第6話 アホな男子とアブナイ男たち

 冴子は父親にコトの始まりから彼らが下車した南十字路までのいきさつを全部話した。できるだけ感情を排して、事実のみを。

 父親は冴子の話を、メモを取りながら聞き、やがて全部聞き出すと、深呼吸した。


「わかった、冴子、お前のケンカは俺が代わりにやる。お前が学校に訴えたって他校の生徒だからイタズラだと思われるだろうし、これ、F高校が通学途中の事だから介入しないと言ったら、親がちゃんと子供に言わなきゃいけないことだ」

「どうするの?」

「前沢なんていうのはこの地区じゃぁ結構ある名前だがな、柳町ってくれば結構絞れる。お前、お昼ご飯は?」

「食べた」

「そうか。じゃぁアイス買ってきてくれ。おやつ」

「髪が濡れているから駄目ですよ。私が買ってくるから冴子、店番お願い」

 うふうふと妙子が笑いながらエプロンを脱ぎ、財布をもって出て行った。代わりに冴子はタオルで髪をひとまとめにして、店に客が来ても良い態勢になる。父親はK町地区の電話帳を取り出した。


 今現在では個人情報が、と叫ばれそうだが、当時はそんなことは全く考えていない時代で、ほぼほぼ住人の電話番号と住所はこれで把握できた。

 直之はためらうことなく柳町に住む、前沢姓の家に電話をかけたのである。つまり、お宅にF高校の息子さんはいらっしゃいますか、と。

 ストーカーも真っ青である。本人が名乗ったのが違っていたら、ただのアブナイオッサンではないか。


 妙子が二軒隣のコンビニでアイスを買って戻って来た時、ようやくF高校に通う息子を持つという「前沢さん」に当たった。

 電話口に出たのは母親で、直之は実はこういうことがあった、バスの降り際に、柳町の前沢だと名乗ったことからお宅に電話した、まずは事実かどうか、本人がやったことなのかどうかを知りたいからお宅の息子さんに確認してくれないか、と静かに依頼した。


 前沢の母親は、息子は帰宅しているのですぐに確認する、と言ったが、その後でかかってきた電話では明確に否定の言葉が返って来た。

 そうですか、失礼しました。わざわざ名乗るなんておかしいですよね、と言って直之は電話を切った。


「次はF高校だな」

 広域電話帳を引き出しながら、学校の電話番号を調べながらカチカチのカップアイスが食べられないと直之はこぼす。

 冴子はお気に入りの銘柄の缶コーヒーを開けて、妙子はいつものようにインスタントコーヒーを入れた。


 アイスがカチカチだから食べられないという時間を使って、直之はF高校に電話を入れた。

 取次の人間を介して、電話口に出たのは生徒指導部の部長先生とかで、直之はこれまでの冴子とのやり取りと、前沢という生徒を突き止めたこと、母親との話も全部話した。

 F高校としては、すぐに調査しますので、しばらく時間をくださいとしか言えません、との回答で、一時間後にもう一度連絡します、と約束をした。


「本当に、前沢という生徒がいるそうだ。先生が言うには、体育科に在籍している陸上部の子と普通科に在籍している子の二人。陸上部の子は、今先生の目の前のグラウンドで部活をしているし、徒歩通学の子だそうだから、前沢と名乗ったのはもう一人の方だろうとは言ったが、普通、自分がどこに住んでいるとか、名前とか、教えるか?っていぶかしんでいた」

「私もそう思うよ。だから、もしかして本人じゃないかもしれない」

「そうだよな。俺もわざわざ名乗るのか?って思うよ。アホだろ、普通」

 直之はそう言いつつ、アイスを食べ始めた。

「でもなぁ、先生が言うには、通学路は全部誰がどこで乗り換えって、っていうのがわかるようになっているらしいから、柳町から通ってくる前沢という生徒がいたらほぼ確定だろうと言っていた。電話の向こうで他の先生が必死になって確認していたよ。とりあえず、全在校生では前沢君というのは二人だって言っていたよ」

「陸上部の子が徒歩通学というなら、もう一人の前沢君は柳町で確定じゃないかなぁ。短絡過ぎるか。母親に確認されて、名乗りを上げた自分のバカさ加減に今頃気が付いて嘘をついた、に一票」

 妙子はコーヒーを飲みながらそう言った。

「あんなトサカ頭に自分のバカさ加減に気が付くなんて知恵があるとは思えない。前髪をおったてて、赤と緑のメッシュ入れてさぁ、こうさ、赤の割合が多いから鶏のトサカみたいでさ、しかも体が細いのに似合わない変形学生服でさ。学ランの下はピンクのシャツだよ。羽をむしられたニワトリじゃん、それ」

 妙子は鶏のトサカみたいで、のくだりで激しくむせてしまって笑い転げている。直之は、下を向いてスプーンをくわえたままヒクヒク肩を震わせている。

「お前、全然ダメージ受けてないな」

「高校生にもなって下着の色は何色なのかとスカートめくる方が脳にダメージあるでしょ?私はあいつの頭の中身を心配するね。そういうアホに汚染されたのか、よっちゃんが激しく動揺していたのが逆に心配だよ」

