4 ギルドの愉快な仲間達 下

「じゃあ次行きましょうか。このまま残念君に喋らせておいたら、場の空気が色々と残念になりかねないし」


「残念君って誰だよ! あと残念な空気になるって言ってたけど、俺の滑らない話はすげえぞ! なんなら今此処で聞いてみるか!」


「いや、いいわ。興味ないし。どうしても喋りたきゃ動画サイトにでも上げなさい」


「それは……叩かれるの怖いし止めとく」


「自信あるのかないのかどっちなんですか」


 今回ばかりは藤宮の言っている事に納得だよ。

  折村さん……アンタ充分に残念な人だよ。


「じゃあ次行きましょうか。次、村上さん」


「どうも……村上です」


 藤宮の呼びかけに応じて、三十代後半位の冴えない男が出てきた。

 なんか喫茶店でマスターをやってそうなイメージがある。


「えーっと、ここに来る前は……喫茶店のマスターをやってました」


「本職いるじゃねーか!」


 俺は藤宮に全力でツッコむ。


「お前さっき喫茶店は難しいとか言ってたよな。いるじゃねーかよ本職!」


「馬鹿ね、元本職がいるって理由で喫茶店開けばいいとか、あんた商売なめてるでしょ」


「Vシネ見てヤクザになる奴に言われたくねえよ!」


 俺と藤宮がいがみ合っていると、村上さんがテーブルの前まで行ってコーヒーを入れて、俺達に差し出す。


「イライラしている時は、とりあえずおいしい物を。ささ、冷めないうちにどうぞ。ついさっき惹いたばかりです」


「あ、どうも」


「ありがとう、村上さん」


 俺達はマグカップを受け取り、コーヒーを啜る。


「……おいしい」


 思わずそんな言葉が漏れ出した。


「そう言っていただけると、私も嬉しいです」


 村上さんが優しく笑う。

 本当になんでこんな人が居るのに、喫茶店をやんなかったんだろう。

 そもそもなんで現役で喫茶店を続けていないんだ?

 俺が聞こうとするより先に、藤宮がコーヒーを呑みながら、


「じゃあ次、松本君」


 と、話を進めてしまった。

 仕方ない、気になるけどまたの機会にしておくか。


「……」


 松本と呼ばれた人が無言で手を上げる。

 痩せた体型で、左目が前髪で隠れている。


「聞いて驚きなさい。松本君はつい最近まで警備員をやっていたのよ」


「警備員? この人が?」


 マジかよ……全然そうは見えねーぞ。

 この人が警備だったら、多分余裕で突破できるぞ? こんなんで警備が務まるのか?


「えーっとなんの警備員だったっけ。たしか……自宅警備員?」


「ちょっと待てええええええええええええええッ!」


 俺は今日何度目か分からない叫びを上げた。だけどツッコまざるを得ない!


「何よ、私今変な事言ってないでしょ? あ、まさか自宅警備員の意味が分からなかったの? いいわ教えてあげる。自宅警備員ってのは、きっと有名人とかの自宅を警備する人なのよ」


