第4話 英語で案内はアホな男子と一緒に


 木場冴子が6年通った学校は、カトリック精神に基づいた教育をウリにした、立派なカトリックの学校である。

 カトリック精神に基づいた教育はするが、宗教を強要したことはない。クリスマスが全校上げていろいろやる以外は割合自由だ。

 それよりも苦痛なのは、英語教育に熱心なことであった。

 こんなちょー田舎に、英語教育するのか、必要なのか、と思うくらいである。

 この年になって思う。先進的な学校だったなぁ、と。


 冴子の学校には寄宿舎があることもあって、女子修道院も併設されている。修道院があるから寄宿舎があると言った具合だから、相当歴史ある修道会らしい。

 だから、欧米出身の修道女がいることに不思議はなかった。

 修道会から教職に就けと派遣される先生(シスター)は、日本人もいれば外国人もいる。この利点を生かして、欧米出身のシスターには英語教育に関わることが多く、そしてそれは生徒の悩みの種だった。


 つまり、シスターたちは

 だが、日本滞在歴の長いシスターたちはとても綺麗な発音で優雅な日本語を話す。流ちょうな、というよりも、上品な日本語を話すのだ。


 学校内にいるときは日常会話も授業中も、シスターたちは学生たちに身の危険が生じない限り、日本語は話さない。

 授業も質問も、日常会話もすべて英語で通す。そして、やたらに不意に、話しかけてくる。

「ねぇねぇ、昨日のドラマ、面白かったよね」

「そう、あの後どうなるのかな?」

『ハイ!、それどんなドラマなの?どんなお話し?役者さんは誰が出てるの?』

 と、いきなり英語で割り込んでくるシスターもいる。英語でしゃべるときはノリが命、とばかりスピードもネイティブスピードだ。

 そして、英語で一つ答えられれば解放されるが、答えられなかったり、質問の意図から外れた答えを返してしまうと追加の質問が来る。もちろん英語だ。

 そしてシスターは一人だけではない。複数いる。休み時間は常に廊下をウロウロしている。神出鬼没だ。

 この襲撃に出会ったことがないという生徒は、いない。いたら学校を休んでいる生徒だ。

 こんな過酷な状況で数年たつと、簡単な日常会話はカタコトでもしゃべるようになるし、ヒアリング力も格段に上がるというものだ。

 だから、冴子も多少は意思疎通はできる。そんな高校生になっていた。



 土曜日の昼下がり。

 いつものように学校からスクールバスでB市バスステーションに降り立ち、K町行きのバスに乗り換える。

 隣には、中学で知り合った親友の「よっちゃん」こと岩本良子がいた。

 彼女は、同じ路線を使っているということもあって仲良くなったのだが、20分ほど、辰巳中学校で降りてしまう。そこから先はまた冴子の一人旅だった。

 K町行きのバスには、学校帰りの学生やら、買い物帰りの人達がいて、かなり混んでいた。観光客も何人か乗っている。

 バスで10分ほどの所に辰巳川があり、その両岸はちょっとした観光スポットだったからだ。駅から歩いていけるが、やはり、バス停辰巳川で降りると目の前という便利さもあって利用者も多い。ただ、観光地として名前が通っているのはB城下町地区なのでわかり辛い面もあった。

「何を借りてきたの?」

「ん?最近流行のSFだよ」

 図書館で借りた本の話をしながらバスに乗り込むと、運転手と外国人の女性二人が何やら困っていた。

『私たちはこのエリアの郷土陶器記念館に行きたいんですけど、バスはこの路線で良いんですか?何分くらいかかりますか?バスに乗るには、どうやったら良いですか?お金を払うんですか?それとも切符を買うんですか?』

 同じことを、言い回しを変えて何度か尋ねているが、運転手は何を言っているのかわからない困り顔で、他の乗客も何も言えない。


 今でこそ、ある程度しゃべれる人がいるのかもしれないし、乗務員の英語力は上がっているかもしれないが、ちょー田舎の、まだ外国人観光客が珍しい頃の話だ。誰も対応できなかった。しかもB城下町、と地区名を日本語で言うのならまだしも、英語でキャッスルタウンなんて言われた日には余計にわからないだろう。


