5 昔の話
俺と藤宮は、気絶した今野さんの財布から少し多めに五百円を抜き取って、近くの路地に寝かせた後、本日の精霊の出現ポイントに向かい歩いていた。
なんでだろう……不思議と罪悪感が沸かない。
「そうだ藤宮」
出現ポイントまでまだ少し距離があるので、ちょっと聞いておきたい事を聞いておく事にする。
「さっき松本さんからアポカリプスの話を聞いたんだけどさ、その時アポカリプスって討伐できたのか? 出来てなきゃまた出るかもしれないって事だから、少し気になってさ」
俺がそう聞くと、藤宮は少し悲しいげな表情になる。
「出来る様な力があれば……あんな事にはなら無かったわ」
「あんな事って言うと……沢山のギルドが壊滅したっていう事か?」
その中にミホちゃんの親も居た。
そういえば選りすぐりの人員が動員されたって言ってたよな。
「なあ、お前ってさ……あの場所に居たりしたのか?」
俺がそう聞くと藤宮は顔を俯かせ、
「……居たわよ」
と、不機嫌そうに呟く。
あれ? 俺何か地雷踏んだか?
アレか? 自分が居たのに、倒せなかったから悔しい的な感じかな?
「いや、別にお前が居たのに倒せなかったとか言って責めてる訳じゃないからな。だからお前が気に病む事は――」
そこまで言った時だった。
パチンという音と共に、俺の視界がぶれた。
頬が痛い……ビンタされたのだから当然だ。
「……藤宮?」
二週間もあったから、ビンタされることだって何度もあったけど、今回は藤宮の雰囲気は違う。
いつもの様に俺を罵倒せず、ボケもせず……俯いた顔を上げようとしない。
「私が……悪いのよ」
それだけ呟いて、精霊の出現ポイントの方角に向かい走り出す。
「……藤宮」
明らかにいつもと様子がおかしい。
まさか……その時に、心に大きな傷を負う様な事があったのか?
それを……俺が抉った?
だとしたら俺……最悪じゃねえかよ。
藤宮が遊び半分で俺達にしてくるどんな悪行よりも……最悪だ。
「ん? ……なんだろう」
藤宮が落として行ったんだろうか。
「……お守り?」
神社とかで買えるアレだ。
でも中身がなんかゴツゴツしている。
少し罰当りな気がするが、お守りを開いてみる。
「これは……魔法具?」
中には小さな魔法具が二つ入っていた。
でもコレ、専門知識を殆ど持ち合わせていない俺から見ても壊れているって認識出来る位壊れている。
なんでこんなもんを持ってたんだ?
「……まあ考えても仕方ねえか」
とりあえず……藤宮を追おう。
アイツはやらなきゃいけない事をすっぽかす奴じゃないから、あのまま出現ポイントに向かったはずだ。
俺もそこに向かって……とりあえず謝ろう。
俺はお守りを閉じてポケットに仕舞い、出現ポイントに向かって走り出した。
今日の出現ポイントは不況の煽りで潰れた工場だった。
山なんかと違って、人がぼちぼち通る道路に隣接している為、工場周辺にはギルドの皆が人払いと呼んでいる魔法具が展開されていた。
効果は文字通り、これさえ張っておけば関係無い人間は入ってこないという代物だ。
「これが既に張られている所を見ると……もう藤宮は居るって事だよな」
工場周辺を見渡しても藤宮の姿は無い。
「って事は中か……」
そう判断して、俺は小走りで工場の中に入る。
「……いた」
藤宮は階段に座り込んでいた。
いつもの元気が全く感じられない藤宮が。
俺はそんな藤宮に歩み寄る。
「これ……落としたぞ」
ポケットからお守りを取り出して、藤宮に手渡す。
「あ……拾ってくれたの? ありがとう」
珍しく素直にお礼を言われた。
あ、そうだ……謝らないと。
一体何を謝ればいいのか分からないけど、とにかく謝らないと。
俺の発言が原因でこうなったのは、火を見るより明らかな事だ。
俺はゆっくり口を開いた。
「……藤宮さっきはごめ――」
「さっきはごめんね、宮代君」
呟くように謝ろうとした俺の声を、藤宮の謝罪がかき消した。
「ちょっと……感情的になりすぎたわ」
感情的になる……か。