「うわぁ、よっちゃんもいたの?やられた?」

「モーション一回だけ、阻止したけど」

「あーあ、終わったな」

「何が?」

「いや、大人の話。あとは父さんは引き受けるから、お前はもうこの話には関わるな。向こうが謝罪に来たとしてもお前には会わせない。会わない方が良い」

「そうだね。うん、お願い。コーヒー飲んだら帰るよ」

 冴子は両親に後のことは任せて自宅に帰った。



 明けて月曜日。

 スクールバスに乗っていつものように学校のロータリーにあるバス停に降り立つと、「おはよう当番」の教師のほかに生徒指導部長の教師と、生徒指導副部長の教師が三人、下車してくる生徒と挨拶を交わしていた。

「おはよう当番」は当番の教師が毎朝スクールバスから降り立つ生徒の様子をチェックする。何をチェックしているのかは言わずもがなであるが。

 冴子はチェックされるようなことはない。今朝も挨拶を交わして終わりにしようとした。その時。

「木場冴子、ちょっと、生徒指導室に今すぐ来い」

 生涯初の熱烈なお呼び出しに、眉がピキリと固まってしまった。


 生徒指導部長は威圧感の強い体育教師だが、理不尽な指摘はしない、公平な校則運用をする教師だ。そんな評判は知っているが、冴子はこの教師の授業を一度も受けたことはない。

 なのに、自分のことをフルネームで、呼びつけた。

 しかも、だ。室内履きに履き替えるタイミングを待って、先頭は指導部長、真ん中に冴子、その後ろに副部長が付くという構図で向かった先は職員室の隣にある生徒指導室。まるっきり「連行」ではないか。

「すまんな、すぐ終わるから」

 副部長に続いて入って来たのは教頭先生だった。

「土曜日の話だ。岩本さんと、一緒に帰ったか?バスステーションから乗ったバスで、何があったか話してくれ」

 指導部長に促されて、冴子は良子と一緒に帰ったことに始まり、父親と前沢家との電話のやり取りと、学校とのやり取り、その後、前沢家からは違うという否定の連絡があったこと、その後、父親とはその話をしていないことを話した。

「何か、問題でもあったんですか?」

「あー、昨日、県下の高校の生徒指導部長が集まる会合があってだな、F高校の先生方にえらく謝られたんだ。まだ調査中だから詳しいことは言えないが、前沢君、だったかな、彼が嘘をついていたことが発覚したし、先に降りた二人も特定できた。それより、無事だったか?けがはなかったか?岩本さんがずいぶん心配していたよ。ああ、お父さんの方だ。岩本が家に帰ってすぐ、くらいかな。本人から話を聞いたお父さんから学校に連絡があったんだ。本人は大丈夫だが、あのあと一緒だった木場さんはどうだったのか、ってね。ところが、君からは連絡がなかったから僕たちは大丈夫だと思っていたら、昨日F高校の先生に謝られてね」


 そうなのか?スクールバスで一緒だったけど、よっちゃんはそんなことは一言も口にしなかった。というか、一緒のバスに乗っていいたんだからよっちゃんも一緒に呼べば良いわけで。あ、心配してくれたのはよっちゃんのお父さんか。

 教頭の言葉にそう思いながら、大丈夫じゃなかったからこうなっちゃったけど、でもいまは大丈夫です、と答えた。

「何かあったら、今度は先に、学校に連絡してくれないか?って、ご両親にも伝えてほしい」

 いつもは強気な教頭先生がちょっと困り顔でそう言ってきた。

「はい、わかりました」

「確認したかったのは以上だ。ありがとうな」

 教頭が頷くと、もう良いぞ、とばかりに生徒指導室を追い出された。

 指導室を出ると、何故か良子を筆頭に、仲の良いメンバーが心配顔で待っていた。

「キバコ、大丈夫?」

「何やったのよ」

「いや、やったのはウチの父親だから」

「なぁんだ」

 メンバーが心配して損した、と言いながら踵を返して教室に向かう。

 良子だけはごめん、と手を合わせた。

「大丈夫だよ、心配ない」

「ウチのお父さんがヤラカシタみたいでさ」

「そうなの?お父さんが学校に電話したって言っていたけど?」

「それもあるけど、昨日の会合でF高校の先生にちょっと」

 良子はそう言った。そうなのか、良子のお父さんは昨日の会合に出ていたんだ。


は?


「いや、ウチの親、そういう方面の活動してるからさ」

 言われて気が付く、そう言えば、良子の父親はB市の市会議員だったっけ?

「もともと問題児だったんだ。締め上げる理由ができて、先生たちには万々歳の理由ができただろうよ」

 そう呟いたのは、生徒指導室から出てきた生徒指導部長。いつもよりも砕けた物言いだけれど、意味深な発言である。

「わが校としても、全力で抗議しておいた。主に教頭が」


 あー。それはキツイ、十分にキツイ。

 生徒指導部長以上に、数学教師である教頭は理詰めで説教する。隣に威圧感満載の生徒指導部長が立っていたとしたらもっと悲惨だ。抗議を受けたF高校の先生たちに同情する。うん、抗議なのか講義なのかわからないくらい、きちんと理詰めで説明してくれる先生と存在感抜群の先生だ。考えただけでキツイ。

 選挙ポスターで見る限り、キレモノっぽい鋭い眼光のよっちゃんの「お父さん」の視線が飛べば、もう無敵だろう。

 そして、その抗議を受けて全力でお叱りを受けるだろう6人のアホな男子たち。

 それよりも。


 アホな男子の後始末に全力で取り掛かるオトコタチって………アブナイ。


 冴子がそう思っても無理はない。


 そして、その週末。

 6人のアホな男子たちは引率の先生付きで、「弁当屋木場」の前にずらりと整列して直之に対して謝罪するという謎の行動に出た。


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