第35話  グァム沖海戦の事(3)

『600間』(1,060m)


そして、遂に1000mを切ったが、敵の艦隊はまで舵を切らない。


大砲の最大射程距離は1,000mくらいあると思うけど、実際に当たる距離は500mくらい、有効射程は200~100mと意外に短いんだよ。


ここからはチキンレースになる。


向こうはどこまで接近する気なのだろうね?


う~ん、せっかく作ったプリズム式測距儀を使わずに、目視で測距儀より正確に距離を測るって、どんな目をしているんだ。


プリズム式測距儀は最新鋭艦の売りの1つなんだぞ!<泣く>


『500間』(909m)

『400間』(727m)

『300間』(545m)

『250間』(454m)

『200間』(363m)

『180間』(327m)


どがぁ~ん


『てん~だ』<敵が転舵した>



見張りが叫ぶと、同時に佐治艦長も叫びます。


『面舵一杯』〔右に一杯〕


放たれた最初の一撃を無視して転進を叫びます。


ずぼ~ん!


おぉ、危ない!


水しぶきが船体に掛かる直撃コースです。


うん、少し短かった。


まぁ、そう当たるもんじゃないですからね!


船体を横に向けたガレオン船から次々と大砲が放たれます。


どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん


飛んでくる弾を無視して、こちらは帆の向きを変えて、左に傾いていた船体が右に大きく向きを変えます。


「おととと、なのです」

「藤八、根性が足りないです」

「ごめんなのです」

「あぶないから、何かに捉まっていなさい」

「「は~い(なのです)」」


遠心力で放り出される感覚を襲うと、踏ん張っていた足が逆になってふらつきます。


藤八はワザと落ちたような気がするな?


斜めの甲板を余裕でも戻って来ている。


私、絶対に歩けないぞ!


さて、普通なら同じ方向(左:R110度『取り舵』)に船体を寝かし、大きく風を受けて行き足を付けて逃げる所です。


しかし、佐治船長は相手と同じ方向に舵を切ったのです。


『面舵一杯』〔右に一杯〕のR290(逆R70)です。


帆の向きを変える大作業であり、失敗すれば、帆が裏を打って完全に止まってしまうかもしれない危険な回頭です。


でも、みんなの息をぴったりのサーフィンでもするように見事な転舵したのです。


こりゃ、向こうも慌てるでしょう。


ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん!


船とはまったく違う所に着水した弾が大きな水柱を上げています。


向こう船長が馬鹿でなくてよかった。


こちらが左に舵を切ると予想して砲撃していたので、すべての弾丸が明後日の方向に着水してゆきます。


「あぁ~、我慢できなくなったみたいね」

「千代女ちゃん、何が我慢できないの?」

「忍は怖いとか思わないでしょうけど、圧倒的に不利な敵が向かってくるのは怖いのよ」

「こちらは船体が斜めに傾いているから砲撃もできない状態よ」


私達は敵の真正面を通過しようとした。


向こうは正面から撃ち放題だ!


あるいは、同じ方向に舵を切って接舷する大チャンスだ。


もし、キャラック船の船首に大砲が乗っていれば、撃たれぱなしの危険な状態が続くのよ。


尤もキャラック船の船首に大口径の大砲は乗せ難い。


代わりに櫓を組んで中口径の砲が積まれている事があるけど射程が短くなる。


色々な要素があるけどね。


いずれにしろ、向こうが絶対的に有利な位置にいる。


「考えてみなさい。ここまで近づけば、私達の船の方が大きい事は一目瞭然よ」

「まぁ、そうね」

「絶対的な不利な風下から上がってくるには、それなりの理由があると考えるのよ」

「もったいない。今はなら五分五分なのに!」

「この位置関係で五分五分っていうのが異常よ」


千代女ちゃんは呆れて顔をしていた。


見知らぬ新鋭戦艦に向こうの方が先にビビった訳です。


残りの4隻はキャラック船を次々と転舵してゆきます。

ガレオン船の大砲は(片面)10砲、キャラック船は8砲を備えているおり、次々と大砲が放たれたのです。


どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん

どがぁ~ん


戦列艦『ジパング』が転舵を終えると、帆に目一杯の横風を受けて急加速します。


佐治さんの願いで練習艦と同じトップスルスクーナーに変更した事がここで生きてきます。


ぐいぐい、ガレオンやキャラックなどを凌駕する超加速で進んでゆくのよ。


ひゅる~~~~~~~~っ、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん、ずぼ~ん!


我が戦列艦の後背で大きな水柱が幾つ立ち上ります。


直撃コースゼロです。


続けて、2番艦、3番艦の大砲が火を拭いてゆくのですが、以下同文。


我が戦列艦の加速に敵の砲術士がついて行けません。


まっすぐに狙いを定めても着弾する時には、船がずっと前に進んでいます。


ガレオンやキャラックが10~9ノットで進んでいるのに対して、戦列艦は14ノットで先に進んでゆくのです。


さらに、大砲は連射が利きません。


連射のできるカルヴァリン砲は16世紀後半になります。


次弾装填中に前に出れば、こちらの勝ちです。


『あのデカい図体で、何故、我が艦より速い速度を出せるのか!』

『判りません』

『1発でいい! 当てろ!』

『シーセニョール』


こんな会話が飛び交っていそうですね。


敵の四番艦は少し無理をして舵を風上に切りました。


無理した甲斐があり、初めての直撃コース?


