8 シスコン兄貴の帰還
折村さんの話を聞いた後、俺は帰路に着いた訳だが、予想以上に時間が掛ってしまった。
どうやら折村さんの地図が微妙に間違っていたらしい。
とりあえずカンでなんとかなったが、知らない土地を一人で歩くってのは結構怖い。
なんというか小さい頃親父に、ホームビデオを取るために知らない所に放置されたのが微妙にトラウマになってんだろうな。
知らない所、マジ怖い。
怖いと言えば、一人でさまようのと同等に怖いイベントが目の前に控えている。
「ああ……なんか家に入り辛いな……」
俺は玄関の前で気持ちを整えていた。
あんなことがあった後に失踪していたんだ。怒っていないわけがない。
そんな妹に謝らなければならないのだが……。
「……また死ねとか言われたら立ち直れねえぞ」
妹に死ねとか言われるのが一番怖い。
……こんな所で何時までも立ち往生している訳にもいくまい。
勇気を振り絞れ、椎名。
深呼吸をしてドアノブに手を掛けたその時だった。
「……兄……貴?」
背後から佳奈の声が聞えた。
俺は慌てて振り返る。
「か、佳奈……グフォ……ッ!」
振り返った瞬間に俺の溝に的確にヒットしたボディーブロー。
強化制服を着ていたから殆ど痛みは無いけど……心が痛い。
妹に殴られた……マジで辛い。
精神的に来た為、膝を付いて蹲った俺に、蹴りか何かで追撃が来ると思ったんだが、俺の予想は百八十度外れた。
体に当たる柔らかい感触。
「……え」
俺は妹に抱きしめられていた。
「アンタ……何処行ってたのよ。心配掛けさせんな……バカ」
佳奈……心配してくれてたのか。
「ああ、悪い……佳奈」
俺が謝ると、佳奈はゆっくりと俺から離れて手を差し伸べてくれる。
「立ちなさい、バカ兄貴」
「ありがと」
手を借りて立ち上がる。
その手はとても温かく、俺の傷だらけのメンタルを癒すには十分すぎた。
「あの……色々と悪かった」
「そう思ってるんだったら、反省の弁を述べなさいよ」
勿論そのつもりだった。
申し訳なかったんだ。ずっと謝りたかった。
俺は家に変えるまでの間に考えた文章を口にする。
「……この前、着替え覗いてごめん」
「それ今言う事!?」
目をそらして反省の弁を述べた俺に、佳奈のツッコミと共にビンタが飛んできた。
強化制服の防御範囲外だから……普通に痛い。あと心も痛い。
「他に言うこと無いの?」
「あ……えーっと……失踪してごめんなさい?」
「それよ……ったく。どんな思考回路してたらさっきみたいな言葉が帰ってくるのよ」
「ずっと、やっちまったなって思ってたんだよ。だから俺は三途の川を流れていた時から考えてたんだ。謝らないとなって」
「三途の川!? この二日間でアンタ何やってたのよ!」
死にかけてた……なんて言えないよなあ。
なんか適当に理由を付けておこう。
「んーと……猫と戯れていた?」
「ごめん、もうツッコみきれない」
まあ別にツッコんで貰う様な事は言っていないしな。二十パーセント程は合ってるし。
「とりあえず家に入りなさいよ。こんな所で立ち話もあれでしょ?」
「そうだな」
妹にそう言われ、俺は久しぶりに我が家に足を踏み入れた。
「ったく……比較的まともだと思っていた兄貴が二日も連絡なしで家を空けるなんて……結局お父さんやおじいちゃんと同じなんだ」
「くそ……とんでもねえ事言われてんのに反論できねえ……」
佳奈が作ったハンバーグを口に運びながらそう呟いた。
まあ親父たちと規模は違えど、連絡なしで二日も家を空けるという行為は無茶苦茶な事に変わりは無いからな。全く反論できない。
「そういえば兄貴、アンタあの制服どうしたの?」
「制服?」
どうしたのって……何か変な所あったか?