「全然違うから! 自分を社会の辛い現実から警備する人だから!」


「いや、でも……逆に凄くない? この辛い世の中で自分の身を守れるってのは」


「凄くねえよ! お前俺が言ったこと理解してねーだろ!」


 まあ両親がせっせと働いてる中でニートになれるってのはいろんな意味で凄いと思う。尊敬はしないけど。


「まあ、自宅警備員が何なのかという事は一旦置いておいて、次は渚ちゃんね」


「はい!」


 元気よく手を上げたのは普通に可愛い女の子。

 とりあえず普通に可愛い事を含めてなんか……普通だ。

 普通に綺麗なロングヘアー。胸も含めスタイル全般も普通。服装も普通に制服。とにかく普通だ。


「中村渚、十五歳です。私も折村さんと同じく、学校同じなのでよろしくお願いします」


 自己紹介も普通だった。

 ようやく普通の人が居た。なんだこの安心感。

 いや、村上さんも普通の人だったんだがここがヤクザな事を考えるとまあツッコみ所は大いにある訳で……ようやくツッコみ所の無い普通の子だ。マジで助かる。

 どうやら藤宮も特にイジる様子もない様で、次の人の方に視線を向ける。


「じゃあ次――」


「ちょっと待ってください優子さん、宮代さん!」


 中村さんが俺達に訴えかける。

 ん? どうしたんだろう。


「なんで折村さんの時も村上さんの時も松本さんの時も、ボケとツッコミの応酬があったのに、なんで私には無いんですか! なんか寂しいですよ!」


 なんか必死に訴えてるが、これは仕方ないだろう。だって……。


「イジる所が無い」


「ツッコむ所が無い」


 俺と藤宮は同時にそう言った。

 さっきも言ったが、とにかく普通なのだ。まるでツッコむ所が無い。


「ひどいですよ! 私だけ仲間外れみたいじゃないですか!」


 なんか必死に訴える中村さんを見ていると可哀想になってきた。


「おい、藤宮」


 中村さんに聞えない様に、小声で話しかける。


「なに、宮代君」


「なんでもいいから中村さんをイジれ」


「……どうしたのよ」


「なんかこのままだと、中村さんが可哀そうだ」


「……分かった。やってみるわ」


 俺との作戦会議を終え、藤宮が中村さんをイジり始める。


「渚ちゃんは……なんというか………その……地味なのが特徴……よね?」


 しかしそれは疑問形になるような完成度の低い物。


「そ、それってとくちょうっていえないじゃないかー」


 まあ俺もなんて返していいか分からず、恐ろしく棒読みな低クオリティーツッコみになってしまった訳だが。


「な、なんか皆のと全然ノリが違うんですけど! やるならもっと頑張ってくださいよ!」


 そんなこと言ったって……そんなこと言ったって……。


「そんな事言ったってしょうがないじゃないかー」


「なんでツッコミポジションの宮代さんが、え○り君のモノマネでボケるんですか! ツッコむ対象が無い時はボケに周るタイプの人なんですか! しかも地味にクオリティー高いし!」


 全体的に地味だけど……中村さんいいツッコミしてるじゃないか。


「中村さん、ツッコミポジションに回ってみないか? なんか一人じゃ捌ききれなくてさ。もしよかったら今すぐにでもシフトに入って欲しいんだけど」


「なんでツッコミがシフト制なんですか! あと宮代さん、さっきからキャラ安定してませんけど大丈夫なんですか!?」


「よし、今週のシフトに渚ちゃんがヘルプで入って宮代君の負担が軽減した所で、次行こうかー」


「入ってませんよ!?」


 いやーボケの飽和状態で辛かったんだよな。ツッコミ専門の様な人がいて良かったよ。うん。これで安心だ。


「じゃあ最後は――」


「私だな」


 そう言ってマグカップ片手に手を上げる、メガネを掛けた白衣の女性。

 藤宮や中村さんの様な可愛さではなく、美しさと評したらいい様な大人の女性だ。


「彼女は雨宮直美さん。ギルド所属の科学者よ」


「まあいかにもって格好してるもんな」


 白衣だもんなぁ。

 あと俺の反応を聞いてか、中村さんが「格好、もっと奇抜な格好をすれば目立てる……」などと呟いているが、それは下手に手を出すと自爆する領域なのでぜひとも止めていただきたい。


「雨宮さんは何の研究をしてるんですか?」


「精霊学だ。こういう所に所属していると、必然的に精霊と出会えるからな。研究にはもってこいの職場だよ」


「へえ……精霊学か。なんか凄いですね」


 なんか聞いただけで難しそうである。

 精霊ですら藤宮曰く説明に六時間は掛るらしいし、そんな物を研究しようと思えば相当な知能が無いと務まるまい。


「凄い……か。私なんてまだ未熟者だよ」


「いやいや、十分凄いわよ雨宮さんは。私達も色々と助けてもらってるし」


 俺と藤宮と雨宮さんは、そんな普通の会話を始める。

 するとそこに割り込むように雨宮さんに話しかけたのは、普通の中村さん。


「雨宮さん、仲間です!」


「え……仲間?」


 困惑する雨宮さん。

 もちろん俺や他のみんなだって状況が飲み込めていない。


「雨宮さんも殆どイジられませんでしたね! だから仲間です!」


 ああ……そういうことか。


「ってか中村さん。さっき藤宮に言いたい事だけど、キミも自己紹介に何を求めてるの?」


「自己紹介自体には何も求めていません。求めるのはイジられる事です!」


「イジられるのが好きって……渚ちゃんMだったりするわけ?」


 折村さんが軽い感じで指摘する。


「ち、ちちち違いますよ!?」


 必死に弁解する中村さん。

 なんか……普通にキャラ立っている気がするよ中村さん。少し残念な方に向いてるけど。


「まあとりあえず今いるメンバーの自己紹介は終わりね。じゃあこのままお披露目会を始めましょうか」


「お披露目会?」


 首を傾げているのは俺だけで、みんなこれから何を行うのか知っているようだ。


「よ、待ってました!」


 なんかテンションがうなぎのぼりな折村さんを見る限り、楽しいイベントだっていうことは理解出来るんだが。


「ミホちゃん、アレ出して」


「ハイです!」


 そう言って元気よく腰のポーチを開け、ペンダントの様な物を取り出す。


「なんだそれ。えーっと、魔装具って奴か?」


「正解」


 藤宮はそう言ってミホちゃんから受けとった魔装具をそのまま俺へと手渡す。


「さ、頑張って」


「へ? 何を?」


 何も知らされていないんだが……頑張れって何をだ?

 まあなんか嫌な予感はするけど、あくまでただの予感であることを信じたい。


「何って変身に決まってるじゃない。なるのよ、魔法少女に」


「い、嫌な予想あたったああああああああああああああッ!」


 俺は今日一番の叫びを発した。

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