2 アポカリプス
「あ、お兄ちゃん」
「おはよ、ミホちゃん」
共有スペースのドアを開けた所で、出ようとしていたらしいミホちゃんとはち合わせた。
「ミホちゃん。ちょっといいかな」
「ん、なに?」
早めに本題に入っておこうと思う。
喫茶店の方に今藤宮が一人で居るわけだが、心配でしょうがない。
主に情報屋の人が。
だから早めに要件を済ませて喫茶店スペースへと戻りたい。
「実はさ、この前ミホちゃんに作ってもらった刀の調子が少し悪くてさ、見てもらえると嬉しいんだけど……」
「いいよ!」
即答だった。
なんというか……やっぱりいい子だな。何一つ嫌な顔しねえもん。
「じゃあよろしく頼むよ」
「うん。任せて!」
自信満々にそう言うミホちゃんに、刀を手渡した。
刀を受け取ったミホちゃんは近くのソファーに座り、ポケットの中から、魔装具と思われる小さな道具を取り出す。
多分壊れている所の発見や、修正に使う魔装具なんだろう。
「すぐに終わらせるから待っててね」
ミホちゃんは俺に笑いかけ、その魔装具を使って日本刀に、専門知識の無い俺じゃなんて言って良いのか分からない様な作業を始める。
実際に間近で見ると、本当に凄いなと思うなミホちゃんは。
あ、そういえば、なんでギルドに居るのかって事を聞いて無かったな。
気になっていたし、この際本人に聞いてみるか。
「なあミホちゃん」
「ん? 何かな」
作業の手を休めずにこちらに反応する。
「ミホちゃんってさ、どうしてギルドに……」
そう言いかけた時、ポケットに仕舞っていた携帯が鳴りだした。
「あ、ちょっとごめん」
そう断って携帯をポケットから取り出し、相手を確認する。
……松本さんだ。
「もしもし」
俺は通話ボタンを押し、電話に出た。
『……宮代、一旦共有スペースから出てこい』
と、唐突だなぁ……。
「何かあったんですか?」
『いいから出てこい……すぐにだぞ』
そう念を押されて、松本さんからの通話は切れた。
一体なんの用だろうか。
まあなんにせよ、すぐに出てこいって話だから、ミホちゃんの話を聞く時間が無くなってしまったな。
「ごめん、やっぱり後でにするよ。ちょっと松本さんに呼ばれちゃったから」
「うん、分かったよ。じゃあお兄ちゃんの魔装具直しておくね」
「おう。ありがとな、ミホちゃん」
そう言って、俺は共有スペースを出る。
そして最初に目に飛び込んできたのは、ノートPCを片手に突っ立っていた松本さんだ。
ていうかこんなに近くに居るんなら、普通に部屋の中に入って声掛けろよ。
「で、どうかしましたか?」
俺が聞くと、松本さんは小さくためため息をつく。
「……お前ミホちゃんに、此処に来た所以を聞こうとしただろ」
「まあそのつもりでしたけど……何か問題ありました?」
「……問題があるからこうして呼んでいる」
問題って……別に俺は変な事を聞こうとした訳じゃないぞ?
「……ミホちゃんにあの話題は禁句だ。覚えておけ」
「禁句って……そんなマズい理由でもあるんですか?」
「……ああ」
松本さんは顔を俯かせる。
「……ミホちゃんの親が亡くなったから……ミホちゃんは此処に居る」
「亡くなったって……」
ギルドが絡んでいるって事は……精霊関連でか。
「……場所を変えよう。ここじゃ聞かれるかもしれない」
「……分かりました」
まだ詳しい事は聞いていないけど、あのままだったら、俺はミホちゃんの傷を抉る事になっていたのかな。
何が……遭ったんだろうか。
俺はそう考えながら、先頭を歩く松本さんの背中を追った。
「……ここならいいだろう」
ある程度離れた所で立ち止まり、松本さんは壁に体重を預けた。
「……なあ、宮代。ここ最近の大災害って聞いて思いつくのは何だ?」
大災害? 精霊関係の話じゃないのか?
