第34話 グァム沖海戦の事(2)
我々に向かってくるのはスペイン船団です。
なぜ、スペイン船団なのか?
1529年4月22日に締結されたサラゴサ条約(※)があるからです。
サラゴサ条約、それは南蛮人が勝手に決めた領地分割の線です。
そう、原住民なんて無視して、ポルトガルとスペインで勝手に領地を決めた条約の事です。
その線に従えば、中国も日本もポルトガル領と言う事です。
ふざけた話です。
でも、この時期のスペイン王はこのフィリピンを俺の物だと躍起になっていました。
『大臣、今、思いついた』
『スペイン王、如何されました』
『テルナテ島(フィリピン)を頂こう』
『条約に違反しますぞ』
『何を言う。我々はポルトガルに騙されたのだ。東に未知の大陸があると言うから条約を呑んだと言うに、大陸はどこにもないではないか』
『まだ、見つかっていないだけもか』
『ならばこそ! 拠点が必要であろう。何、テルナテ島(フィリピン)は香辛料も何も取れぬ土地だ。ポルトガル王は気にもせぬ』
『言ってきたら、どうされますか?』
『言って来てから考えればいい』
『畏まりました』
まぁ、そんな感じのやりとりでもあったんじゃないかな?
そんな訳で、この時期にスペインはフィリピンを植民にする為に船団を送っています。
最初の船団がフィリピンの植民地化に失敗し、何度目か知らないけど息子のフェリペ2世の時代(1565年)、マニラを植民化に成功して初の交易所を設置したのよ。
この忙しい時期にこっちにくるとは思わなかったわ!
狙いは財宝か、それとも人をさらって奴隷として売るつもりか?
自国領と主張しているグァム島やマリアナ諸島に遠慮する訳もないわね。
「忍様、あれが南蛮船ですか」
「そうよ」
「形が少し違いますね」
「あれが一般的な形よ」
「そうですか!」
佐治さんを始め、慶次様らは奴隷を買いに行ったので気にしていません。
入港時に色々と騒動も起こしたしね!
信長ちゃんは練習船を南蛮船と思っていたみたいね。
形が全然、違うよ!
私も練習船のスマートな船体が好きだ。
戦列艦はそれを大きくした感じだが、少しゴテゴテしている。
もう少しスマートな船体にした方がいいかもね。
交易用の船は練習船をベースに大型化したモノを設計してみよう。
うん、完全に私の趣味だ。
さて、信長ちゃんがずっとガレオンとキャラックを観察している。
「随分と形が違いますが、どう違うのでしょうか」
「簡単に言うと、ずんぐりした胴体と高く聳える船首楼と船尾楼が特徴的な船がキャラック船よ。交易を目的とした商業船で荷物が少しでも多く詰めるように工夫されている」
「あれで商業船ですか?」
「船首を低くし、全体にスマートな船体にしたのがガレオン船よ。小回りが利くようになり、大砲も多く積んでいる戦闘船よ」
「先頭の船が戦闘用ですね」
「そういう事!」
慶次様、宗厳様、長谷川と飛騨守は水夫の手伝いを始めています。
藤八と弥三郎は見張りが仕事みたいね。
落ちたらあぶないわ。
AIちゃん!
“畏まりました。落下時に転移で衝撃を吸収しておきます”
よろしく!
慶次様が活き活きとしている。
「そんなに大砲が撃てるのがそんなに楽しいのかな?」
「大砲は別にどうでもいいんじゃない」
「そうなの?」
「このギリギリの緊張感が好きなのよ」
「それは判るかも」
いかん!
千代女ちゃんができる女になってきている。
◇◇◇
向こうは追い風、複合横帆装帆のバーク式のガレオン、キャラックは、帆にいっぱいに風を受けて最大船速で迫っています。
一方、こちらは向かい風です。
戦列艦も最初はバーク式でしたが、佐治さんら希望で練習船と同じトプスルスクーナーを採用しています。
70度の切り上がりで向かい風を物ともせずに進んでいます。
「彼らは暴虐非道、略奪も物ともせずに行う略奪者、海賊よ。遠慮はいらないわ!」
『『海賊ですか(なのです)?』』
藤八と弥三郎が海賊と言う単語に喰い付いた。
「ドクロの旗が見えないのです」
「泳げない船長が操る船です」
「伸びる腕は危険なのです」
「船員も強者です」
「それは絵草紙、あれは嘘よ」
『『嘘ですか!』』
「あんな変な連中は乗っていません」
「残念無念なのです」
「どこに行けば会えるのです」
「どこに行っても会えないわよ」
「ちぇ、面白くねい」
慶次様まで何を期待しているんですか?
下らない事を言っている間に裸眼で見えるくらいに近づいてきた。
「二人とも、もう降りて来なさい」
『『は~い(なのです)』』
敵の船は進路を変えずに直進してくる。
「ねぇ、忍! 機関砲で黙らせましょう!」
「あれは駄目! 絶対に駄目!」
本当にオーバーテクノロジーなんだから!
あれっ、連射できる鉄砲っていつできたんだったけ?
