3 MS
「にしてもアポカリプスねえ……」
まさかあの震災の裏であんな事にがあったなんて……とんでもねえ話だな。
あの暴走精霊一体でギルドが一つ消えている。
説明に無かっただけで、もっと沢山のギルドが壊滅しているのかもしれない。いずれにせよ、最悪な事には変わりは無いな。
そんな憶測を立てつつ、喫茶店スペースの扉を開けた。
「……あ」
結論を言わせてもらうと、既に手遅れだった。
カウンター席に二十歳ぐらいの青年が突っ伏している。
どうやらコーヒーを呑みながら倒れたようで、ティーカップが倒れて、コーヒーが流れている。
携帯に至っては、開いたまま床に転がっている始末だ。
「お、おい! ちょ、大丈夫ですか!」
俺は慌てて駆け寄り、青年の体を揺する。
返事が無い、ただのしかばね……いや、なんとか息はある!
「俺がいない間に一体何があった!」
一応無事っぽいけど、普通こんなのありえねえだろ!
開店初日で保健所が来るわ!
「今日のお勧めメニューを提供しただけだわ」
「お勧めメニュー?」
俺はカウンターに置いてあったメニューを眺める。
「えーっと、日替わりセット。今日は日曜だから……トースト、サラダ、日曜限定まろやかコーヒー」
見た感じトーストとサラダは手を付けていなさそうだ。
となると……コレか。
この日曜限定まろやかコーヒー。犯人はてめーだ。
「おい藤宮。ちょっとこのまろやかコーヒーを俺にも入れてくれねーか?」
「いいわよ別に。お金取るけど」
「グ……まあいい」
毒物に金を払うのは勿体ないけど、何事も真実に辿り着くには代償は必要なんだ。
「じゃ、ちょっと待ってて」
「おう」
俺はおそらく情報屋の人だと思われる人の背中を摩りながら、藤宮がまろやかコーヒーを入れるのを眺める。
外部の人までこんな目に遭わせるなよ。
いや、内部の俺達もこんな目に遭いたくないけど。
「えーっと、これをこうして……」
そう言って、藤宮はテキパキと動く。
なんというか……普通だ。
ティーカップにコーヒーを注いでいる現時点でのコーヒーは、豆に細工をしていない限り普通においしそうなコーヒーだ。
一体此処から何を入れた。異常な程に辛い物でも入れたか……ヤバ、トラウマが蘇ってきた。
「えーっと後は……」
藤宮がしゃがみこんで、何かを取り出している。
カウンター席からでは何を出しているのか分からない。
クリープとかだろうか。
……いや、でも此処くらいしか、コーヒを毒に変える様な物を入れるタイミングが無いよな。
多分、無茶苦茶不味くて、コーヒーに絶対遭わない何かだろう。
俺が予想を立て終えた頃、藤宮はお目当ての物を見つけたようだった。
「あったあった柔軟剤」
「はいストオオオオオオオオオオオオオオオオオップ!」
俺は全力でシャウトした。
「予想の斜め上を突き抜けたわ! なぜに柔軟剤!?」
「ほら、まろやかって柔らかいと雰囲気が似てるじゃない。だからまろやかイコール柔軟剤でOKじゃないかなーって」
「OKじゃねーよ! 思いっきり飲んだ人KOさせちゃってるよ!」
「当店のコーヒーは、快楽感を与えた後に禁断症状が起こります。ご注意くださいって張り紙付けとこうかしら。心なしか一瞬笑っていた気がするし」
「何それ! 薬物!? 喫茶店でなんてもん錬成してるんだよ!」
「前々から思ってたけどツッコミ激しすぎない? 情緒不安定なんじゃないかしら。一度病院で見てもらったら?」
「お前が見てもらえ! 頭の!」
「まあ落ちつきなさいって。ほら、日曜限定まろやかコーヒーよ。飲みなさい」
「お前死ねってか!」
「大丈夫よ。死なない様に作ってるから。生と死の境目がまろやかになるけど」
「それどういうこと!?」
「にしても、これヤクザ喫茶だったら指詰めしないといけない様な状況ね。怖いわー」
「もうなんでもいいから、お前は自分の頭に常識を詰め込んでくれ。頼むから」
冗談でも、やっていい事と悪い事があるだろうに……コレ、冗談でやってるんだよな? 素……じゃないよな?
