6 とある暴君の話 上
小爆発事件の後。俺は共有スペースと呼ばれている部屋に設置された自販機で缶コーヒーを飲んでいた。
藤宮に言わないといけない事があったんだが……何処に行ったんだろうか。
それにしても思い返すだけで背筋が震えるな、さっきの爆発は。
「ったく……これ着てなかったら死んでたかもしれねえ」
そんな事を呟いていると共有スペースの扉が開いた。
「あ、藤宮……ってお前どうしたんだ?」
部屋に入ってきた藤宮は随分とふらついていた。
今にも倒れそうなんだが……大丈夫なのか?
「大丈夫よ。ちょっと眠いだけだから」
「睡眠不足でそんな事になっている奴初めて見たぞ。ちゃんと睡眠を取れ、睡眠を」
「分かってる。だから此処に来たのよ」
そう言ってソファーに座りこむ藤宮。座り込むというよりも、沈むと言った方が良いのかもしれない。
っていうか、仮にも女の子がこういう色々な人が出入りする様な所で寝ていいのかね……まあいいか。
とりあえず俺は藤宮に、聞かなくちゃいけなかったことを尋ねる。
「なあ藤宮。眠そうな所悪いんだけど、聞きたい事が有るんだけどいいか?」
「なによ、言ってみなさい」
そう言った藤宮の声に力は籠っていない。
ついさっきまで元気そうだったのにな。睡魔の限界ってこんなに突然と来るものだったっけ?
まあ考え事をするより、今はこの事を聞くのが先決だ。
「なあ藤宮。俺って普通に家に帰ってもいいのか?」
「ん? 別にいいわよ。特にする事も無いし」
「ああ、ちゃんと家に返してくれるんだ」
「返してくれるんだって……アンタ私を何だと思ってんの?」
「暴君」
「帰れなくするわよ」
「すいませんでした」
帰れなくなるのはマジで勘弁してほしい。
でもまあとりあえず……帰れるんなら良かった。
「さて、じゃあダッシュで帰りますか」
「なんか急ぎの用事でもあるの?」
「……まあな」
一刻も早く帰らなくちゃならない用事がある。
「いや、妹がいるんだけどさ。何も言わないまま家を空けてた訳だし。妹以外に家に誰もいないわけだから、早く帰ってやんないとなって」
「一人? 両親とかは?」
「ああ、父さんはなんかよく分からんが海外に。じいちゃんはつるはしで石油堀に行って、家にいない」
「……どうなってんのよアンタんち」
俺が知りたい。
一体俺の家はどうなっているんだ。
「ってかアンタ妹いたんだ」
「ああ。髪型はショートカットでさ、とにかく可愛くてさ、頭良くて料理もできる。自慢の妹なんだよ」
「いや、別にそこまで聞いて無いんだけど……あんたまさかシスコンだったりするわけ?」
藤宮がジト目で聞いてきた。
俺がシスコン……、
「……どうだろう?」
「なんで質問に疑問形で返すのよ……」
藤宮が呆れたようにため息を付く。
仕方ないだろ、良く分かんないんだからさ。
「まあとりあえず、帰る前にラインの一つ位入れてあげたら?」
「それが……さ」
俺は血まみれになった制服から回収したスマホを藤宮に見せる。
「あっちゃー。完全に壊れているわね」
「……暴走精霊にやられた時にやっちまったみたいなんだ」
俺は小さくため息を付く。
新しいスマホ買わねえと。
あー無駄な出費だな。
いや、一億借金ある奴が、今更スマホ買い換える位で何言ってんだって話だけど。
「じゃあ私のスマホ使う?」
「いや、それはいいよ。ってか無理だ」
「どうして?」
「家の電話今壊れているし、妹の番号は覚えていない。つまり妹の番号を登録してあるコイツが壊れた時点で、俺は家への連絡手段を失ったわけだ」
「そう。じゃあ早く帰ってやりなさい」
言われなくてもそうするさ。
「ああ、分かってる。じゃあな藤宮」
「ちゃんと明日も来なさいよ」
「……分かったよ」
俺はしぶしぶそう答えて、休憩室の扉の取っ手に手を掛ける。
「背中に気をつけなさいよー」
「それ今のタイミングで言う言葉じゃねーだろ!?」
眠そうに目を擦りながら言う藤宮に、俺は勢いよく振り返ってツッコんだ。
「……じゃあな、藤宮」
そう言って、休憩室を後にする。
凄く眠そうだったから、すぐに寝ちまうんだろうな。
「ま、そんな事はどうでもいいか。んな事より、さっさと家に帰らねえと」
俺はそう呟きながら廊下を走り始めた。