「最近の大災害っていったら、アレですよね。北陸の」
半年前に、テレビで見た映像を思い出しながら俺はそう答える。
北陸大震災と呼ばれているソレの規模は、阪神淡路大震災や東日本大震災に匹敵する規模の大震災。
幸い原発事故などは起こらなかったものの、まだその震災の爪後は残っており、いまだに復旧作業が続いている。
「……まあそうだろうな。でも……あれは震災なんかじゃない」
「え? 震災じゃないってどういう事ですか?」
どう考えたって震災だろう。
実際、震源地から随分と離れた俺の家でも揺れを感じた。
それほど大きな地震が震災じゃないわけが無い。
「……アポカリプス。あの時北陸地方を襲った精霊の名前だ」
「アポカリプスって……つまり大災害や大破壊って意味ですよね」
「……何故そんなに簡単に意味を理解出来るんだ」
藤宮にも言われたが、この位一般教養だろう。
……まあそんな事は置いておいて、
「じゃあなんですか。あの大地震を起したのは精霊だって言いたいんですか?」
「……三十点」
半分もあってないのかよ。
「……そもそもアレは地震なんかじゃない……あの震災の傷後は全てアポカリプスが暴れた後だ」
「暴れたって……普通の暴走精霊みたいに出現して暴れてるのと同じって事ですか?」
「……そうだ」
「でも、あんな被害を発生させる暴走精霊が出現していたら、嫌でも情報は回ってくるでしょう。そんな事テレビで全く報道されてませんでしたよ」
テレビだけじゃない。
ネットのニュース欄や掲示板は見て回ったが、そんな事は何処にも書いていなかった。
「……そりゃそうだろう。アポカリプスは特級精霊をも上回る力を持つ特神精霊だ。そんな精霊が落とす魔法具がどれだけの効果を生むと思う?」
「まさか……それで記憶を改ざんしている?」
「……察しが良くて助かる」
その結果が地震って事か。
まあその判断は妥当だと思う。
仮に何も起きなかったという事に改竄したとしたら、何も起きていないのに町が壊滅状態になっている事になるからな。
地震っていう事にするのが……一番自然か。
「……アポカリプスとの戦いの際には、世界中の対暴走精霊のギルドから選りすぐりの人員が動員された。そしてその中にミホちゃんの両親がいた。もう言いたい事は分かるな?」
俺は脳裏に浮かんだ、間違っていてほしい問いの解を答える。
「精霊に……殺された?」
「……そういうことだ」
松本さんは悲しげにつぶやく。
「……ミホちゃんの両親がリーダーを務めていたギルドはアポカリプスの一件で壊滅。そのギルドと親交が深かった僕達が引き取った。そういうことだ」
壊滅ってことは、ミホちゃんの周りに居た人が皆いなくなってしまったって事だよな。
「ありがとうございます、松本さん」
「……何に対してだ?」
「あのままだったら大変な事になる所でした。松本さんがいなかったらと思うとゾッとします」
傷を抉るどころじゃ済まなかったかもしれない。
引き止めてくれた松本さんには感謝……ってちょっと待て。
なにかおかしくないか?
「松本さん。一つ聞きたい事があるんですけどいいですか?」
「……なんだ? 言ってみろ」
「なんで俺がミホちゃんに、ギルドに入った経緯を聞こうとしているのが分かったんですか?」
改めて考えると、おかしいだろ。
なんで知っているんだ。
「……簡単な話だ」
そう言って自分の耳を指で突く。
「えーっと……インカム?」
「……そうだ。俺はミホちゃんに何かあった際、警察に通報するなどの行動をスムーズに行うために、ミホちゃんに盗聴器を仕掛けてある」
「おまわりさあああああああああああああああん!」
警察に通報? アンタが逮捕されろ!
「……何をそんなにうろたえてる。考えても見ろ。キッズ携帯だって親から監視されている様な物だぞ? あれとなんら変わりは無い」
「全然違いますから! 一緒にしないでくださいよ!」
なんかこの人をミホちゃんに近づけてはいけない気がする。
「……まあとにかくだ。ミホちゃんの前でこの話題はするなよ」
「……分かってますよ。松本さんも盗聴とかはもう止めてくださいよ」
「……」
返事が無い、ただのロリコンの様だ。
俺は松本さんが聞きいれてくれた事を信じて、既に藤宮が何かやらかしていそうな喫茶店まで足を運ぶ事にした。
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