まあ強化されている制服だから、変と言えば変なんだが。
「なんかおかしかったか?」
「おかしいっていうか……焦げ跡があったんだけど」
「……ああ、焦げ跡ね」
あの爆発の時に付いちまったんだよな。
それどころじゃないから放っておいて、そのまますっかり忘れてたけど、やっぱ隠しておくべきだったか?
「どうやったらあんな事になるのよ。アンタ本当の所、一体何やってたの?」
真剣そうにこちらを見ながら問い詰める佳奈。
やっべ……どんな言いわけをしよう。
流石に猫と戯れるなんてアホないい訳では乗り切れない。
もっと現実的にあり得る感じで……そんでもって服に焦げ跡がついても違和感がないい訳……何かないか……ッ!
そうして必死に思考を巡らせている俺の視界に入った文字を、俺は無意識に口にした。
現実的にあり得る感じで、なおかつ服に焦げ跡が付くソレを。
「……バックドラフト」
「アンタマジでなにやってたの!?」
自分で言っててなんだが、焦っていたからってコレは無いだろう。
なんだってこんな時に目に映っちまったんだ、テレビ台に収納されたバックドラフトのDVD……まあ、あんな事になったら、恐らく焦げ跡どころか消し炭になるだろうがな。
「ったく……もういいわよ。無事で帰ってきたんだから」
佳奈は、呆れたようにため息をついてそう言う。
「でも今後絶対にこんな事が無い様にしなさいよね。心配して何も手に付かないんだから」
「手が付かない……か」
そんだけ心配してくれたって事だよな。
やっぱ佳奈にそう思われているってのは嬉しい。
にしてもこんな事が無い様に……か。可能なのかなそれ。
魔法少女ってのが一体どれほどの力を持った者なのかは知らないけど、暴走精霊なんかと戦って無傷で帰ってくるなんて不可能かもしれない。
もしかすると今日みたいに、日を跨いで帰る日が来るかもしれない。
……まあ考えてもしょうがないんだよな。
俺はやらなくちゃいけないんだ。
俺を助けてくれた藤宮が満足するまでの間、俺は魔法少女にならないといけないんだ。
「佳奈……俺、頑張るから」
「は?」
佳奈が首を傾げる。
「頑張るって……何を?」
「とにかく……頑張るから」
概要を全く言ってないから、佳奈には俺が何を頑張るかがさっぱり分かっていないようだったが、佳奈は小さく笑って、
「……頑張れ、兄貴」
そう言ってくれた。
なんか……頑張れる気がする。
「ああ……頑張る」
俺はグーサインでそう返した。
夜十時。
普段なら今から二時間ほどゲームをする所だが、今日はいろいろありすぎて疲れたのか、そういった類の事をする気にはなれなかった。
俺は二日ぶりとなる自分のベッドに転がる。
マジで疲れた……親父に連れられてキノコ狩りに行った時並に疲れた。
あの時よく無事でいられたよな……毒キノコ食ったのに。
「……あ」
ふと、唐突に疑問が脳裏に過った。
明日何時にギルドへ行けばいいのだろうか。
そういえば全く聞いていなかった。
集合時間があるなら、遅れると色々と面倒な事になりそうだしなあ。
誰かに聞こう……にも、連絡先とか聞いて無いし、そもそもスマホだってぶっ壊れていて使えない。
……スマホ早く買いに行かないとな。
現代人はスマホが無いと生きていけない……わけでもないけど、やっぱり無いと不便すぎる。
「ギルドから支給されたりしないかなぁ」
俺はそんな事をボヤきながら、目覚まし時計のアラームをセットする。
六時半位にしておけば、遅れる事は無いだろう……多分。
本当にコレで大丈夫なのかと少々不安になりながら、俺は目を瞑った。
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