9 ギルドのお仕事

 佳奈にはバイトと説明し、今日もギルドにやってきた。


「にしても……広いな」


 俺はアジトの中を歩きながらそう呟いた。

 アジトは相当広い作りになっていて、まるで漫画とかに出てくる様なアジトと同じ様な雰囲気が漂っている。

 それなりに大きい建物の真下に地下が存在していて、そこがアジトと呼ばれる場所になっている様だった。

 いわば地下シェルターの様な物だろうか。


「で、俺は何処に向かえばいいんだ?」


 俺が聞かされてなかったのは、時間だけではない。

 むしろ思い返せば、聞いたことなんて何一つ無い気がする。


「とりあえず……共有スペースにでも行ってみるか」


 俺は明確な目的地を決めて、足取りを共有スペースへと向けた。



 共有スペースの扉をあけると、そこには雨宮さんと村上さん。そして松本さんがいた。

 雨宮さんはスマホを片手にコーヒーを飲み、村上さんはコーヒーメーカーの前で突っ立っている。

 松本さんはヘッドホンを付けてパソコンで作業をしているらしく、こちらに気付いた様子は無い。


「どうした少年。日曜だと言うのに、随分と早いな」


 村上さんが入れたと思われるコーヒーを飲みながら、雨宮さんが俺に話しかけてきた。


「まあ……集合時間を聞いていなかったもんで。何時くらいなんですか?」


「まあ早いに越したことはないが、午前中位だったら何時でもいいのではないか? まあ私の様にここに住み着いている者からしたらそんなルールは有って無い様なものだはね」


 え? 住んでる?


「雨宮さん、ここに住んでるんですか?」


「私だけではない。優子にミホ。村上さんもそうだし、他にも何人かがここで生活している。出勤組とここに住んでいる者の割合は半々だ」


 なるほど……つまり居住スペースもあるのかこのアジトは。

 ってかミホちゃんも住んでいるって……両親とかはどうしたんだろう。

 後で藤宮にでも聞いてみるか。

 そっちの疑問は置いといて、気になる事がもう一つ。


「ちなみになんで雨宮さんは此処に住んでいるんですか?」


 此処に住む必要でもあるのだろうか。


「私はただの研究者だぞ? 普通にアパートやマンションを借りるのは資金的に辛い」


「資金的にって……ギルドって結構給料が高いって聞いたんですけど」


 確か藤宮がそんな事を言っていた。


「いや……そんな事は無いぞ。高いといえば高いが……常識の範囲内だな。中小企業の、それなりに偉い人の給料とでも考えておくといい。私はそこから研究費の一部を出してるから、あまりお金が無いのだよ」


「あれ……俺、藤宮にここで働いて一億返せって言われているんだけど」


「ハハハ。それは何年掛るんだ」


 雨宮さんが笑う。

 一億って数字が有って無い物って事を聞かされていなかったら、マジで笑いごとじゃねえ話しだな。

 普通にここを止めて、他に打開策を探すレベルだぞ。

 まあ今は金より藤宮に恩を返すつもりで来ているわけだから、別に止めたりはしないが。


「どうぞ、宮代君。コーヒーです」


「あ、どうもありがとうござます」


 村山さんからコーヒーを受け取り、一口飲む。

 うん……やっぱりうまいな。


「ほんと、なんでこんなおいしいコーヒーが入れられるのに、こんな所にいるんですか?」


 俺がそう聞くと、村上さんはしばしの無言を続けた後、視線を逸らしてゆっくりと口を開く。


「不況って……怖いですよね」


 村山さんが苦笑いでそう返す。

 ああ……どうやら地雷踏んだみたいだな俺。


「常連さんだった藤宮さんが声を掛けてくれなかったら……今頃路頭に迷ってましたよ」


「……は、はぁ……」


 く、空気が重い……ッ!


「人生って分かりませんよね……まさか銃を握る日が来るなんて思ってもみませんでしたよ」


 そう言って、懐から銃を取りだす村上さん。

 おそらく魔装具なんだろうけども……なんかリアル過ぎて怖いんだが。

 冴えない村上さんが殺し屋に見えるぞ。


「まあ荒っぽい仕事も嫌いではないんですが……たまには落ちついた仕事がしたいですね」


「せめてここの表稼業がヤクザなんかじゃなく、喫茶店になっていればよかったんですけどね」


 俺と村上さん。そして近くでやりとりを聞いていた雨宮さんが首を縦に振る。

 にしても喫茶店か。

 藤宮は漫画を読んで表稼業をヤクザなんかにしたんだから、もしかしたらその手の漫画を読ませたら喫茶店になったりするかもしれない。

 ……まあ無理だとは思うが。


「……とりあえずこんなところか」


 今まで無口を保っていた松本さんが、耳にかけていたヘッドホンを外しそう呟いた。

 俺はそんな松本さんの元に歩み寄る。


「さっきから何やってたんですか?」


 俺がそう聞くと、松本さんはこちらに顔を向ける。


「……精霊の出現ポイントと時刻の予測」


「え? そんな事が出来るんですか?」


「……出来るからこうして作業をしている」


「松本さん……凄いですね」


 画面を眺めてみると、訳のわからないウインドウが沢山表示されていて、パソコンの隣には、何に使うのか分からない魔装具もいくつか置かれている。

 専門的な知識を持っていない俺には何一つ理解できない。


「そういえば松本さんは元ニートだったんですよね」


「……聞えが悪い。自宅警備員と呼んでくれ」


「どっちも聞えが悪いと思いますよ」


 俺は苦笑いしながらそう言った。


「……で、そんな事を聞いてどうした?」


「いや……ニートからどう転がったら、こんな所に行きつくのかなと思いまして」


「……なんだ、そういうことか」


 前髪をイジりながら、松本さんはそう言う。


「……去年、親に働かないなら出て行けって追い出された。まだ十九だったのに」


「いや、年齢関係無いですから! 普通の十九歳は大学行くか、働いてますから!」


 両親の判断は間違ってねえ!


