつかねえよ」


 そう言って今野さんは立ち上がる。


「料金は半額でいいよ。お前らの望む結論までたどり着けなかった訳だし」


 そう言って、店の出入り口に向かってゆっくりと歩き出す。


「あ、ちょっと待って、お金!」


 そう言って藤宮は呼びとめる。


「お金? ああ、いつもの口座に振り込んどけよ」


「いや、そうじゃなくて」


 藤宮は小走りで、今野さんの前に回り込む。

 そして掌を今野さんに付きつける。


「……なんだよその手は」


「何って、日替わりセットの料金四百円。まだ貰ってないわよ」


「「アレ金取んの!?」」


 俺と今野さんは同時にシャウトした。


 ひでえ。ぼったくりバー並……もししくはそれ以上にひでえ。


「嫌だ。気絶していて何も味わえなかったし!」


「文句言うのそこじゃねえだろ!?」


 俺達が料金について揉めていると、


「お兄ちゃん。魔装具の修理終わったよ」


 と、刀を持ったミホちゃんが扉を開けて現れた。

 それを見て今野さんは薄っすらと笑みを浮かべると、


「あ、ちょっと!」


 俺の制止を聞かずにミホちゃんの方に駆け寄り、片膝を付ける。


「お嬢さん。俺を蹴ってください」


「えぇ!?」


 そう懇願され、あたふたするミホちゃん。


「ああ、その表情が最こガハッ!」


 今野さんに蹴りが放たれた。

 と、言っても放ったのはミホちゃんでは無かったが。


「……殺すぞお前」


 そう言ったのは、扉を勢いよく開き、全力疾走でドロップキックを放った松本さん。

 蹴り飛ばされた今野さんは、そのまま床に頭を打って気絶している。

 まさか、その場にいた俺達が止めに入るよりも早く現れるとは……対応が迅速過ぎる。

 これが……盗聴器の力か。

 ていうか今野さんが蹴ってくれって言ってすぐ出てきたって事はこの人、こっちに向かってくるミホちゃんをつけてきたのか?

 危ねえ……今野さんも充分に危ないけど、この人もハンパなく危ない。


「……大丈夫だったか? もう危ない人は眠ったから安心して良い」


 松本さんは腰を低くしてそう言った。

 もう一度言う……アンタも危ない。

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