「どうする?」

 内容を聞き取れた良子がそう言った。さすが、学年一番をキープするだけのことはある。

「整理券って何て言うんだっけ?」

 考えていた冴子に代わって、良子が簡単に教えた。

『そこのチケット(整理券)を取って降りるときにお金を払うんですよ。このバスで、だいたい10分くらいです』

「そうか、チケットで良いのか」

「あんた、ねぇ」

 冴子のつぶやきに良子が気が抜けたようにそうこぼしたが、驚いたのは運転手とこの二人の外国人女性だった。

「運転手さん、辰巳川までいくらですか?」

「あ、180円だよ。辰巳川まで行きたいって言ってるの?」

「城下町の郷土陶器記念館に行きたいんだって。バスで何分かかるのか、このバスで良いのか、バスの乗り方を教えてほしいって」

「あ、なるほど。助かったよ、学生さん。じゃぁ、辰巳川で停まるね」

「お願いします」

 良子が運転手と話しているうちに、冴子は二人分の整理券を取ってきて観光客の彼女たちに渡し、料金は180円だと告げた。停留所には停まるように言ってあるし、運転手さんは停まってくれるよ、と教えておく。

「発車しまーす」

 バスは走り始めたが、椅子席はなくて、通路に立つことになった。


『お金はどうやって払うの?』

『前に料金箱があるから、あの赤いやつ』

『ありがとう、助かったわ。でも、二人ともすごく英語上手ね』

『ありがとう、どういたしまして』

 次の停留所で人が乗って来たので、冴子を先頭に後ろに詰める。冴子の横には良子が立ち、先に降りる外国人女性が後ろの乗車口あたりに立った。

 後ろの席は、F高校の男子生徒ばかり6人が座っている。一番後ろから一人一席よろしく、一番後ろの列と、左の後ろから二つの合計3席に座っている。

『英語は学校で勉強したの?それとも、向こうに住んでいたの?とてもきれいな発音だわ。聞き取りやすいし』

『ボストン出身の英語の先生に教わっています。海外には行ったことないです』

『そうなの?私たちはペンシルベニアから来たのよ。大学生なの。美術の勉強をしていて、日本に来たの』

 その時だった。

 F高校の男子学生が、いきなり冴子のスカートをめくった。

「何?」

「いや、何もしてないけど」

 相手はすっとぼけてきた。


 はっきり言って、県内最悪のバカ高校ワースト3に数え上げられるほどの学校である。例外は各種運動部に所属している生徒たち。いわゆる、体育科の生徒だけは真面目できちんとしているが、普通科の生徒は最悪と言われている。

 着崩した変形学生服にソリコミの入った頭、残った髪の毛に赤や金のメッシュを入れて変形リーゼントのように立てている姿を見ればもう何も言うことはない。相手にしない方が賢明だから、良子と冴子は無視を決め込んだ。


『見ておいた方がいい場所とか、おすすめの建物はあるかしら?』

『私は詳しくないのでわかりませんが、古い建物は魅力的ですよ』

『私は、辰巳川にかかる石橋かな。明治時代のままだったと思う』

 さすが良子、博識である。

 と、冴子のスカートがふぁさりと揺らぐ。またか。

 ぎっとにらむと、にやにや笑うだけのF高校の生徒たち。

 バスはサクサク進むが、ちょっと話してはスカートをめくろうとする男子生徒と防ごうとする冴子と良子と観光客女性の二人の攻防になってきてしまって、冴子は閉口した。おまけに、余りにもガラが悪すぎて、後に座っている他の学生たちも巻き込まれたくないのか迷惑顔だった。

『あ、次が降りる停留所ですよ』

 停留所の手前で声をかけ、運転手はちゃんとそこで止まってくれた。

『どうもありがとう』

『気をつけて、良い旅を』

 良子と二人で手を振って別れる。運転手は料金を払った乗客にいつものように「ありがとうございます」と言いかけて「サンキュー」と言いなおしていた。

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