一話

「屋根の上で何をしているの?」

 数学の授業中、隣の席のクラスメイトが小さな声で話しかけてきた。先生が黒板の方を向いている一瞬のことだった。

「えっ?」

「昨日見たの」

「天体観測……」

 あまりに突然のことで、戸惑ってしまった。授業中ということもさることながら、彼女とは雑談なんてしたこともない。しどろもどろになってしまった気がする。

「面白い?」

「それは人それぞれじゃないかな」

「ふうん」

 そういって彼女は満足そうに授業へと戻っていった。

 突如話しかけてきた彼女の名前を思い出す。確か、海野さんだっただろうか。考えもせず最初の自己紹介で宇宙と星が好きだなんて言ったばっかりに、教室と僕には地球と月みたいに距離が空いた。クラスメイトの名前は、一度、聞いたはずだけど全員うろ覚えだ。星の名前ならすぐ覚えられるのに。

 一体、何だったのだろう。彼女の横顔を見ながら首を傾げていると、「大地!」と先生に自分の名字を呼ばれて、思わず立ち上がってしまった。

「期末試験が終わったからって、気、抜けてるんじゃないか? 来週の今頃は宇宙かもしれないんだぞ?」

 教室が笑い声を上げた。恥ずかしくて──特に話しかけてきた彼女にさえ笑われているのが恥ずかしくて、熱い顔を隠すようにうつむきながら座ろうとする。

 しかし、先生に「まあ?」と、それすら止められた。

「立ってこの問題を解きに来ようというやる気だけは認めてやる。解かせてやる」

 そういって、黒板に記された白い数字をチョークで叩いた。皮肉じみた強制が過ぎる。クラスメイトたちの『自分でなくて良かった』という安堵感がひしひしと伝わってきた。

 僕に逃げ場は無い。前に出て自分なりに解いて見せる。

「ありがとう。でも、残念ながら間違ってる。ここ。計算間違いしてるぞ」

 そうして教室が授業へと戻っていった。疑問に囚われたままの僕を残して。

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