数分後。再び俺はギルドの共有スペースへと戻ってきていた。
理由は簡単。土地勘が無いから、此処がどこなのかがさっぱり分からなかったからだ。
こういう時はスマホを使って確認するのが一般的かもしれないが、その携帯は既にご臨終。
結局戻ってきて聞くしかない。
そんな訳で、とりあえず休憩室まで戻ってきた訳だが。
「なんか……随分と気持ちよさそうに寝てるな」
予想通りといえば予想通りなんだが、藤宮は既に寝ていた。
スースーと可愛い寝息を付いている。
こうしていれば、普通に可愛い女の子なんだけどなあ。
しゃがみこんで藤宮の顔を眺めてみる。
本当に、やっている事は無茶苦茶だけど、容姿はパーフェクトなんだよな。胸を除いて。
「あれ? 宮代。お前なんで藤宮の寝顔眺めてんの? 傍から見てるとかなりアレだぜ?」
「お、折村さん!」
突然背後から聞えた声に俺はビビりながら振り向いた。
「静かにしろよ。藤宮が起きるだろうが」
「あ……すいません」
一応起きてないか確認……よし、起きていない。
「ていうか何時の間に背後に立っていたんですか? 全く気が付きませんでした」
「気が付きませんでしたって……俺結構普通に入ってきたんだけどな。お前どんだけ藤宮の寝顔に夢中だったんだよ」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「本当の所は?」
「ま、まあ多少は……」
俺は視線をそらしてそう言った。
ヤバイ、すんげえ恥ずかしい。これは半端なく恥ずかしい。
「で、お前帰ったんじゃなかったのか?」
自販機のコーヒーのボタンを押しながら折村さんが俺に尋ねてきた。
「いや、俺引っ越してきたばかりなんでこの辺の事よく知らなくて……言わば迷子なんですよ」
「高校生で迷子って……事情知らない奴が聞いたら、なんか憐みの目で見られるな」
憐みって……まあこの年で迷子ってのも恥ずかしい話だが。
「……まあいいや。とりあえず帰れないんだったらここから学校までの地図を書いてやるよ。学校まで行けたら家まで帰れるだろ」
「助かります、折村さん」
折村さんは棚から紙とペンを取りだし、部屋の中心に置かれたテーブルの上に置く。
そして買った缶コーヒーを飲み、
「やっぱ村上さんの入れたコーヒーの方が上手いな」
そう呟きながら紙に地図を書いていく。地味に地図書くのうまいな。
「そういえば折村さん」
「どうした宮代」
地図を書きながら折村さんが答える。
「さっき藤宮が随分とふらついてましたけど何かあったんですか? 眠いからとか言ってましたけど、なんか違うんじゃないかなと思って」
「そりゃお前……まだダメージが回復していないからだろ」
「ダメージ?」
藤宮の方に視線を向ける。
ダメージって事は怪我とかそういう類の事だよな。
「ダメージって暴走精霊と戦って受けた傷とかですか?」
「ビンゴだ」
地図を書きながらそう答える村上さん。
「ダメージを負ったままだとろくに動けないから、魔法具を使ってある程度痛みを抑えているって訳だ。その分疲労が半端ないらしいからな。疲労の限界が来たんだろ」
「なるほど……だからあんなふらつき方を……」
痛みを抑えていたっていってもある程度だ。ということはやっぱり痛いって事になる。
痛みと疲労が同時に来ているならああなっても仕方ないかもしれない。
「まあお前の怪我と比べたらマシな方だったけど、それでも相当ヤバかったんだぜ? 藤宮じゃなきゃああして平然を保ってられねーよ」
確かに……そんな素振りを全く見せなかったよな。
「すげえな、藤宮」
自然とそんな言葉が漏れた。
……にしてもそんな藤宮がそんな怪我してたなんてな。
俺を襲った猫型の暴走精霊は藤宮が、下級精霊だったから余裕で倒したって言ってたし、俺が寝ている間に何かヤバいのと戦ったって事なのか?
「一体どんな凄い奴と戦ってそんなダメージを? あのでかい猫も簡単に倒す藤宮がやられるなんて、相当な――」
「え……お前何言ってんだ?」
折村さんがペンを止め、顔を上げる。
「藤宮をやったの……その猫だぞ?」
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