「で、どうする宮代君。普通のコーヒー飲む?」
「いや、怖いから止めとく」
コーヒーメーカに手を添えて俺に尋ねる藤宮に、深々とため息を付いてそう断った時。
床に転がった携帯から某アーティストの新曲の着信音が鳴った瞬間、青年がガバっと顔を上げる。
「流石に死ぬかと……グハッ!」
青年がそう言いかけた所で、藤宮がカウンターを飛び越えて、青年にドロップキックを食らわし、青年は椅子からそのまま転げ落ちる。
「ちょっとおおおおおおおおおおッ! 何やってんだ藤宮!」
俺がそう叫ぶと、藤宮は右手で左肘を掴みながら、
「私……そのアーティスト嫌いなのよ」
「お前一体そのアーティストにどんな恨み持ってんの!?」
嫌いだからってこれはねーだろ!
「だって初期の頃と方向性違いすぎるもん! 昔の名曲で言ってた事最新の曲で全否定するもん!」
「お前好きなのか嫌いなのかどっちだ!」
なんだこの面倒臭いファン!?
「大丈夫ですか!?」
今の蹴りで意識が朦朧としている青年の体を揺さぶる。
「あれ……川を越えた先でライブやってる?」
「行っちゃ駄目だから! やってねえよライブ! そこ渡ったら逝っちゃうから!」
俺の時とは違い、岸から岸へと渡るタイプの三途の川を渡ろうとしている青年を、必死に呼びとめる。
「あ、もし限定のグッズ有ったら買ってきて。後でお金払うから」
「行かせるなよ! 払うのが代金じゃなく、香典になるから!」
「払わないわ。だってコイツの葬式行く気無いもん」
「行ってやれよ!」
マジで帰って来い! オイ!
何度揺さぶっても起きる気配は無い。
「……藤宮、この人のメアド分かるか」
「ええ、分かるわ」
「じゃあすぐにメール送れ!」
俺はそう指示し、転がっている携帯を手にする。
そして青年の耳元にセット。
「じゃあ送るわよー」
藤宮がそう言って数秒後。
そして流れる新曲。
着信音と共に、再び青年が起き上った。
いや、着信音がアレだから再起動とでも言うべきかもしれない。
「……ってて……おい、藤宮。いい加減にしろよ」
随分とご立腹の様だ。まあ当然だよな。
青年を宥めようにも全面的に藤宮が悪い訳で……はぁ。
なんかマズそうだったら止めるって方向で、今は成り行きに任せるか。
青年はゆっくりと立ち上がって一歩前に出て、
「ラーメンの時もそうだったけど、気絶しちまったら気持ちよくねーだろうが! 痛めつけるんなら適度にやれよ適度に!」
……あれ? キレる所おかしくない?
この人いわゆるドMだったりするわけか? っていうか、あのラーメン食ったのこの人かよ。
なんというか……今の反応を見て、藤宮が冗談ではなく本気で引いているんだが。
「いや……なんか……ごめん」
見てはならない物を見てしまった、というような感情が顔から滲み出ている。
「そう! そういうイジメがいがありそうな顔も好きだぜ!」
「あんたMかSどっちなのよ……」
「あえて言うなら両方かな……ってちょっと待て。MとSを併せ持つ。MS……なんかロボットアニメに出てきそうになったな」
「「いや全然違う!」」
珍しく藤宮と二人で突っ込んだ。
「二つの快感を味わえる、誰しも憧れる素晴らしい機体」
「誰も憧れねえないから! とりあえず多方面に謝れ!」
「色んな人が殴りに来てくれるのを待つさ! さあお前らも殴りたきゃもっと殴れ!」
そう言って青年は両腕を大きく広げる。
「イヤ! 来ないで! 本気で気持ち悪いから!」
「ああ、その表情を見てるといじめたくなるなぁ」
「こっち来ないで!」
藤宮は近くに有った置物を手当たり次第に投げつける。
「痛っ……でもこの位が丁度いい……さあ、もっとこい!」
「ちょ、アンタいい加減に……痛い藤宮! 流れ弾当たってる!」
結局この騒ぎが終結するまで一分弱程の時間を有し、俺は頭にタンコブを貰うこととなった。
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