藤宮がそこまでになるなんて、一体何があったんだよ。
知りたい。
藤宮の傷を抉りかねない問いだけど、どうしても知りたかった。
藤宮をこんな状態にする程の、衝撃的な出来事の全貌を。
「なあ……一体何があったんだ? 三月十一日。アポカリプスの現れた時に」
俺がそう尋ねると、力無い声で藤宮は言う。
「……私の両親はね、結構大規模なギルドの幹部をやっていたの」
どうやら話してくれるようだった。
俺はとりあえず地べたに座り込む。
「私があの時、アポカリプスの出現ポイントに出向いたのは、実力が認められて呼び出されたのと、久々に両親の顔を見るため。この二つだったわ」
この時点で……嫌な予感しかしない。
「その時にね、お守りにって魔法具を貰ったの。さっき拾ってくれたお守りの中に入っているのはその時の魔法具」
さっきの二つも魔法具は……藤宮の両親の物だったのか。
「そうしてね、明日は頑張ろうって三人で誓った。でも……いざ蓋を開けてみると、アポカリプスは頑張ってどうにかなる様な暴走精霊じゃなかった。特神精霊っていう名前が付けられている通り神がかった強さ……いや、悪魔だったわ」
そりゃあれだけの被害を齎した精霊だ。悪魔っていうのも頷ける。
「そのアポカリプスがね……私達三人が居た所にとても交わせないような攻撃を飛ばしてきたの。でも私は生き残った。なんでだと思う?」
そんな攻撃から藤宮を守ったもの……。
「……両親から貰った魔法具?」
「……そう、正解よ。私は二人から貰った結界の魔法具に守られて生き残った。あんな化け物の攻撃を二つ掛りだけども防ぎきる事ができた魔法具のおかげでね」
「……お前の両親はどうなったんだ。そんな凄い魔法具を持っているんだから……助かったんだよな?」
話の流れからして、俺の言っている事が間違っている事は分かっている。
それでも藤宮本人から答えを聞くまでは希望のある憶測を持っていたい。
藤宮は少しだけ口を閉ざした後、
「それほどの凄い魔法具を……そう何個も用意できると思う?」
と、俯かせた顔を上げることなく言った。
「結局……私があの場にいた所為で……二人は死んでしまった。だから全部……私の所為なのよ」
「それは違うんじゃねーのか?」
俺が立ち上がってそう言うと、藤宮は顔を上げた。
「藤宮。俺と初めて会った時に、お前は俺を守った所為で怪我を負った。それに対して俺は一つしかない魔法具を使って全快した。お前はそんな俺を酷い奴だとか思ったか? 俺の所為で怪我を負ったとか考えたか?」
「……思ってない」
「だったらそれが答えだ。救われる側に罪なんて無いんだよ。救いたい奴が救いたいと思ったから救ったんだ。救われたから罪なんて言ってるのを救った奴が聞いたらどう思うよ。お前ならどうだ藤宮? 俺がお前に救われたので罪を感じていたら、お前はどう思う?」
少なくとも……俺だったら嫌だ。
仮に自分が命がけで誰かを救ったとして、救われた事に罪悪感を抱いた奴がいたら、俺は凄く悲しい。
「そりゃ……嫌だけど」
藤宮が目を逸らして答える。
「じゃあお前も自分の所為とか言うな。お前は悪くない」
俺がそう言うと藤宮は立ち上がり、俺の隣を横切った。
「なんか……私に負けず劣らず、言ってる事無茶苦茶ね」
確かに感情的に喋ったからな……そうかもしれない。
藤宮は少し距離が離れた所で立ち止まって振り返る。
「でもありがと、宮代君。おかげでなんか気分が楽になった」
藤宮はそう言って笑う。
俺がこの二週間で何度かビンタされたのと同じように、何度も藤宮が笑った所は見てきているんだが、これはどれとも違う。
「そう思ってくれたんなら良かったよ」
俺は、そんな笑みを浮かべる藤宮にそう言って、ゆっくりと出入り口に向かって歩き出す。
「じゃ、頑張って仕事しようぜ」
「……うん!」
そんな、俺達にあまり見せない反応をした藤宮と一緒に、俺は工場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます