7 とある暴君の話 下

「……は?」


 予想だにしなかった言葉を聞き、思わずそんな声が漏れた。

 俺が藤宮から聞いた話と全然違うぞ……?


「で、でも藤宮言ってましたよ。下級精霊だったから、余裕で倒したって」


「下級精霊? 違うな。あれは上級精霊だ。確かに藤宮は強いけど、一人だと結構辛い相手だ」


「じゃ、じゃあ藤宮が俺に言ってた事は……」


「まあ……嘘だろうな」


 顔を曇らせて折村さんがそう言う。


「でも、なんで嘘なんて……」


「そりゃ言ったらお前が傷つくかもしれないからじゃないのか?」


「俺が……傷つく?」


「そ。お前あの時の状況がどんなだったか想像出来るか?」


 あの時の……状況。

 俺はあのまま意識を失っちまってたし、暴走精霊に関する知識も無いに等しいからな。


「ちょっと……想像できません」


「ま、そうだろうな」


 そう言って折村さんは、飲み干した缶コーヒーをごみ箱に投げ捨てる。


「それで、どんな状況だったんですか?」


 俺は地図を書くのを完全に中断してしまっている折村さんに尋ねる。


「別に教えてもいいけどよ、なんか嫌な気分になっても自己責任な?」


「構いませんよ。むしろ中途半端に聞かされたままの方が、もやもやして嫌なんで」


「じゃあ教えてやるよ。もうお前も俺達の仲間なんだから教えても問題ないと思うし」


 そう言って折村さんは語り始める。


「そうだな……学校に残っていた俺と渚ちゃんが藤宮の所に向かった時、アイツは随分と無理のある戦い方をしていたよ」


「無理のある?」


「今にも消えそうな命を、なんとか魔法具で取りとめながら戦っていた。ただでさえキツイ相手を誰かを守りながら戦うって相当大変なんだぜ?」


 つまり、全力で戦えなかった?


「だから暴走精霊が現れてから一分ほどで俺と渚ちゃんが到着した時には、既に藤宮は大きな傷を負っていたよ。正直加戦するのが後ちょっと遅れてたら、お前も藤宮も取り返しのつかない事になってたと思う」


 結果的には俺も藤宮も助かった。

 でも俺があんな状態にならなきゃ、藤宮はこんな状態になるような怪我を負う事は無かったんだよな。


「つまり……俺の所為で藤宮が怪我を負った?」


 浮かんできた言葉が自然に漏れた。


「……そうだ。俺を治す時に使ったっていう魔法具は? あの傷が治ったんだから藤宮の傷も治せるんじゃないですか?」


 折村さんが首を横に振る。


「聞いて無かったか? あの魔法具は相当貴重な物なんだよ。俺達が持っていたのはお前に使った一個っきり。まあストックが有っても藤宮の事だから、勿体ないからとか言って使わないかもしれないけども」


 折村さんがそう言って苦笑する。


「なあ、藤宮がお前をメンバーに加えるために、魔法具の使用料を請求したって言ってたけど、それっていくらって言われたんだ?」


「えーっと……一億円です」


 助けてもらったのはありがたい。今の話を聞いていると藤宮への感謝が止まない。

 悪魔の様に思えた藤宮が天使に思えるほどだ。

 でも流石に……一億は高すぎると思う。

 藤宮が提示した金額を聞いて折村さんは小さく笑う。


「一億か……随分安い金額を提示したな藤宮」


「え……安いんですか?」


「むちゃくちゃ安い」


 折村さんはそう言い切った。


「宮代。お前、どんな怪我や病気でも一瞬で治せる薬が有ったとして、それの価格が一億円だったら高いと思うか?」


 万能の薬か……どうだろう。

 生きてさえいれば、どんな重症でも救える。普通の治療ではどれだけ金を掛けたって完治

出来ないような怪我ですら治しちまうって事だよな?


「……安いと思います」


 俺は思った事をそのまま口にした。

 安い……安すぎると思う。


「だろ? 俺もそう思う」


 そもそもお金に変えられる様な代物ではないと思う。


「お前に使った魔法具ってのは、その薬と同じなんだよ」


「……同じ?」


「そう、だから一億は破格の値段だ。それにお前に課せられた一億なんて数字は有って無い様なもんだよ。あくまでお前を引きいれるための一億だからな。藤宮が満足したらそんな債務なんて消えてなくなると思うぜ」


「つまり、俺に魔法少女として戦ってくれれば、金なんてどうでもいいって事ですか?」


「そういうことだ」


「……そうですか」


 俺に対する行動が行動だからいい奴だとか思ってもその都度撤回してきた訳だけど……凄くいい奴じゃねえかよ。


「なんか暴君とか言っちまったのマジで謝らないとな」


「いや、その必要はねえよ」


 折村さんがそう否定する。

 てっきり早めに謝っとけとか言われるんだと思ってたけど……あれ?


「え、だって俺は恩人に暴君とか言っちまった訳だし、誤った方がいいんじゃ……」


「だって藤宮が暴君なのは事実だし」


 それ……一連の話をしていた折村さんが言って良いセリフなのか?


「藤宮は暴君で無茶苦茶だよマジで。このギルドが設立された時から居る俺の言葉に間違いは無い」


 そう断言する折村さん。


「これまたキッパリと言い切りましたね」


「まあVシネマ見て組織をヤクザにする様な奴だからな。さすがに暴君じゃないなんてフォローはできねーよ」


 まあ……そうだよな。

 あれをフォロー出来る人がいるとすれば、その人は国宝と呼んでもいいんじゃないだろうか。

 たとえ国に認められなくても、俺の中では国宝認定される。


「でも藤宮は凄い暴君であると同時に、すげえいい奴なんだよ。そんでもって、一緒に居て楽しい。お前もそう思わなかったか?」


 折村さんは小さく笑い、俺に問いかける。

 俺が目覚めてからの事を思い返す。

 確かに無茶苦茶な事ばかり言ってたけど、楽しかったかって言われたら、確かに楽しかった。


「まあ……そうですね」


 流石に爆発はもう勘弁してほしいが。


「お堅いおっさんとかがリーダーとかだったら、この楽しさは味わえないぜ?」


 折村さんが笑ってそう言う。


「俺達は無茶苦茶だけど優しくて、そんでもって面白い。そんな奴がリーダーだからこうして危険な仕事も明るくやっていける。他の奴がリーダーだったら普通の高校生の俺なんて、こんな所で暴走精霊なんかとドンパチやってねーよ」


 折村さんはそう言って再び筆を取り、地図の続きを書き始める。


「ちなみに普通の高校生の折村さんが、なんでギルドに入ったんですか?」


 俺はそんな事を聞いてみた。


「俺が二年に進級した頃だ。最初俺は藤宮が戦っているところを見て好奇心でギルドに入ったんだよ。まだ藤宮しかメンバーが居なかった、発足したてのギルドにな」


 好奇心……か。

 確かに藤宮が言ってた、折村さんのセリフは好奇心満載なセリフだったしな。


「でも入ったはいいんだけど、今みたいに人手が無かったから大変でさ、すぐに止めちまったんだよ。自分から志願して入ったのに、そんな理由で止めたんだから裏切ったみたいなもんだ。あの時の残念そうな顔は今でも覚えてる」


「でも折村さんが今ここに居るって事は、戻ってきたんですよね?」


「……まあキツくて止めたから戻る気は無かった訳だけど、止めてからしばらくした時に暴走精霊に襲われた事があってな。当時の俺は全然経験を積まないまま止めちまった訳だし対処する方法も無い。そんな所を助けてもらったんだよ。一度裏切りみたいな事をした俺の事を」


 そう言いながら、折村さんはペンを机に転がす。

 多分書き終えたのだろう。


「精霊を倒した後にな、藤宮に言われたんだ。ギルドに戻ってこないかって。その時にもう好奇心なんかじゃ無く、コイツと一緒に戦いたいなって思ってさ。それで俺は戻ってきた訳だ」


「なんか……少年漫画の主人公みたいな経緯ですね」


 ま、俺も人の事は言えないけど。

 態々転校生の俺に魔法少女になってくれって頼むって事は、俺以外に使える奴が居ないって事だろう。

 必死に俺を助けてくれた女の子が俺の事を必要としているんなら、俺も頑張ってそれに答えたい。

 その為なら魔法少女にでもなんでもなってやる。

 ……まあ何度も言うが、あまり魔法少女にはなりたくないが。


「ほら、出来たぞ宮代」


「はい、ありがとうございます」


 俺は折村さんから、完成した地図を受け取った。


「じゃあ俺そろそろ帰ります。地図、ありがとうございました」


「……なあ宮代」


 立ち上がって部屋から出ようとする俺を、折村さんが呼びとめた。


「なんですか?」


「いや……魔法少女になるとかイヤかも知れないけどさ……ちゃんと明日も来いよ? 魔法少女っていう戦力が増えた事以上に、藤宮は新しい仲間が入った事を喜んでるみたいだからさ」


「……分かってますよ」


 俺はそれだけ言って、部屋を後にした。

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