四話

 本校舎を出てすぐ隣、全ての部室を集めた部活棟が建っている。専門知識を短時間で詰め込むというのはストレスが大きいから好きな部活動で発散出来るようにと、学校側によって各種豊富に取りそろえられた結果である。中には一人も所属していない部活もあるそうだ。天文学部も一応、部室をいただいているけど、文化祭や部活紹介の時に使う模型とホコリが積まれているくらいで、ほとんど使用していないに等しい。部活棟自体に入ったのも、ずいぶんと久しぶりで、演劇部の部室を見つけるだけでも時間がかかった。『開放厳禁!』と張り紙がされたスライドドアのガラスから中の様子をうかがうと、劇の練習の真っ直中のようで、声が聞こえなくなる度に中を覗いて休憩に入るのを待った。

 しばらくすると、明らかに練習ではない話し声が聞こえ始めた。もちろん、演技指導の声でもない。明らかな雑談の声だ。休憩か解散かは分からないけど、海野さんを探すチャンスに違いない。

 目から上だけを出して室内を見渡すと、彼女はすぐに見つかった。小さく手を振ると、一瞬、こちらを見た後、目をそらされる。それはそうだ。迷惑と言っておきながら、会いに行くなど、おかしな話だ。しかし、あきらめる訳にも行かない。休憩に入る度、彼女を無言で呼んだ。


「海野さん」

 結局、部活が終わるまで海野さんが外へ出てくることは無く、待ち伏せする形になってしまった。いや、一緒に帰っていた女子と別れるまで付けることになってしまったから、もはやストーキングかもしれない。

「まさか私だとは思わなかったんだもん」

「それは気付いてたって言ってるのと同じだよ」

「分かりませんでした。君も『声飛ばし』してみれば? おーいって」

 彼女は不服そうな顔で早く歩く。

「ねえ、待ってよ」

「やだ。迷惑かけたくないし」

「いや、僕から来てるんだし迷惑なわけないでしょ。渡したい物があるだけなんだ」

「……渡したい物?」

 そこでようやく彼女は止まってくれた。僕はスクールバッグから彼女が忘れていった星座早見板を取り出す。

「忘れていったでしょ」

「わざわざ? 何で?」

「星座が分からないでしょ? たった一日でも天文学部員が増えることは嬉しかったんだ。それも早見板を持ってくるような部員、嬉しくないわけがないよ。けど、あまりに突然だし、夜は寒くなるし、君の帰りも遅くなるから、迷惑だったんだ」

 早見板を受け取った彼女は、手元の宇宙をしばらく見てから、顔を上げた。

「ねえ。織姫と彦星も見たいんだけど、行ってもいい?」

「この時期は見られないよ」

「じゃあ、時期になったら」

「機会が合えばね」

 彼女が笑う。

「約束だからね!」

 そう言って彼女は去っていった。それが彼女との最後の会話だった。

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