“18世紀初頭のロンドンです。アイデアは14世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチが機関銃を書き残しています”
そうなんだ。
検索する前に答えてくれた。
ガレオンやキャラックの大砲の射程は500mと言われるが、有効射程になると200~100mと意外と短い。
敵がどこまで近づくか?
どういう戦術を取るかで変わってくる。
この船は私の我儘を言わないなら圧倒できる能力を持っている。
まず、アームストロング砲を搭載しているので3,000mをカバーする。
しかも、65式66cm測距儀を使用することで精密な艦砲射撃を実現している。
これだけでも圧倒的だ。
しかし、本当に凶悪なのは機関砲だった。
ブローニングM1919重機関銃に似た構造を持つ機関砲は有効射程1,370m、口径7.62mm、銃身長609mm、毎分1,200発の性能を持っている。
しかも4基で360度をカバーしています。
ははは、調子に乗ってなんてものを作っちゃったでしょうね!
「ねぇ、マストに威嚇射撃しない? 忍の希望通りに犠牲者ないで捕獲できるわよ」
「う~~~ん、その提案も魅力的だけど…………どうしよう?」
「千代、下らない事を言ってんじゃねぞ」
「あれは危険なのです」
「反則です」
おぉ、千代女ちゃんとみんなの意見が分かれた。
「みなさん、おにぎりができました。手隙の人から食べて下さい」
「はい、どうぞ!」
智ちゃん達が持ち込んだご飯をおにぎりに変えて甲板に上がってきた。
もぐもぐもぐ、海戦は長引く場合も多い。
だから、接近する間を利用して簡単な食事を取っておく。
食べられる時に食べておくのも1つの鉄則だ。
◇◇◇
「藤八、問題です。向こうは追い風、こちらは向かい風です。我が艦はどう行動すればよいでしょうか?」
風下は艦隊戦で圧倒的に不利です。
「はいなのです。風下の場合。一旦、逃げて迂回して、風上に移動するのが常道なのです」
「正解」
「えへへ、なのです」
「でも、この船は風を切って向かっているよ」
「あれれ、おかしいなのです?」
そう、いくら風上への切り上げ性能がいいと言っても圧倒的に速度が足りない。
向こうは11~14ノットで進み、こちらは6~8ノットだ。
当然、速度が遅い方が的になりやすい。
また、敵は追い風なので帆に裏を打たせて一時停止ができるが、私達は向かい風で一時停止すると動けなくなる。
最大の欠点は切り上がっている船体は大きく傾いており、砲撃できる角度が非常に限定される。
つまり、ほとんど大砲が撃てないと言う状況になっている。
「はい、弥三郎。敵はこれからどういう行動に出るのでしょうか?」
「追い風と言っても風が一定していませんから縦縦列や横一戦に並べません。現に左斜め縦列を引いていますが、その距離や位置はばらばらです」
「そうだね! 綺麗に並んでいるとは言い難いね」
「私達は左に切り上がっていますから、ぎりぎりまで接近した後に、敵も左に舵を切って、私達の前を横断する形で砲撃をするのが有効です」
「正解!」
「ありがとうございます」
向こうはこちらの斜め死角から接近できる権利がある。
こちらも射程に入る前に進路を変えて、少しでも迂回して敵に背後、風上が回ろうとする。
しかし、こちらが右に舵を切れば、敵も右に、こちらが左に舵を切れば、敵も左に切る事になる。
速度は向こうの方が速いので必ず追いつかれる。
だから、藤八が言ったように逃げて、風向きが変わるのを待つが常道なんだ。
いくら性能がいいと言っても風を切り上がりながら迂回するのは無理です。
じゃあ、我が戦列艦は何をしようとしているのか?
「考えるまでもないでしょう。中央突破して、敵の背後に回って艦砲射撃よ」
あぁ~~~~~言った。
「なるほどなのです。この船は世界最強なのです」
「逃げるなんてあり得ません」
みんな、好戦的だ。
まぁ、波で揺られている船から撃ち出される弾はそうそう当たるものではない。
すれ違い様なら一瞬の勝負になる。
背後に抜けた瞬間、敵と私達の立場が入れ替わる。
「佐治の旦那、先頭のガレオンにはぎりぎりまで接舷してくれよ。乗り込んで落としてくるからな!」
「判ってまさ!」
この時代のもう1つの戦法が『体当たり』(衝角戦術)と『切り込み』(移乗戦術)です。
巨大帆船を無傷で手に入れようとか考えてくれると、こちらも楽なんですけどね!
慶次様らは乗り込む気みたいだね!
佐治さんも水夫もやる気らしい。
ガレオンって、船首に大砲を装備している奴もあったよね。
AIちゃん、直撃コースだけを反射するってできる?
“可能ですが、水夫の機嫌が悪くなるのではないでしょうか”
機嫌より命の方が大切よ。
“直撃コースのみ、角度修正の転移も可能です”
おぉ、それは便利だ。
水夫の機嫌も悪くならない。
“もっと頼って頂いて結構です。というか、頼って下さい”
最近、AIちゃんの自己主張が強くなってきた気がする。
まぁ、いいか!
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