“いいえ、上空を逸れます”


欲しい!


AIちゃんの活躍の場がありません。


敵4番艦は無理をした為に帆がわずかに裏を打って行き足が悪くなったようです。


舵を戻したのですが船が流れて5番艦の進路を防ぐコースに入り、最高速度で追随しようとしている5番艦が慌てています。


『帆の裏を打たせろ』(急ブレーキ!)


4番艦と5番艦でじたばたです。


完全に自滅です。


戦列から外れました。


結局、ガレオンが30発撃てただけです。


砲術士がしかりしていたら、ちょっと危なかったかもね!


キャラックは何となく砲撃していただけ、敵4番艦が少しだけ貢献したくらいです。


艦隊戦の場合、右の大砲を撃つと、船体を反対に向けて逆側の大砲を撃ちます。


逆側の大砲を撃っている間に弾を詰め込んで撃つんですよ。


つまり、次弾には、それなりの時間が掛かる訳です。


男は度胸!


佐治さん、まだ撃つつもりはないようです。


そんな事を言っている間にぐいぐいと前に出た我が戦列艦がガレオンの砲術射線から外れます。


幅も100間(181m)を切っています。


最先端の水力学を駆使した最新鋭艦だ!

(毎分123mの差をつけて前に先行、推進力の差だ)


追い風以外で敵うもなし。


わぁははは、どうだ、我が戦艦は圧倒的じゃないか!


第一関門クリアーです。


 ◇◇◇


敵の前を先行する形で我が戦列艦『ジパング』は敵艦隊に寄せてゆきます。


敵の艦隊も戦列を整え直して、『上手回し』(風上に舵をきる)でもう一度撃ってくる可能性が残っています。


えっ!? 下手回し(風下に舵を切る)はあり得ないのかって?


無い事はないですが、1回失敗したら風上をこっちに譲る事になっちゃいますよ。


『左52番から55番、砲を開け! 敵、ろはにほ』

「佐治のおっちゃん、『い』は俺達に廻してくれよ」

『だから、いは言ってないでしょう』


私は敵1~5番艦って言っているけど、佐治さん達は、先頭から『い、ろ、は、に、ほ』と敵艦を振っています。


慶次様らの手に武器があります。


あっ、藤八と弥三郎も槍も持っています。


いつも間に?


『と~りぃ~~~かぁ~じ』(取り舵、左の回せ!)


間の抜けた叫び声はゆっくりと左に廻せという指示です。


しかも、後ろ帆を逆に回してドリフト走行です。


ずどぉ~~~~ん!×4


鋭い砲撃音が4度鳴ると、敵キャラック船のマストに命中して大爆発です。


一撃粉砕!


『ろ艦、大破』

『は艦、大破』

『に艦、大破』

『ほ艦、無傷』

『ばかやろう!』


佐治さんが55砲に怒気が飛びます。


いやぁ、いやぁ、いやぁ、あれは無理っ!


敵4番艦が横に流れて、敵5番艦を隠す形になっていたから当てるのは無茶です。


どうやら、敵5番艦のマスト(帆柱)を狙えないので、マストから横に延びている帆桁の棒を狙っていたね!


高さバッチリ!


あと1mほど右だったら敵5番艦を大破確実だったよ。


佐治さん、怒鳴った直後に『もど~せい』(戻せ)と声を上げます。


敵、ガレオンの直前のちょび回頭に呆れられたのか?


神技に恐れを感じたのか?


唖然とした表情以外は判りませんが、甲板の上で仁王立ちです。


ガレオンとの距離は一気に縮まりました。


おっと!


敵5番艦が上手回しを始めました。


攻撃なし!


すばやく回頭しています。


こりゃ、逃げたな!


こちらは敵1番艦ガレオンと並走しているので、すぐに回頭できない。


ガレオンを囮に自分らだけスタコラサッサだ。


流石、海賊はやる事は容赦ない。


『裏を打たせろ』


佐治さんの声が響きます。


遂に敵ガレオンの正面近くに来た所で急ブレーキです。


戻しながら舵を左に少し切って接舷できるほどの距離に一気に縮めます。


何故、敵のガレオンが上手回しをしないかと言えば、ウチの52~55番の大砲を仕舞っていないからですね。


さっきの砲撃を見た後で、大砲の撃ち合いをしたくない。


もう、こっちが乗り込むのは向こうも想定済でしょう。


乗り込んで来た船員を人質に反転逃走!


そんな所でしょう。


キャラック船は3隻とも大破ですが、派手に壊れているのはマストのみです。


船は高い。


とても高価です。


沈没させる気がない事を向こうも気がついているわよね。


「慶次、舐められているわよ」

「ははは、楽しくなりそうだ」


慶次様は豪快に笑い、宗厳様はわずかに頬を緩める。


慶次が喜ぶような強者がいるかな?

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