「……それでその後ゲーセンをぶらついてたら、後輩だった折村とばったり会って誘われた」


 まあ人手が無いとか言ってたもんな。


「……折村曰く俺も魔装具が使える人間らしかったからな。金も無かったし困っていたから、そのままギルドに加入した。まあ、自宅警備員で居た時よりかは楽しくやっている」


 そう言って薄っすらと笑みを浮かべる松本さん。


「……ここは仕事が無い時は自由だし、仕事も僕は戦闘要員じゃなくPC関連や、オペレーター関連だから辛くは無い。そして何より――」


 松本さんは天井を見上げ、何かを想像しているように少しだけ黙りこみ、そして言葉を紡ぐ。


「――ミホちゃんが……可愛い」


「それ何よりから繋げる事なんですか!?」


 ガッツポーズでそう言う松本さんに、俺はそうツッコんだ。

 まさかこの人……ロリコンか?

 そういえば藤宮が本物にロリコンが居るって言ってたな……この人の事か!


「……小さい子の心は綺麗だ。そして可愛い。僕の此処に居る半分の理由はミホちゃんが居るからと言っても過言ではない」


「……重症ですね」


 俺は呆れたようにそう言った。


「……重症か……別に構わない。僕は自分がロリコンであることを誇りに思っている」


「……カッコいい事言ってるようですけど、言ってること最低ですからね!」


 まあ松本さんの趣味はどうでもいいが、ミホちゃんが心配だ。


「……なんで不安そうな顔になっているんだ。心配しなくても手は出さない。YESロリータNOタッチ。そんな事常識だろ?」


 常識だろって言われても……知らん。


「えーっと……それはそうと松本さん。さっき魔装具が使える人間とか言ってましたけど、それってつまり皆が使える訳じゃないって事なんですか?」


 てっきり誰でも使える様な物だと思っていたけど……違うのか?


「……仮に皆使えたらもっと此処の人数も増えている。例えばお前の通っている学校だと、お前に藤宮、あと折村と中村。この四人以外はいないらしい」


 確かうちの学校の生徒数は六百人程。

 そんなに居るのに四人程度かよ……本気で少ないな。


「……っていうか、使える人と使えない人ってどうやって見分けるんですか?」


 何となく気になっていた。

 どうして藤宮が俺が魔装具を使えるのを知っていたのか。


「……魔装具を使えば簡単だ。コンタクトレンズ型の、そういう類の魔装具を目に入れていれば簡単に見分けが付く」


 つまりそれを使って藤宮は俺をスカウトするにまでに至ったのか。

 わざわざ俺を魔法少女にした所を見る限り、どんな魔装具に向いているかなんて事も分かったりするのかも知れない。

 俺の場合、コイツは魔法少女の魔装具が向いてる! みたいな。

 だとしたら本当に高性能だな……魔装具。


「あ、そういえば」


 自分が誘われた時の事を思い出したせいで、新たな疑問の種が生まれてしまった。


「そういえば松本さん。さっきやってた作業で精霊の出現ポイントとかが分かるんですよね?」


「……ああ、そうだが」


 と、当たり前の様に答える松本さん。


「じゃあなんで俺の時は分からなかったんですか? 分かっていたらあんな所に呼び出されるとは思わないんですけど」


 俺がそれを指摘すると松本さんが苦笑する。


「……あれは仕方ない事だった」


「仕方ないって……」


 俺、その仕方ないで命を落としかけたんですけど。


「ああ、確かにあれは仕方がないな」


 と、先程までスマートフォンをイジっていた雨宮さんが俺達の方に歩み寄ってきた。


「あの精霊の宿していた魔法具がステルスだったからな」


「……ステルス」


 大体意味は予想出来る。

 レーダーとかに探知されないアレだろ。


「魔法具は言わば精霊の特徴その物。だからステルスを宿したあの猫はなかなか探知できないというわけだ。だから君の場合、運が悪かったとしか言いようがないさ」


「はぁ……」


「……だから僕は悪くない」


「なんかそう言われると腹立ちますね」


 俺達がそんなやり取りをしていると、休憩室の扉が開き、藤宮が入ってきた。


「あら、宮代君。随分と早いわね」


「……お前が来いとしか言わなかったからだろうが」


 俺はため息をついてそう言った。


「松本君、精霊の出現ポイントと出現時刻に変更は無い?」


 藤宮が俺達の元に歩み寄りながらそう尋ねる。


「……大丈夫だ。昨日伝えた通りG3に午後二時三十分。下級精霊一体」


 松本さんは淡々とそう伝えるが、ギルドに入ってまだ丸一日も立っていない俺にはG3とか言われてもさっぱり分からない。


「そ、分かったわ。ありがとう」


 藤宮はそう告げて、近くのソファーに座る。


「なあ、藤宮。その……俺って何してればいいの?」


 週刊誌のページをパラパラと捲っている藤宮に、俺はそう尋ねた。


「自由行動よ。仕事がある時は招集を掛けるから、それまで自由にしてもらってて大丈夫だわ」


「ああ……そうか」


 そういうのが一番苦手なんだけどな。

 俺は軽くため息をつきながらソファーに座り、置いてあった漫画雑誌を読み始めた。

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